ある初恋に関する物語…「雨鱒の川」
桑島まさき
日本は今、「純愛」ブ−ムだ。「ちゅらさん」「セカチュウ」「冬のソナタ」。恋愛の概念さえわからなかった幼い世代の<初恋>を
ずっと引きずって想いを成就させるという結末だから嬉しいことこの上ない。自由な恋愛、制度としての結婚に束縛されない生き方…
女性の価値観の変化に伴ない、女性たちは「純愛」を支持しだしたという事か。いやいや、誰しも「初恋」は恋愛の原点である
はずだ。懐かしい故郷の街並み、両親の愛、初めてしる胸がキューンとなる恋の感情。そこから人はスタートしていく。
本作「雨鱒の川」は、<初恋に関する物語>だ。山川健一の原作の映画化。
北海道。豊かな自然の中でのびのびと育った絵の上手い心平は、優しく逞しい母(中谷美紀)と2人で暮らす素直な少年。心平の横
にはいつも、耳が悪いため言葉を発することのできない可愛い小百合がいた。心平だけは小百合のぎこちない言葉を解することが
できた。ひまわりの咲く大地、牛が草を食む牧場、青々と繁る草木、透き通った美しい河原、前半は幼い2人が過ごす平和な日々が
詩的な情景やイマジネ−ション溢れる映像で語られる。
しかし時間は止まらない。22歳になった心平(玉木宏)は人生の岐路にたたされる。心平は絵で身を立てるため上京し、蔵の一人娘で
ある娘の将来を案じた小百合の父(阿部寛)はその間、小百合(綾瀬はるか)の結婚相手として自分の部下・英蔵を選ぶ。親を思う
気持ちから小百合は断れないまま、結婚式の日は刻一刻と迫っていた。小さい頃、結婚の約束をかわした2人。気が付いたらいつも
横にいた2人の初恋はいかに…。
結末はめでたいとだけ書いておこう。しかし、ダスティン・ホフマン主演の「卒業」を想起させるあの有名なシ−ンに感激する時代を
通りすぎた私には、不安の残る結末であった。劇的な現実からの逃避行であるが、バスに乗った2人がふと不安げな表情で見つめ
合ったことを覚えている人は多いだろう。本作も同じだ。2人はまだ若い。現実の荒波を乗り越えるには2人共、経済的にも精神的
にも成熟しているとは言い切れない。成人した小百合にふともちあがった結婚を契機として心平がずるずるハッキリしないまま
ひきずってきた(好きではあるが)初恋に決着をつけたと見る方が正解だろう。たしかにそれは、決着だ。しかし、意地の悪い見方を
すれば、2人の人生には第2章があるような気がしてならない。
<初恋に関する物語>と書いたが、2人の周辺の人々も、かつての<初恋>に様々な決着をつけ現在を生きている。心平の母・沙月への
想いを胸に秘めながら心平の世話をする高倉(小百合の父)。心平と小百合の仲をしりつつあきらめきれず小百合を幸福にする
ために、蔵を守るため入り婿する英蔵。好き合いながら結ばれなかった相手を、同じ町で静かに見守る小百合の祖母(星由里子)と
変わり者の秀二郎(柄本明)。
初恋は成就しがたいものだ…。だからこそ、大切な宝物として胸の奥深くしまっておくのだ。それは二度と経験することのない煌く
宝石のような感情だから。
*11月初旬より アミュ−ズCQNにて公開予定