レディ・イン・ザ・ウォーター ★★★ 松村清志
M・ナイト・シャマラン最新作は、ゲーム世代にはしっくりくるであろうロール・プレイング・ゲームを、60年代ヒッピー・
カルチャーのスビリチュアル志向で行ってみせたような作品だ。水の中から表れるヒロインの名は゛ストーリー゛。この゛ストーリー゛
をめぐって登場人物たちが果すべき役割を見い出していくという展開は「物語を紡ぐこと」をめぐる寓話だといえようか。物語=映画だ
としたらこれはシャマランの映画観の表明だとも思える。
そして、「サイン」(02)がそうであったように、ここでも「寓然と思われることが必然性をもってつながっている」という志向
(=思考)があって、どうやらそれはシャマランの世界観であるようだ。
この、いささか説明不足でサスペンス的にも弱いと感じられもする作品は、もしかしたらシャマランの最高傑作ではとも思えてしまう
のである。
これまでにも自作に出演してきたシャマランだが、今回は単なるチョイ役ではなく、キー・パースンといつてもいい作家役で出演して
おり、いい気なものだと言えなくもないし、新しい入居人である映画評論家の扱いなど、シャマランはかなり評論家を憎んでいるようだ。
俺様映画といえなくもない。だが、「シックス・センス」(99)を世評ほどにには買っていなかつた僕はシャラマンを見直した。「シックス
・センス」が評価され大ヒットもしてしまったが為に、以降の作品でたいした事のないお話しを意味ありげな演出で見せるだけのハッタリ
野郎だと思われてしまったあたりに、シャラマンの不運があったのではないか。
どうやらシャマランにとって映画とは単なる休日の娯楽以上のものであるかのようだ。彼は「映画を使って何が出来るか」を本気で
考えようとしている。未見の人が多い作品について、どこまでつっこんで書いていいかは難しい所だが、本作はシャマラン自身がこれまで
のようなドンデン返しはないと語っているようだし、ラスト・クレジットに流れるあの曲について言及しておいてもいいだろう。
本作のランニング・タイムは10分とこれまでのシャマラン作品のフォーマットであった106分より4分長いが、それはこの曲を
聞かせたかった為ではないかと思える。さながら賛美歌、宗教音楽のようにアレンジされたボブ・ディランの名曲「時代は変わる」が
カバー・ヴァージョンで流される。シャマランはかってボブ・ディランが歌を使って行ったような事を映画を使って行おうとしている。
志は高い。その志に僕は感動した。シャマラン自らつけたというナイトというミドル・ネームはおそらく騎士という意味だろうが、彼は
この現代に本気で十字軍の騎士であろうとしているかのようだ。あるいはドン・キホーテなのかも知れない。だが、その志の高さを僕は
支持したい。「ペンでご託宣をたれる評論家や作家ども/まずは目の前の出来事をしっかり見るんだ。/評価を下すのは早すぎる。/時代は
変わっていくのだから」
丸の内ルーブル他にて全国ロードショー中