主婦ヴェラのしたこと……「ヴェラ・ドレイク」

桑島まさき

 


 「秘密と嘘」のイギリスの巨匠、マイク・リー監督の新作。「人生は、時々晴れ」に続く本作は、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞
と主演女優賞を受賞したばかりか、数々の栄誉ある賞を受賞又はノミネートされたヒューマン・ドラマの傑作だ。

ヴェラ・ドレイク、人の名前である。1950年、冬。ロンドンの労働者階級の住む一角。主人公のヴェラ・ドレイク(イメルダ・
スタウントン)は、夫と二人の子どもに恵まれ、さして豊かではないが、毎日に感謝して生きている慎ましい主婦だ。昼間は裕福な家
の家政婦として働き、終わると一人暮らしの母親の世話をし、体の具合が悪い人の家を時々訪れてはかいがいしく世話をやく。忙しく
帰宅して家族のために食事の用意をする。鼻歌をうたい家事をこなす彼女はいつも明るく、人を元気にし癒しを与えてあげられる
女だ。食事はいつも決まって家族一緒。だから彼女の家庭はいつも笑いが満ちている。働き者で心優しいヴェラは人に尽くすことが
少しも苦にならず、いうならば面倒見のいいオバチャンだ。近所の人々からも尊敬され、夫のスタン(フィル・ディヴィス)は妻を
深く理解し、明るい息子のシドや内向的な娘のエセルも彼女を尊敬していた。

 しかし、彼女には人にはいえない秘密があった。当時、イギリスでは禁止されていた堕胎の手伝いを家族に内緒でしていたのだ。
勿論、法律で禁止されているとはいえ、望まない妊娠や諸事情で産めない女たちは、金がある女は病院の紹介で合法的に堕胎をして
いた。100ポンドほどのお金があれば。しかし、高額なお金を用意できない低所得層の女たちは、非合法なやりかたで堕胎を
しなければいけなかったという不公平社会の現実が、確かに存在していたのだ。本作では、ヴェラが家政婦として勤務する裕福な家
の娘がレイプされ合法的に堕胎するプロセスが、ヴェラの転落の物語と並行して描かれる。
労働者階級に属するヴェラは弱者の味方だ。だから、犯罪だと認識しつつ「弱者」の女たちに同情し、堕胎を自分なりに正当化し
女たちを「助け」てきた。彼女に堕胎を仲介するのは、彼女の幼馴染のリリー。リリーにはヴェラのような正義感はなく、堕胎を
ビジネスとして考え、困っている弱い女たちから斡旋料をせしめていたが、ヴェラはその事実を知らない。彼女はあくまで弱い人を
助けるためにやったのだ。

 ヴェラの純粋無垢な行動が家族の平安な日々を壊してしまう。ある日、ヴェラが堕胎を助けた娘が死にかけたため非合法な堕胎が
明らかになり、手をかしたヴェラの<罪>が問われることになる。
ヴェラ・ドレイクのしたことは罪の領域なのか? マイク・リーは道徳と現実のジレンマとどう向き合うか問い掛ける。
ここで思いだして欲しい。佐々部清監督の「半落ち」は本年度の日本アカデミー賞最優秀作品賞をゲットした作品だが、若くして
アルツハイマーに冒され、二度と死んだ息子を忘れないように自ら死を望んだ妻を殺した主人公の罪の是非を。寺尾聡扮する主人公
は、法の番人である優秀な刑事だ。殺しがいけないことなど充分承知している。だから自分の罪を罪として潔く認め、法に自分の身を
委ねた。同じように、ヴェラも法に全てを委ねるしかなかった。
 
 本作では、家族が犯罪を犯した場合、犯罪加害者の家族はどうその罪を受け入れるかが、興味深く描かれる。妻を愛し理解する夫は
善良な魂ゆえの犯罪として妻を許し、家族を説得する。女の生き辛さを理解できない息子はこの一件で母親を嫌悪し辛くあたる。結婚
を前にした娘は困惑しながらも母の身を案じ同情する。
世間の偏見は冷たいだろうが、聖母のようなヴェラがいなくなった家庭は寂しい。
無私無欲な天使のような清らかな魂をもったヴェラの物語は、現在にも通じる普遍的な問題を内包している。うう−ん、やはり、
マイク・リーはスゴい、と頷くしかない傑作だ。

 *初夏、銀座テアトルシネマにて公開予定


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