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 プログラムノート

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 川島央子 ピアノ・リサイタル
  3 Oct. 2000
  すみだトリフォニーホール・小ホール


 ごあいさつ
 本日はお忙しい中、また平日にもかかわらず、川島央子ピアノ・リサイタルにお越しいただき、誠にありがとうございます。
 さて、ソロ・ピアニストではない私がリサイタルを開くなどという、無謀ともいえる企画を立てた理由のひとつは、私が普段行っている音楽活動が、皆様の目にはあまり触れることがない領域にあることによります。プロフィールをご覧になっても、「結局この人は何を専門にしているのだろう?」と思われる方も多いのではないでしょうか。
 そこで、リサイタルに自作の曲をプラスすることによって、演奏と作品両面から、私という人物を少しでも知っていただける機会が持てれば、と思った次第です。
 そして私自身、フランスから帰国して3年が経とうとする今、あらためてソロに取り組むことが、今まで培ってきたものの総括と、これからの活動の方向性を探るため、ひとつの重要なターニング・ポイントとなるに違いないろ思っております。
 最後になりましたが、このコンサートにご協力いただいたすべての方々に、心より感謝を申し上げます。

 バッハ
 イタリア協奏曲 へ長調
BWV971
 1723年ライプツィヒに移り、自作のクラヴィーア曲の集成を考えはじめたバッハは、まず1731年に《クラヴィーア練習曲集第1巻》(パルティータ)を出版したのに続き、1735年、「イタリア趣味による協奏曲」(ヘ長調)と「フランス様式による序曲」(ロ短調)の2曲からなる《クラヴィーア練習曲集第2巻》を出版しました。
 当時、音楽先進国であるイタリアの作曲家、ヴィヴァルディ、マルチェロ兄弟、テレマンなどの協奏曲を数多く鍵盤楽器独奏用に編曲していた経験を、この「イタリア趣味による協奏曲」に充分に生かし、イタリアの協奏曲のエッセンスを見事に盛り込んでいます。さらに自由な中にも均衡のとれた形式と、それぞれの楽句の独創性から、この曲は他に類を見ない完璧な作品としてバッハの生存中から大きな評判を呼びました。
 楽譜には、バッハとしてはめずらしく、チェンバロのレジスターの種類を示していると思われる多くの強弱記号が書き込まれており、これはオーケストラにおけるトゥッティとソロの対比を表現するためのものです。
 曲は急−緩−急の3楽章からなり、第1楽章と第3楽章はへ長調で、ヴィヴァルディ、の協奏曲にならい、トゥッティ楽節とソロ楽節の交代からなっています。中間楽章はニ短調となり、オスティナート風の伴奏の上に、豊かに装飾を施されたこの上もなく美しい旋律が、音のアラベスクを紡いでいきます。

シューマン
 幻想曲 ハ長調
Op.17
 シューマンと妻クララの夫婦愛はあまりにも有名ですが、ふたりの愛のはじまりは、かならずしも順風満帆ではありませんでした。
 1836年、愛するクララとの交際をクララの父に禁じられ、シューマンはそのやるせない気持ちのはけ口を作曲に向けていました。そこもそもこの「幻想曲」は、ベートーヴェンへのオマージュとして構想され、実際いくつかのテーマはベートーヴェンの作品から引用されていますが、冒頭の5つの音(ラ、ソ、ファ、ミ、レ)からなるテーマはクララを表しており、彼女への抑えがたい思い焦がれ、情熱のほとばしりこそが、この曲最高傑作にまで高める原動力になっています。
 1839年に出版された楽譜には、フリードリヒ・シュレーゲルの4行の詩が添えられています。

 色さまざまな大地の夢のなかに
 鳴りひびくあらゆる音を貫いて
 かそけき音調が聴こえてくる
 ひそやかに耳傾けるもののために

 クララへの手紙のなかでシューマンは「この"音調"こそクララその人のことであり、彼女をあきらめる寸前にまで追い詰められた悲惨な夏の苦々しい思い出にあふれている」と告白しています。しかしこの試練の時は、シューマンに珠玉の作品をもたらし、しかも翌1840年、ふたりはついに結ばれたのでした。
 第1楽章「どこまでも幻想的に、情熱的に演奏すること」。最初に与えられていた「破滅」という標題のとおり、転調をくりかえし落ち着くことのない調性と、用意に解決しない不協和音によって、この楽章は熱にうかされたような気分と焦燥感に支配されています。コーダはベートーヴェンの歌曲「遙かな恋人へ」からの引用で、「愛する人のために情熱と苦悩の歌を歌おう。ふたたび自分たちの愛が戻ってくるように、柔らかな、こだまのように響かせよ」と歌っています。
 第2楽章「中庸に。どこまでもエネルギッシュに」。最初は「凱旋門」あるいは「勝利の杯」という標題がつけられていました。中間部のメロディーはベートーヴェンのオペラ「フィデリオ」からの引用で、牢獄から解放されたフロレスタンの喜びと感謝の音楽です。
 第3楽章「ゆっくりと演奏すること。つねに静けさをもって」。はじめに付けられていた標題は「星の冠」または「棕櫚の枝」。棕櫚の枝は勝利、平和、歓喜の象徴であるように、最後は確かな勝利をおさめたものだけが感じる、平和で満ち足りた気分のなかに曲は終息します。

 
ストラビンスキー
 ピアノソナタ(1924)
 三大バレエ音楽とよばれる「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」の原始主義から一転、1919年に作曲された「プルチネラ」によりストラビンスキーは明確に新古典主義(古典への回帰)を打ち出しました。
 1924年に作曲されたピアノ・ソナタは、急−緩−急の3楽章からなっており、バッハとその息子たちの時代の精神を受け継いでいます。第1楽章は2オクターブのユニゾンの序奏に続き、ハ長調のテーマが、アルペジオの伴奏にのって提示されます。全体は明るく快活な性格をもつ、ソナタ形式に近い3部形式でできています。第2楽章は、さまざまな解説書がラモーのクラウザンの影響やベートーヴェンのアダージオとの関連を指摘していますが、私は個人的に、このコンサートのはじめに演奏したバッハの「イタリア協奏曲」の2楽章に、もっとも近いと思っています。第3楽章は、トッカータを思わせる絶え間ない16分音符の連続によってできています。中間部は特徴のあるリズムがユーモラスな気分を演出し、一層この作品の明るさを引き立たせているように思えます。
 「自伝」(1935)のなかでストラビンスキーは、「この作品はハイドン、モーツァルトに見られるようなソナタを目指したものではなく、ソナタという題名はカンターレ(歌う)の対語、ソナーレ(鳴り響く)から由来している言葉として、根源的な意味において用いている」と述べています。
 ピアノ・ソロ作品の少ないストラビンスキーですが、メロディー、和音、リズムを自由に操ることができる楽器ピアノは、他に代わるもののない重要な役割を担っていました。「私がピアニストであろうとなかろうと、ピアノが私の創作活動の中心にあり、すべての音楽的発見の鍵を握っているのです」という言葉のとおり、どのような編成の曲を書くときも、必ずピアノを使って作曲していました。
 このピアノソナタも、作曲者自身によって初演されています。

 川島央子
 from B
 この作品は、あらゆる点で対照的な2つの小品からできています。第1曲「中心に向かって」は、すべての音域にわたって散開していた音が、次第に中心に向かって収斂していく様子を描いたものです。一度に複数の音(和音)が奏されることはなく、ピアノを全くの単旋律楽器として扱いました。言い換えれば、きわめて音域の広い、器楽的なメロディーということができるでしょう。また、ペダルの効果から、静的であいまいな響きと色彩が、次々に繰り返されていく音によって、少しずつ変化していくようにも捉えることができます。最後に442ヘルツのAの音にたどり着き、そこで曲は終結します。
 第2曲「自由にそして流動的に」は、いくつかの和音からなる主題の提示によって始まります。続く推移部では、きわめて速いアルペジオ(分散和音)によるパッセージが現れ、大きな波を描きながら高揚していきます。クライマックスにおいて、音域的に拡大された主題が、和音の存在を強調するかのように再登場します。次第に静まったのち、アルペジオではじめの主題がくり返され、風化していくように消えていきます。
 この2曲は、作曲の方法という点においても非常に対照的です。第1曲は、全体の長さや音域等のプランを始めに決定し、細部のリズムや音は、後から無作為に選んでいきました。第2曲は、元となるパーツとしての「主題」を先に考え、そこからパーツを組み立てていくように、行き先を決めず、自然な欲求にしたがって書いていきました。その作曲方法の違いが結果として、単旋律と和音、スタティックとダイナミック、主題の有無などの相違点となって現れています。
 なお、作品の題名"from B"は、第1曲の最初の音が、英語の音名「B」すなわち「シ」の音から始まっていることによるものです。

 スクリャービン
 ピアノソナタ第4番
 Op.30
 この作品は、スクリャービンの生涯の、そして作風の転換点として、非常に重要な位置を占めています。
 1898年からモスクワ音楽院でピアノの教授を務めていたスクリャービンは、1903年にいよいよその職を辞すと、堰を切ったようにOp.30〜Op.40までのピアノ曲と交響曲第3番「神聖な詩」を完成させました。ショパンの影響下から出発し、ワーグナー、リスト、ドビュッシー、ラヴェルなどを知った後に、初めて作曲家独自の作風を確立した作品が、この「」ピアノソナタ4番」で、新たな人生の出発への決意と束縛されていた生活からの解放感から、2日間で一気に作曲されました。
 第1楽章「アンダンテ」、花のつぼみが徐々に膨らみ開花していくような、あるいは深い眠りから徐々に目覚めていくような、官能的な中心主題の提示によって曲は開始します。この中心主題は作品全体にわたって、あらゆる主題、要素の元になっているものです。短い第1楽章のあと、休みなしに、第2楽章「プレスティシモ・ヴォラント」(非常に速く、そして飛ぶように)がリズミックに開始されます。ソナタ形式のこの楽章では、期待で胸を踊らされているかのような曲想にのって、まず2つの主題が提示されます。展開部の中程、丁度楽章の中心となる部分で、第1楽章冒頭の中心主題が高らかに歌われ、急に目の前に広いスペースが開けたような効果を作り出しています。再現部では、複雑に絡みあった主題が現れては消えていく間に、徐々にスピード感を増し、最後に到達したコーダにおいて、圧倒的な歓喜に包まれて中心主題が戻ってきます。この曲全体が、すべてこのコーダの歓喜を味わうためにあったかのように、輝きが頂点に達したところで、恍惚の中に曲を閉じます。