落車
落車に気を付ける、つまり落車しないこと、落車に巻き込まれないこと。
口で言うのは簡単だが、集団の中で安全なラインを常に把握し続けることは難しい。
ライバルチームの揺さ振りに惑わされないこと。仲間のアシストを信じて自分のペースを保つこと。
そして、とフィンは言った。
リーダージャージを守ろうと思うな。
'01ハイドランジア一周、第二ステージ。今おれが着ているこの緑色のジャージは、ルークへ引き継ぐべきものだ。おれはフィンの言葉をそう受け止めた。
第一ステージのTT(タイムトライアル)でおれが優勝するなんて、自分も含めて誰も思っていなかった。嘘みたいな現実に舞い上がってしまいそうになったけれど、考えてみれば、おれがこのジャージを着ていれば他チームのマークはおれに集まるわけだし、その間ルークは力を温存できる。おれはこのジャージをしかるべき時にルークに引き渡しさえすればいいのだ。
第二ステージのコースはおおむね平坦で道幅も広く、大集団が走りやすいから少数のアタックが決まらない。エリアンタの列車が序盤のアタック合戦を鎮め、今のところはきれいな大集団のまま距離をこなしている。これからどう運ぶにせよ最後はゴールスプリントになだれ込んでほぼ全員同タイム、大して順位の変動もなく明日へ繋げられるだろう。
けれどステージを半分走って、おれは既に緑ジャージを持て余していた。
おれはエリアンタ列車の5両目くらいにいるのだが、列車のすぐ後ろには隙あらばと有力選手がくっついてくる。いつもなら様子見のアタックをかけたり他チームのアタックを掴まえるのはおれの仕事なのに、今日は集団に埋もれて動けずにいる。ニコラやジャンがアタック潰しを行う後ろで。気が急いてついスピードを上げてしまい無線でフィンに怒鳴られる。荒らすな、ルークが遅れる。
最後のスプリントポイントを狙う選手の小アタックが一段落してまた集団がまとまろうとしていた時、絵の具をたくさん出したパレットみたいな派手な柄のジャージが先頭を飛び出した。スプリンターを多く擁するチーム、アンハングエラの連中だ。平坦ステージではいつも、優勝を狙って活気づく。
まずい。今日、モリにはアシストが付いていない。このまま奴等に集団の頭を取られたら勝てないぞ。
おれは胸に付けた無線のマイクに叫んだ。
「フィン! あれ追ってもいいですか!」
その間にも、集団はみるみる縦長に延びていく。全体が加速する。
「馬鹿なこと言うんじゃないよ、アレク君! いいから放っておきなさい!」
「でも」
ニコラたちは序盤から働きどおしで疲れている。追うのはおれしかいないんじゃないか。
続きは言えなかった。
道はいつのまにか緩く長く下っていた。前方に大きなカーブ。
大丈夫だ、曲がれる。
こんなスピードで突っ込んで大丈夫かな…
いや、行けるはずだ。現に絵の具パレットの連中は行けてる。おれだって。
ちょっとまずくない? これ。
道脇の潅木の緑と、白い雲の浮いた青空がぐるんと逆転した。