死んで女は、海猫になった……「 海 猫 」
桑島まさき
「失楽園」「阿修羅のごとく」の森田芳光監督が谷村志穂の小説「海猫」を映画化した。原作「海猫」は、北海道出身の原作者・
谷村志穂がまるで自身のル−ツを見つめるかのように描いた、函館とそこから峠ひとつ越えた漁村・南茅部を舞台に繰り広げられる
純粋で情熱的な男女の愛憎の物語だ。ほとんどが凍てつくような厳寒の冬が物語の中心となっている。
物語は東京の大学生・美輝が、突然婚約者から別れを告げられるシーンから始まる。一緒に祝ってくれるはずの誕生日に婚約者から
聞かされたのは、祝いの言葉でも愛の言葉でもなく、「どうして騙していたんだ。どうせあのお母さんの娘だもんな」。男は吐き
捨てるかのように言い一方的に婚約解消をしてさっさと女を捨てていく。失意の美輝はショックのあまり言葉がでなくなり入院する。
そして、祖母のタミ(三田佳子)に幼い頃死別した母・薫の死の真相を聞くのだった…。
80年代半ば、白無垢姿の美しい女がバスに揺られて嫁入りしている。白無垢姿のまま雪道を走るバスに揺られるのはさぞかし大変な
ことだろう。函館から嫁入りする主人公・薫(伊東美咲)は、ロシア人の父(死別)とと日本人の母(タミ)との間に生まれたハーフ
という設定どおり、透明感のある白い肌、細面の立体的な顔、日本人離れした美貌の持ち主だ。
漁村の人々は皆、もの心ついた頃から漁にでて暮している。漁村に嫁入りした女は必然的に夫と一緒に昆布漁にでる。漁師たちの上
には海猫が群れて飛んでいる。それがこの地の光景だ。
薫も漁師の夫・赤木邦一(佐藤浩市)の男気の強さにほれ、浜の暮らしに慣れるように努力する。赤木家には姑のみさ子
(白石加代子)がいて漁にはでなくなったが依然浜の仕事を手伝っている。片親とはいえしっかり者の母の元で、都会の函館で
何不自由ない暮らしを送っていた薫は、親や弟の孝志の反対を押し切り、田舎の漁村、長男の嫁、姑と同居、というあまり条件の
よくない選択をして嫁入りしたのだった。浜の女の一日は朝から晩まで夫と一緒だ。しかし薫は、包容力のある愛する夫のために懸命
に浜の暮らしに馴染もうとする…。
佐藤浩市は、逞しい海の男らしく日焼けして、漁師仲間を束ねる統率力のあるまっすぐな性格の男を人間味溢れる演技でみせる。
ちょっと下品な面や身勝手な面も含めて。二枚目スターの佐藤だが、こういう無骨な役を演じるのを見るにつれ、父の三國連太郎と
似てきたように感じる。
赤木家にはもう一人家族がいた。邦一の弟・広次(仲村トオル)だ。兄の邦一と違い、広次は海に近寄らず函館の部品工場で働く
かたわら、教会を足しげく訪れ、絵を書いたり本を読んだりするのが好きな繊細で優しい気質の男だ。悲運にも一人の女を兄弟で
愛してしまい、義姉ゆえに奪い去る訳にもいかず苦しむ役を仲村は抑えた演技でみせている。繊細そうであるが広次はかなり情熱家
だ。ひと目みた時から薫に心奪われた彼は、浜の暮らしに不自由を覚えながら居心地の悪さをガマンしている薫が自分と同じ趣味を
もち、本来求めていることが同じなのをしり、「あんたのことは、俺が絶対見てっから、守ってやっから」と本音をストレートに
言う。最初の子どもを産んだ薫をよく通う教会に連れて行き「ここは“俺たち”の場所なんだ」と意味深で思い込みの激しいとも
とれる言葉を言う。そして薫の肩を抱くに至る。しかし、薫も又、実はそんな広次と心を通い合わせ居心地のよさを感じていたから
こそ「どこにでも飛んでいける海猫はいいなぁ」と本音をさらりという事ができたのだろう。
邦一・薫夫婦の間に溝が入り始め、まるで男の特権というばかりに邦一はケガした時に世話になった看護婦の啓子(小島聖)と肉体
関係をもつ。薫を愛しながらどうしても縮められない心の溝を埋めるため愛人と逢瀬を重ねる。自分勝手な男のくせに薫の「浮気」
には敏感で許せない。挙句のはては想像を絶する行動にでたりする。
薫と広次はたった一度だけ禁断の愛の時間を持つのだが、それが後に哀しい結末を招くことになる。決心を固めたものの兄弟の愛の
深さにがんじがらめになった薫がとった決着のつけ方は衝撃的だ。しかし、薫は海猫になって愛する男の元へ飛んでいく自由を獲得
したのではないだろうか。愛する男と同じ墓に眠り…。
二人の男に愛される可憐で純粋で美しい薫役を演じる伊東美咲は申し分のない美を映像に刻み付ける。圧倒的なまでの存在感、
しかし濃厚な大人の純愛を演じるにはラブシーンが物足りない。黒木瞳が「失楽園」で体当たりの濃厚な情愛シーンを演じ、その記憶
が新しいだけに。伊東にとっては本作を習作として欲しい。
薫は誰からも愛された。夫の邦一、義弟の広次、実弟の孝志(なんとなくフツーの姉弟の関係でないことが暗示されている)。
男たちは薫を愛しすぎた。聖母のように清らかで美しく慈悲深く、しかし包み込むような大らかな愛を男たちにぶつける器用さを持つ
ことができなかった。そのために薫は海猫になって自由に空をとび、自由な愛を選択することを選んだのだ。
それにしても本作に登場する女たちはこぞって逞しい。薫の母タミ、赤木兄弟の母みさ子、薫の死後、あまりの無情さに人々の反感
をかい人望をなくし死んだように生きている邦一をかいがいしく支える啓子、甘えん坊の風来坊・孝志をしっかり世話する幸子。薫の
残した二人の愛娘・美輝も美哉も母の一途な愛を受け継いで強くしなやかに生きていくことだろう。
脚本は筒井ともみ、音楽は大島ミチル。GLAYがつくった主題歌「冬のエトランジェ」をMISIAが哀歓をこめて歌う。
*11月13日より 全国東映系にてロ−ドショ−予定