またの日の知華     ★★    松村清志



  「ゆきゆきて、神軍」(87)「全身小説家」(94)の、ドキュメンタリーの鬼才・原一男監督による第一回劇映画作品。クランクイン
から完成まで、資金難による撮影中断を経て、五年の歳月を持って完成された。ヒロイン、知華を年代に応じて四人の女優が演じる
という映画史上初の四人一役という試みも興味深い。期待するなという方が無理というものだ。
 しかし、である。率直に言って期待はずれ。「デュオ」(97)「M/OHER」(97)と撮ってきた某監督の「HISTORY」(02)を見た時の
ような、あるいはベストワンと期待した(!!)某監督の「キューティ・ハニー」(04)を見た時のような、無念さである。 
 もっとも、これは僕の個人的な感想であり、試写用プレスなどに寄せられたコメントなど読むと、おおよそ好評であるようなので、
「問題作」として一見をオススメはしておこう。
 で、僕なりに何故ダメだっのかのかを述べてみると、やはりヒロインにまるっきり共感できない。このヒロインのキャラクターが
よく判らなかったし、結局のところ、主体性がなく流されていっただけなのではないかとしか思えなかったのだ。60〜77年までを
時代背景に、ヒロインの変転が描かれているわけだが、モノクロの実写映像が挿入される゛激動の時代゛はあくまで時代背景に
過ぎず、直接ヒロインの精神形成に影響を及ぼしたことが納得出来るほどに描き込まれていないし、こんなヒロイン像で60〜70年代
の精神史を描いたつもりなら困ってしまうといわざるを得ない。
 中学の体操教師を不倫が原因で辞職するあたりまでは理解できるが、その後がどうもいただけない。かっての教え子と関係を
持ったり、あげくの果ては場末のバーで働いて、そこで知り合った男とも関係を持って、僕としてはポリシーもセオリーもない愚かな
女としか思えなかった。「ミスター・グッドバーを探して」(78)のつもりかい。
 ゛第二章゛での、不倫相手から関係をせまられ、「今、生理なの」と断りながら行為するシーンで画面がモノクロとなりシーツに
黒いしみが付くあたりは、「恋のエチュード」(73)のつもりかい。生理の時に女性がやりたくなるというのはよく聞かされるが男は
やりたくない。手か口にして下さい。すまんね。下品な書き方で。
脚本は原のパートナーでもある小林佐智子だが、おそらく、最初に男性の劇作家によって書かれていたという脚本で映画化されて
いたら、もっとよく判る映画となっていたのではないかと思えた。僕には子宮がないから。少なくともキンタマで見る映画ではない
と思った。まっ、僕は女性経験も少ないし女性が判るともいいがたいので、色々と女性の側の意見を聞かせて欲しいと思います。

2005年 お正月第二弾としてシネマスクエアとうきゅうにてロードショー

http://www.shisso.com/chika/


  


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