丸山哲也
思い起こせば、前作「ブレイド」に初めて接したのは3年前、ゆうばりファンタに
足を運んだ時であった。
最初は、特に「観たい!」という気持ちはなかった。たまたま時間が空いていたし、
アクション映画みたいだから、まあ、タイクツはすまい、という軽い気持ちで観に行っ
たのである。
しかし…観て驚いた。こんなに面白い映画だとは思わなかった。半分吸血鬼、
半分人間のヒーロー、ブレイドが人間社会の裏で暗躍する吸血鬼軍団に闘いを挑むと
いうシンプルなストーリーと、刀やマーシャル・アーツを駆使したアクションの見事
さ。時々ブレイドが見せる意味のないキメのポーズや、爆笑もののラストシーンの素
晴らしさ。そして、人と吸血鬼との狭間で悩み、苦しむブレイドの哀しみ。うん、ダー
ク・ヒーローものはこうでなくちゃあ、と、すっかりウレシくなってしまった。
こういうダーク・ヒーローものに関しては、我がニッポンもひけは取らない。漫画
ではあの「デビルマン」という傑作があるし(ゆうばりファンタでの上映の時、客席
には永井豪がいた)、アニメでは「妖怪人間ベム」がある。特に「ベム」では、人間
になることのできなかった異形の者の哀しみが前面に押し出されており、涙を誘う。
3人の妖怪人間は、人間のため、正義のために闘いさえすれば、いつの日か、自分達
も人間になれると信じている。その願いには、実は何の根拠もないのだが、彼らはそ
れを信じて邪悪な妖怪たちと闘うのである。時には命懸けで守った人間から忌み嫌わ
れ、罵声を浴びせられることもある。それでもなお、妖怪人間たちは「人間になりた
い!」という願いだけを支えに闘い続けるのだ。この健気さに、どうして涙せずにい
られようか。
哀しい宿命を負っているという点では、ブレイドも同様である。吸血鬼の血が混じっ
ている彼は、血清を定期的に打たなければ、身も心も吸血鬼になってしまう。吸血鬼
どもを根絶やしにするためには、「人」の心を失うわけにはいかない。が、件の血清
は、打てば凄まじい苦しみをもたらす。しかも、その効き目は次第に弱くなってきて
いる。体がボロボロになるのが先か、吸血鬼どもを倒すのが先か。いずれにしても、
彼に明るい未来はない。
ヒーローは、ただ強いだけではヒーローたり得ない。蜻蛉のような儚さを持ち合わ
せていればこそ、人々の共感と支持を得ることができる。これも一種の貴種流離なの
であろう。
さて、このたび登場の「ブレイド2」であるが、アクション映画としては、申し分
ない。敵である吸血鬼軍団と手を結び、共通の敵と闘うという物語を用意して、パワー
アップに腐心している。
しかも今回はブレイド一人だけでなく、吸血鬼側からも生え抜きの精鋭部隊が参加
する。このあたり、「ナバロンの要塞」や「特攻大作戦」等のスペシャル・フォース
ものの乗りである。しかも、その中に裏切り者が混じっているという、アリステア・
マクリーン風の趣向もあったりして、工夫を凝らしている。
ただ、そうやっていろんな要素をいっぱい詰め込んだせいで、明日なき闘いを続け
るブレイドの宿命というものがケシ飛んでしまい、単純なバトル・アクションになり
下がってしまった感は否めない。吸血鬼の突然変異体・リーパーズの群れと地下道で
戦うシーンなど、それなりに迫力はあるのだが、こうなると殆ど「エイリアン2」の
世界であり、「ブレイド」の作品世界とは全く別の次元のものではないか。本作には
「エイリアン4」のロン・パールマンも出ているので、もしかしたら作り手側に「エ
イリアン」シリーズの線を狙う意図はあったのかも知れない。が、それは余計なこと
である。せっかくドニー・イェンにアクションの振り付けをさせているのだから、もっ
とマーシャル・アーツを前面に押し出したアクションを見せてほしかった。
派手な見せ場の連続で退屈はしないけれど、何か物足りない感じの残る続編であっ
た。
最後に、ちょっと気になったことを一つ。私は本作を初日2日目のニュー東宝シネ
マで観たのだが、プログラムを買い求めようと売店に行ったところ、「『ブレイド2』
のプログラムの販売はいたしておりません」という貼り紙が。これはいったい、どう
いうことなのだろう? いかに興行的に冷遇された穴埋め作品でも、プログラムを売
らないなどということは、これまで殆どなかったのに…。
※ 全国東宝系にて上映中