東京ファンタスティック映画祭2005レポート

「鑞人形の館」を鑑賞して

                                                                               丸山 哲也



 今、手元に「東京ファンタスティック映画祭」の公式プログラムがある。その数、全部で20冊。
 よくもまあ、毎年毎年、通ったものだと思う。ヒマではないのでそうたくさんの作品は観られないが、必ず最低1本は観ないと気が
済まなかったのだ。

 思えば、1985年の記念すべき第1回「TAKARA東京ファンタスティック映画祭」は、本当に素晴らしいイヴェントだったと思う。
 何しろ、上映作品が充実していた。「エルム街の悪夢」なんて、目ざとい映画ファンだってほとんどノーチェックだったが、いざ
上映がはじまったら、ウケることウケること。これが後に、80年代ホラーのスタンダードになったのだから、驚きだ。そんな作品の
日本上陸の瞬間に立ち合えたのは、実にラッキーであった。
 他にもリュック・ベッソンの「最後の戦い」や「コールド・ルーム」のジェームズ・ディアデンなど、新しい才能がいち早く我が国
に紹介されたのも、この時。それにしても、リュック・ベッソンが今のような「大家」になると、この頃、誰が思ったか。
 私個人の見解では、東京ファンタは88年と89年が一番盛況だったように思う。作品が粒よりでゲストも多彩だったのは、多分、
バブル真っ最中でスポンサーの懐が暖かかったからだろう。

 さて、今年も東京ファンタの季節がやってきた。
 だが、正直に言うと、もう、かつてのような高揚感は、この映画祭には感じられない。
 長い間、メイン会場となっていた渋谷パンテオンの閉館によって、開催場所が新宿に移ってから、映画祭そのもののパワーの衰えが
隠し難いものになってきたからだ。
 作品が小粒で一部マニア向けのものに偏りがちになってきた上、海外からのゲストが少なくなったのが、何とも痛々しい。第一、
国際映画祭と銘打っているにもかかわらず、外国人の観客があまりにも少ないのが致命的だ。だいたい、舞台挨拶等に通訳がつかず、
日本語オンリーで通してしまうようでは、「国際」を名乗ることはできないのではないか。

                  ※          ※          ※

 2005年10月15日、土曜日。小雨の降る中、汚い上にやたらと人の多い新宿歌舞伎町に向かう。
 いかに新宿ミラノ座のキャパシティが多いとは言え、こういう場所で「国際映画祭」なるものを開催できるものか。まあ、六本木
ヒルズとかいう、気取っていていけすかない場所にメイン会場を移した「なんとか映画祭」よりは庶民的でいいかも知れないが。
 私が観るのは、1900時上映の「鑞人形の館」。
 仕事の関係でこれしかチケットが取れなかったから仕方なく観にきたわけだ。したがって、期待度はほとんどゼロ。おまけに全席
指定とやらで割り振られた席は最前列。最悪である。ミラノ座のクソでかいスクリーンを真ん前で観る? これはかなり目と首が
疲れるぞ。とりあえず最初の30分はガマンして観るとして、もしつまらんようだったら、途中から寝てしまえ。
 と、まあ、そんなフテ腐れた気分で、上映の時を迎えたのであった。

 観終わっての感想。オモロい! なんだ畜生、コイツは愉快ではないか!
 前半は「悪魔のいけにえ」プラス「サイコ」という展開で、後半は追いつ追われつの大活劇という欲張った作りで、そのサービス
精神に、大いに感じ入った。
 タイトルからして、多くの観客は「人を殺してそれを鑞人形にしているキチガイの棲み家に、主人公一行が迷いこんでエラい目に
遭う話」だと思うに違いない。まあ、当たらずとも遠からず、なのだが、この映画、それだけには留まらないのだ。一応、これから
全国公開が予定されている作品ゆえ、詳しいことはここでは書かない。興味のある方は、ぜひ御覧あれ。「よくもまあ、こんなアホな
ことを・・・」と感心すること、請け合いである。
 ちなみにこの作品、ジョエル・シルバーとロバート・ゼメキスのプロデュース作品であった。後半の活劇趣向はシルバーの、
グロテスクだけどどことなく諧謔味の感じられる感覚はゼメキスのものであろう。

                  ※          ※          ※

 最初の開催から20年が過ぎた、東京ファンタ。決して短いとは言えない年月を刻んできたこの映画祭を、このまま先細りにして
しまってよいものか。これからの巻き返しには様々な困難がつきまとうだろうが、課せられた課題を何とかクリアして、楽しい祭りの
場を提供していただきたい。

 東京ファンタを心待ちにし、懸命に盛り上げ、応援しているファンは少なくないのだから。


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