愛の本質を知る女……「赤いアモーレ」

桑島まさき




 イタリア映画「赤いアモーレ」は実に奥の深い衝撃的な作品だ。愛と死、男と女、人間の本質、などについて鋭く迫るいかにも
イタリアらしーい。
イタリアでベストセラーとなったマーガレット・マッツァンティーニの原作小説(日本語訳題名「動かないで」)を、「マーサの幸せ
レシピ」のセルジオ・カステリットが監督・脚本・主演し、イタリアのアカデミー賞にあたるドナテロ賞最優秀主演男優賞をゲット
したばかりか、共演したスペインのスター女優、ペネロペ・クルスにも最優秀主演女優賞をもたらしている。ある意味、本作は
ペネロペのための作品だといっても過言ではない(その理由は後で述べるとして)ほど、本作で彼女はこれまでの役とはうって
かわった役作りに挑戦している。

 主人公はエリート外科医・ティモーテオ(セルジオ・カステリット)。仕事と名声、才色兼備の妻、海辺の瀟洒な家、何でも持って
いる。持っているから満たされている、幸福だ、と思っていた……。
ある日、ティモーテオは仕事で貧しい町を通りかかり車が故障したため、イタリアという女の世話になる。本当に貧しい一角だ。真夏
だというのにクーラーもない薄汚い飲み屋、廃墟となった団地、都市部の繁栄の陰にこんなにミジメな町が取り残されたように存在
するとは。その町の住民であるイタリア(ペネロペ・クルス)は、貧しさにド派手な化粧を上塗りすることによって一層下品さ(外見
は下品だが精神面では清楚で高潔なのだが)を醸し出している女だ。きちんとした化粧や身なりをすれば美しい女なのにそれらとは
一切無縁の運命が彼女をその世界から隔絶させている。ペネロペは美貌を醜い厚化粧で染め、さらに下品さを出すために歯にも工夫を
施し、男を誘うかのような挑発的な服装、で男の生きる世界とは対極にある女だということを印象づける。美貌を売りにした役柄が
多かった彼女にとって、今回の汚れ役は女優魂を感じさせスバラシイ!
観ているだけでも暑そーだ。暑さがそうさせたのか、目の前の色っぽい女にむらむらと欲望を覚えたのか、親切にしてくれたイタリア
をティモーテオは衝動的に犯す。それはまるでレイプだ。男なら誰にでもある本質的な浮気願望がそうさせたのか。
事をすませ男はそそくさと妻のいる都会へと戻っていく。しかし、なぜか又イタリアに会うためにやってくる……。

 行きずりの情事があった町へ再び訪れたティモーテオは、イタリアにあの日のことを詫びる。犯されたはずの女は恨み言ひとつ
言わず優しく彼を迎える。一度の情事で終わるはずだったのに、二人は又もや激しく交わり求め合う。お互いによく知らない他人の
まま。それが愛なのか単なる欲望なのかわからないまま強力な磁石に引き寄せられるように。そしてその関係はずるずと続き、男は
仕事も順調、妻と愛人という二人の女との関係も順調のまま満たされた生活を送る。
イタリアはミジメな生活を送っている下層社会に生きる女だが気のいい尽くす女だ。欲というものに一切興味がない。男に妻があり、
社会的立場があることがわかり困らせないように何も望まない。好きな時にきて、と言うひたすら<待つ女>だ。妻から正妻の座を
奪い取るなどという発想すら浮かばない。
不倫関係がギクシャクする時は、えてして妊娠が引き金となる。この場合、イタリアが先に妊娠する。ティモーテオはいつしか
イタリアに安らぎを覚えていたので、彼女の妊娠を機に妻との離婚を決意するが、運命のいたずらか、妻に告白しようとしていた
矢先、妻も妊娠していることを告げられる。この皮肉な結果を彼はイタリアに言うことができない。妻が妊娠した以上、離婚は
望めない。イタリアに堕胎しろともいえない。イタリアという国は敬虔なキリスト教徒が大半を占めている。離婚に否定的、堕胎は
罪、だという認識は誰にでもある。(だからか、カソリックのカップルには子沢山が多いのも事実だ)

 生まれた時から幸運を手にした者は最後までそうなのか。イタリアと男の妻。幸福に関して、あまりにも対照的な女ふたり。
同じように魅力的なのに生きる世界の壁は絶対的に存在している。喜ばれる妊娠と隠さなければいけない妊娠、祝福してくれる沢山
の友達に囲まれた女と孤独な女。後でわかるのだがイタリアは幼い頃実父に犯されミジメな少女時代を生き、今にいたっている。
やっと愛する男と出会い、その男の子どもを産もうとしていた矢先……。
これまで甘い汁を吸い続けてきたつけが男に危機を与える。妻の妊娠をイタリアにいえないまま連絡を控えていたところ、不安に
なったイタリアは男を訪ねてきて、男にすがるが自分の妊娠は望まれていないのだろうと感じ自分で子どもを処理してしまう。
その後、長い髪をバッサリ切ったイタリアは男の住む町を訪ねてきて、男の妻が妊娠していることを知る。自分は堕胎という罪を
犯したのに…男のズルさに怒りながらも、どうしても言えなかったんだ、と哀願する男を許し、又しても男を受け入れてしまう。

 女は男にもらった赤い靴をはいて最後の別れをし、新天地で再出発しようとしていた矢先に……。どこまでも寛大で罪を憎んで人
を恨まないイタリアは、男にとって実に都合のイイ女だ。幸福とは無縁だったからこそ身のたけにあった幸福でいいと思うのか。
その精神性の高さは天晴れだ。だからこそ、ティモーテオは浮気のつもりが本気になったのだろう。
しかし、劣悪な堕胎が腹膜炎となり……。つまり、男によって身体をメチャクチャにされたのだ。でも、男を心から愛したイタリアは
心や身体を傷つけられたなどとは思わない。「神が私たちを許さなかったのよ」と、罪悪感に打ちひしがれる男を慰めるように言うに
至る。そして永遠の眠りについた時、男は自分がどれほど女を愛していたか自分の罪ぶかさを嘆き悲しむ。

 ティモーテオは妻を選んだばかりに愛する女(イタリア)をなくした。それから15年の歳月がたった。現在、自分が勤務する病院に
人生の選択の結果うまれてきた娘が瀕死の状態で運ばれてきた。なんとかして助けてやりたい。危篤状態の娘の身を案じもはや手の
施しようがないまま、ふと外をみると、ティモーテオはそこにかつて愛した女、イタリアの幻影をみる。不覚にも自分が死なせて
しまった愛した女の。そして、生涯の愛人に娘の無事を必死に祈る。
汚れた社会で貧しくミジメな境遇を生きていたイタリアという女は、上流社会に生きる男に愛を与え許しを教えた。<掃き溜めに鶴>
とはこのこと。地上におちてきた天使。そのあまりにも薄幸な女の人生を思う時、それが真実の愛だったからこそ結実しなかった
非情な愛の結末は切なく哀しい。激しい愛の歳月とは対照的に、全てが終わった後の荘厳で静謐に包まれた余韻は何だろう。
イタリアという国と同じ名前の女は、キリスト教が教える愛の本質を熟知した女だ。


*現在、ヴァージンシネマズ六本木ヒルズにて公開中。


       


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