「007/カジノ・ロワイヤル」 ★★★ 松村清志
権利問題がクリアされ、イアン・フレミングによるシリーズ原作第一作が本家ブロッコリのプロデュースによるシリーズ原作第1作が
本家ブロッコリのプロデュースにより映画化されるというニュースを聞いた時、僕が予想したのはシリアス路線、原点回帰、かつラブ・
ストーリーの要素を重視した作品となり、お色気とユーモアでまぶしたSFチックなガジェット感覚を持った遊戯的で痛快な
エンターティンメントを期待した一般客からは不評をこうむりながらも、一部映画マニアや評論家からは以外と支持を受け、時代を経る
とともに、ある種カルト化されるといったタイプの作品となるであろう。ということであったが、本作はその予想がそのまま的中したと
いっていい仕上がりであった。
シリーズのなかでは「女王陛下の007」(67)に最も近いタイプの作品だといえばヒロインの運命も予測がつく悲恋物である。恋愛の描写
を増やしたが為に上映時間も144分と「女王陛下〜」と並ぶ名が祖になっているが、僕は退屈しなかった。むしろ跡0分くらい長くてもいい
とさえ感じたほどだ。「女王陛下〜」はラストで゛泣き゛が入ったが本作は水に濡らすことでうまくぼやかしている。ボンドと彼女が春衣の
ままシャワーを浴びる情緒的な゛濡れ場゛もいい。本作のエヴァ・グリーンは゛レディ・イン・ザ・ウォーター゛なヒロインだ。
「女王陛下〜」のテーマ・ソングはラブ・バラードであったが、本作の「ユー・ノー・マイ・メネーム」はパワフルなロック調で、
タイトル・バックもシリーズの定番となった女体のシルエットはなく、トランプのカードのキングやクィーンの絵柄を配しながら、アニメ・
デザインによる男たちが銃を撃ち合ったり殴りあったりしているというもので、このタイトル・バックとテーマ・ソングからは、スパイなど
しょせんは非情なゲームのカードのような孤独な名もなき存在であるのかも知れないが、それでもボンドは名前をもった一個の人間として
生きるのだ、とでもいった決意が伝わってくる。゛ジェイム・ボンド・ビギンズ゛にふさわしい気合の入ったタイトルだといおうか。
゛ビギンズ゛でありながら時代設定は50〜60年代ではなく現代という何ともややこしい事になっているが、パラレル・ワールドだと
思えばよろしいか。すでにイアン・フレミングの原作と映画、2代目作家ジョン・ガードナーの小説、3代目作家レイモンド・ベンソンの
小説など、微妙にリンクしつつパラレル・ワールドとなっているわけで、そこは大目に見てやるべきだろう。
それでも、全篇のロケーションなどうまく、あえて時代を感じさせない古風な場所が選ばれていて、携帯やパソコンが出てこなければ、
そのまま50〜60年代といっても通じそうな落ち着いたムードを持っている。SF映画の゛レトロ・フューチャー゛ならぬ゛レトロ・ナウ゛
゛レトロ・プレゼン゛といった作品世界が構築されていて、僕はそこに好感を持った。ここまでやれるなら、やはり50〜60年代に
設定して、Mは男でフェリラックス・レイターは白人でと、徹底してもよかったとも思ったが。
ダニエル・クレイグのボンドは及第点だ。完成された大人の男としてではなく、これから観客と共に成長していくキャラクターと
してなら十分説得力がある。「ロード・トウ・パーデーション」(02)でまんまそうであったようにポール・ニューマンの不肖の息子みたい
だが、ニューマンだってマーロン・ブランドの不肖の弟子みたいといわれながら出発しつつ、エポック性はともかくとしてトータルな
映画人の実績としてはブランドをしのぐスターに成長していったではないか。これから年齢を重ねて落ち着きとユーモアを身に着けて
いけば、まだまだ大きくなれるという気がする。
ジョージ・レーゼンビーは作品的な評価はともかく、一発やでも仕方ないと思ったが、クレイグにはしばらく付き合ってもいいと
思った。公称38歳である。成熟した洗練された大人の男としてのボンドを演じきれるのはこれからだ。初代のショーン・コネリーがボンド
となったのは32歳だつたが、そこはそれ若者の時代゛ドント・トラスト・オーバー・サーティ゛の60年代に登場した信頼できる大人の
ヒーローというか充分大人に感じられたわけだが、現代の高齢化社会、ニートや引きこもりやらで一人立ちが遅れる時代、30歳成人説も
となえられている時代にあって、やはり成熟した大人の男としてのボンドに説得力を持たせるなら、あまり若い役者では駄目である。40過ぎ
がいい。
ぎりぎりすべ込み38歳のクレイグで、リセットして゛ビギンズ゛をやらせるというアイデアは、20世紀の神話としてのボンドを21世紀に
延命させる為の素晴らしい発想だと称えておきたい。
ここでのクレイグはともかくよく走る。まさに全力疾走ていった所だ。眺めのランニング・タイム(上映時間)を少しでも短く感じさせよう
とするかのように。ひたむきである。それはヒロインによせるひたむきさにも通じている。格闘シーンでもまさに必死、命がけと感じさせる
闘い振りである。むろん、スタントマンはつかっているのだろうが、かなりの部分を彼がこなしているようだし、ロングや後姿を極力
少なくして、クレイグが本人であることを示しつつ、ショットをやや長めにみせつつもシャープさを失わない、名手スチュアート・
ベアードの編集もうまい。(いずれベアードにも007を監督させたい)ランニングやファイトから伝わってくる真剣さはそのままジエイムス・
ボンドという大役に取り組むクレイグの真剣さでもあるかのようだ。
それでいて、タイトルの由来たるポーカー・ゲームや、ヒロインと始めて出会う列車の座ったままのシーンでは、いわゆる゛腹芸゛を
無難にこなし、゛静゛と゛動゛を巧妙に演じ分けている。後はあの青い目に、もう少し知性の輝きと冷酷な凄みが漂うようになれば、かなり
いけると僕は思う。
たらたらと書いているときりがなくなってしまうので最後に気にかかった点を2つ挙げておこう。
@ 主人公が「ボンド、ジェイムズ・ボンド」と言う決め台詞を発するまでの物語なのだから、篇中、主人公は偽名で通し、Mら上司や仲間
も「you」若しくは「007」というコード・ネームで呼ぶようにしておいた方が、よりあの台詞が生きたのではないか。
A 舞台が一時バハマになるのは、かんぐれば現在「サンダーボール作戦」の権利だけを持っている別プロデューサーによって3度目の
映画化が進行しており、その先手を打って釘を刺すためでもないかとも思えたが、ここはむしろ敵に花を持たせて欲しかった。製作者の
思惑を越えてボンドは今や映画ファンの共有財産、いずれエンターティンメントのシェークスピァ(!?)のようなものになつていくのでは
ないか。「サンダーボール〜」の3度目の映画化も実現して欲しい。
告白すれば、僕もボンド・マニアートなのでどうも客観的な評とはならなかったようだが、プロズナンのボンドから観はじめた若者たちは
この作品にどのような感想を持つであろうか。公開日は映画の日である。観客たちの反応が楽しみだ。
12月1日(土)より 丸の内ルーブル他にて全国ロードショー
www.casinoroyale.jp