突き破れ、たった一つの愛のために!……「パッチギ!」
桑島まさき
年が明けたばかりだが今年一番の青春映画の傑作が登場した! 「ゲロッパ!」(03年)の井筒和幸監督が又ひとつ秀逸な
エンターテインメントを作り上げた。
高校生の主人公・康介の初々しい初恋、在日朝鮮人の彼女との超えられない障壁、熱い友情、大人や社会への不満や矛盾を、悶々と
した熱いエネルギーを暴力に変え突き進んでいく若者たちのハチャメチャだが純粋で一途な暴走を、京都を舞台に描く青春群像
エンターテインメントだ。タイトルの「パッチギ」とは、「突き破る、乗り越える」という意味をもつハングル語だそうだが、
しっくりハマっていてイイ。
朝鮮人を主人公にした作品、もしくは登場する作品には、最近では「血と骨」や「夜を賭けて」が記憶に新しく、彼らのパワフルな
営みに圧倒された人は多いだろうが、本作もスゴい。若者たちは壮絶なケンカばかりしている。
又、村上龍原作の映画化「69」では、佐世保市に住む高校生が生きた時代の69年という熱い時代性が存分に楽しめたが、本作では
68年という混沌とした時代のレトロ感がたっぷり楽しめる。のっけから当時、一世風靡したグループサウンズ、オックスのソックリ
さんによるライブパフォーマンスが楽しめるかと思うと、「11PM」「フリーセックス」「てなもんや三度笠」「三匹の侍」など
<あの頃>を知っている者なら思わず懐かしくなるモノがどしどし登場しタイムスリップさせてくれる。
村上龍は音楽にこだわる作家(監督も時々やる)だが、井筒監督も負けてはいない。本作が誕生するに至ったのは松山猛の小説
「少年Mのイムジン河」だが、この「イムジン河」は、当時活躍したザ・フォーク・クルセダーズ(略称;フォークル)が歌った
もので、諸事情で放送禁止歌となったことを知っている人は多いだろう。本作ではフォークルの代表作「悲しくてやりきれない」
が、劇中の若者たちの思うようにならない現実やモヤモヤとした気持ちを音楽が導くかのように使われている。余談だが、当時
この曲をしらなかった私は、本作を観た後、すぐに「青春歌年鑑60年代総集編」というCDにフォークルのこの楽曲が入っている
のを見つけすぐに購入してしまった。
68年、京都。府立高校2年生の主人公、松山康介(塩谷瞬)は仲間の紀男と暇を持て余し、頭の中は女の子のことばかりだから、
モテるための努力に余念がない。当時、流行したグループサウンズ、オックスに真似て“キノコカット”にしたり、と。
康介たちは、その頃、街で恐れられていた朝鮮高校(朝高)の番長アンソン(高岡蒼佑)率いる朝高と、修学旅行で京都を訪れて
いた九州の高校(どーも長崎県の海星高校らしい)が衝突し乱闘になるのに巻き込まれてしまう。そうでなくても朝高は康介の高校
の空手部と争いを繰り返していた。同じ京都に住む高校生同士なのに、何故仲良くなれないのか?
そんな折、康介は担任の先生(光石研)に朝高と仲良くするためにサッカーの親善試合を申し込みする役目を言い渡される。怖い
朝高へおずおずと訪ねる康介と紀男。そこで、康介は校内に響き渡る美しいフルートの調べに誘われて、たちまち「初恋」と出会う。
すぐに相手は、なんと康介たちが恐れる朝高の番長アンソンの妹で、キョンジャ(沢尻エリカ)だとわかるのだが……。
康介は、キョンジャと親しくなるために朝鮮語を習い、朝鮮語で彼女に電話をする。ひとめ惚れの相手が吹いていた曲が南北に分断
された朝鮮人の悲しみを歌った歌「イムジン河」だとわかり、その楽曲の由来を知り自分で演奏できるように練習する。この純粋さ、
ときめく初恋。キョンジャも康介の誠実な人柄にふれ徐々に親しくなっていくのだが……。
好きあう若い男女の間に民族という河は存在するのか? それは超えられないのか? 過去をしらない若者は超えられるといとも
容易く言うだろうが、在日朝鮮人の老人は、かつて日本人がどんなに非道な仕打ちを彼らにしてきたか粛々と語り、反日感情は
いまもくすぶっていることを告げる。さすがは「ご意見番」井筒監督、エンターテインメントの中にもきっちり社会的発言を盛り
込んでいる。
無力ながらも今を懸命に生きる彼らはそれぞれの抱える問題をどう切り抜けるのか……。
白い雲は 流れ流れて
今日も夢はもつれ わびしくゆれる
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
この限りない むなしさの
救いは ないだろうか
フォークルは「悲しくてやりきれない」(2番)でこう歌ったが、本作に登場する若者たちの明日は希望に満ちている。<やるせ
ないモヤモヤ>も<限りないむなしさ>も<このもえたぎる苦しさ>もすべて沈静化させ、明日への希望に満ちているのが救いがある。
出演陣も豪華で文句ナシにお薦めしたい。
*1月22日より シネカノン有楽町、アミューズCQN、他にて公開予定