すべては国家のために……「SILMIDO シルミド」
桑島まさき
歴史の闇に埋れた事件は数多く存在する。そもそも我々が見聞きする「歴史」そのものにさえ信憑性があるとは思えない。なぜなら
歴史はいつの世も権力者の手によって伝えられ改竄されてきたのだから。
今、韓国でその一つが30年の沈黙を破りベールをぬぐ。
1968年4月、韓国インチョン沖にあるシルミ島。この島に死刑囚や重罪を犯した31人の男たちが集められた。男たちは目的が
わからない。わからぬままに軍人たちに、祖国統一をはたすために北朝鮮の最高指導者キム・イルスンの首をとってこい、国家の役に
立つ特殊部隊に名を連ねることで人間として扱われるだろう、と叱咤激励される。死刑台送りか長い受刑か、塀の外に出てもクズ扱い
しかされない男たちに選択肢はない。壮絶にナショナリズムを高揚され、男たちは歯をくいしばって過酷な訓練に耐える。
勿論、極秘訓練だ。シルミ島は離れ孤島。国家から名前を消された彼らの部隊は、結成された年をもじって「684部隊」と名づけ
られた。
緊張を強いられる訓練生活や時局が激変するクライマックスまで、ずっとテンションが高く効果的な音楽とあいまってストーリーは
最後まで緩まない。熾烈な訓練内容が具体的に描かれる。肉を直火焼きするかのように焼きを入れられガマン度をチェックされ、細い
ロープで組まれただけの橋を集団で時間内に渡らないと銃弾がとぶ。少しでも気を緩めるとゴツゴツした岩の上にまっさかさまに転落
する。一人の罪は皆の罪。ついていけず脱落する者は死しか道はない。
軍人(指導兵)たちは圧倒的な威圧感で隙あればボコボコ彼らを殴る蹴る。体力も限界なら精神も疲弊寸前。たまりにたまった性欲
のはけ口を求めに民間の女を犯した二人組は軍人としての精神力が足りないとして罰せられる。
男たちの中で次第に骨のある者が頭角を表わしてくる。インチャン(ソル・ギョング)とサンピル(チョン・ジェヨン)は最初反目
していたが似たもの同士徐々に親しくなっていく。684部隊の隊長ジェヒョン(アン・ソンギ)、ジョヒョンの片腕として訓令兵を
ビヒビシしごく指導兵のチョ(ホ・ジュノ)。やがて部隊は、指導する者される者、垣根をこえて次第にうちとけ祖国統一という共通
の目的のために連帯感を増していくのだが…。
朝鮮半島は何故二つに分断されなければならなかったのか? その複雑な経緯を述べるには枚数が足りないので省略せざるを得ない
が、端的にいえば大国の思惑に翻弄されたからだ。同じ民族が二つの国家に分かれ、家族が引き離された者たちもいる悲しい歴史を
引きずっている北朝鮮と韓国の緊張は、いまだ解決されず続いている。
そもそも「684部隊」が結成された背景には、北朝鮮の特殊部隊が韓国大統領府近くに潜入し両国の間に壮絶な銃撃戦があり
相当数の死者や負傷者をだしたことに起因する。その報復措置として結成されたのが「684部隊」なのだが、世界の動向が変化する
に伴ない徐々に南北融和ムードが高まっていく。北朝鮮の最高指導者の首をとるべく結成された部隊の存在を知られたくない韓国側は
極秘裏に、彼等の抹殺指令をだす。国家がだした命令により俄かに結成された部隊は、再び<国家命令>により存在を跡形もなく
消されるのだ。それが国家の決定という理由で、いとも簡単に、犬や猫を捨てるかのように。どうせいてもいなくても無用の男たち
だからと言わんばかりに。
ジェヒョン隊長は悩む。隊の責任者として訓練兵との約束を果たせず、軍人として国家命令に背くこともできず、懊悩する。そして
男たちに決断をまかせ軍人らしく自殺する。
親近感が芽生え初めていたのに権力者が下した<国家命令>によって、訓令兵の男たちは生きるために殺しあわなければならなく
なった。指導兵の軍人たちは国家の命令に背くわけにいかず男たちを抹殺しなければならない。祖国統一を夢みた男たちの熱い血と
汗と涙が充満していたシルミドはたちまち修羅場とかす。殺し合いながら心の通い合った者たちは涙を拭い屍となったかつての
<同志>をひしっと抱きしめる。ああ〜無情!
そしてシルミドを逃げ出した男達数人はバスジャックし、大統領に直訴へでる。たちまち軍隊が包囲する。マスコミは「武装した
共産ゲリラ」と彼らを形容する。ジャックされた民間人は、男たちの真意がわからない。
もはや逃げ道はない。蜂の巣状態で銃弾をあび、血みどろになった瀕死の状態で男たちは、バスの車体に自分たちの<名前>を残す。
国家によって消された<名前>を、しっかりと刻印するのだ。社会の底辺に生きた男たちだが、国家のためになることを夢みて
がんばってきた地獄の日々がひと時でもあったことを、人間としての誇りがこの世に存在したことを、しっかりと刻み込むのだ。
歴史的に存在しない(ことになっている)、消された訓練兵だったが、軍人のはしくれらしくあっぱれな最期を遂げる。
事の顛末は報告書としてまとめられた。しかしお粗末なロッカーに収められたまま事務的に処理された。歴史的事実はえてして
このように埋れてしまう。
韓国映画界のヒットメーカー、カン・ウソク監督は事実の持つ重みを情緒的にならないように描きながら、限りなく真実に近い
感動的なエンターテインメントを作り上げた。しかし、真実はまだまだ眠っているかもしれない。それでも本作の公開によって、
国家の犠牲となり無念を死を余儀なくされた男たちの無念さが、やっと晴れることだろう。
*6月5日より 全国東映系にてロードショー