「西部劇について語ってみよう」

                                                                           松村清志
                             


 「ワイルド・レンジ」評を読んだ女性読者から、西部劇はほとんど見ていないので西部の心を描いた作品、特に「ワイルド・
レンジ」に影響を与えた作品について教えて下さいといった内容のメールをいただいたので、お答えついでに西部劇について
いくつか語ってみたい。
 @ まず、「ワイルド・レンジ」に影響を与えた作品としてすぐさま思い浮かぶのは、「赤い河」(48)「荒野の決闘」(46)
「真昼の決闘」(52)であろう。「赤い河」からは牛の放牧や野宿やカウボーイの掟など、様々な細部を受け継いでいるし、
「荒野の決闘」のヘンリー・フォンダがヒロインに寄せる思いを「ワイルド〜」ではもっと掘り下げて描いているし、アネット・
ベニングは血の通った女性として造型されていたと思えた。クライマックスは「真昼の決闘」(52)をアレンジしつつ、より
リアリズムを加え、それでいて「真昼〜」のような民衆不信で終らせていないあたりにコスナーの誠実な人柄が表われているようで
好ましい。
 A 西部劇は基本的には男の世界だが、けっして女性が感情移入できない世界ではないしマッチョな男尊女卑の世界ではなく、
優れた西部劇はフェミニズムの世界となっていると思える。西部劇はとっちらかった男所帯映画であるがゆえに、女性の在存の重要さ
がとても良く判る世界なのである。
 例えば、「赤い河」のウェインとクリフトの対立は女の不在が際立たせる自我の確執、要するに大きなガキのケンカであり、それを
見事に収めてしまうジョーン・ドルーの姿が何とも小気味よいのだ。
 B アメリカで大コケしたというリメイク版「アラモ」(03)が9月末に公開される事となった。オリジナル版「アラモ」(60)を
未見の方はビデオ等で予習しておくとよいのではないか。オリジナル版「アラモ」を初めいくつもの西部劇の音楽を担当している映画
音楽の巨匠、ディミトリ、ティオムキンは80年代末に淀川長治・蓮實重彦・山田宏一の3者によって、ダメな映画音楽家の烙印を
押されてしまったが、僕はそれには大反対である。
 ホークシアンの蓮實、山田の口からそんな発言がでたのは意外だったが、ハワード・ホークスは「赤い河」と「リオ・ブラボー」
(58)で同じ曲を2度使用している他、いくつものホークス作品の音楽をティオムキンは手がけており、ホークスと(もちろん
ジョン・ウェインとも)親しかった事は間違いないだろう。「真昼の決闘」を見て怒ったホークスがそのアンサーとして「リオ・
ブラボー」を作ったのは有名な話だが、どちらも音楽を手がけているのはティオムキンだという事は踏まえておかねばなるまい。
 ジョン・ウィリアムスはティオムキンの助手を務め多くを学んだと証言しているし、エンニオ・モリコーネがマカロニ・ウエスタン
でティオムキンを意識した曲作りをした事も知られている。ティオムキンを否定してしまえば、以降の多く映画音楽を否定する事にも
なりはすまいか。
 と、まだまだ西部劇関連で語ってみたい事は数多くあるが、今回はこの辺にしておこう。もし、リクエストがあればリメイク版
「アラモ」公開に合わせて続きをやりたい。

   


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