おなかの中のたからもの(娘の巻)


ないしょないしょ

 転勤をもくろんでいたわたしのおなかにやってきた二人めのたからもの。
 ばれたらまずい、ないしょないしょ。だから、大きな荷物を運んだり、寒い中でたちんぼしたり、だまって一人でがんばってました。
 でも、結局転勤先に打ち明けたため、転勤はパー。もとの職場にも居づらくなり、退職してしまいました。
 

切迫流産@12週☆入院生活パート1

 再就職へ向けて転職雑誌や日曜のチラシを眺める日々。何敗かののち、ある事務所に面接に行って「今は人が足りているけど、またご縁があったらぜひいっしょにやりたい」と言われ、心が落ち着いた、その翌日。どっと出血がありました。
 これは大変。すぐ受診しなきゃ。でももう受付時間の締め切り間際。あわてて、「出血があったのでこれから行きます」と電話をかけて出発。
 タクシー・電車・徒歩…ふだんは40分くらいで行くところがゆっくりゆっくりしか歩けなくて、50分ほどかかってしまいました。
 診察の結果「切迫流産ですね。入院してください」
 ひえ?!
 切迫流産になると、妊婦は洗面とトイレ以外ベッドからおりられなくなります。談話室に電話をかけに行くのも看護師さんにお願いして車椅子に乗っていかなければなりません。
 こんなにゴロゴロしていて、また体重コントロールが大変になっちゃう、と心配したのですが、不思議と病院給食を食べてゴロゴロしていてもそれほど体重は増えないのです。病院給食ってふ・し・ぎ。
 服薬しながら様子をみて、10日ほどで退院することができました。

またにてぃすいみんぐ@20週

 体調が回復してきたので、「そろそろやってみたいのですが」と申し出て、マタニティスイミングに参加することにしました。
 都の広報に載っていたもので、参加費が1000円というのに惹かれたのです。デパートのセールでマタニティ用の水着を買って、いざ、プールへ。
 入る前に血圧測定があって、助産婦さんのチェックを受けて、それから着替え。プールサイドでグループ分けをしたのですが、初級・中級・上級とあって、上級が一番少ないので面倒見がよい、と聞いて、無謀にも上級に入ることにしました。ほんとは泳ぎは得意なほうじゃないし、息継ぎも下手なんですけどね。
 全員の揃うのを待って、シャワー、入水。水中ランニングから軽いアクアビクス。それからグループ別に泳いだのですが、学校のプールみたいに3交代くらいで、横幅分15mをゆっくり一本ずつマイペースで泳げばいいので、それほど泳ぎに自信のない私でもなんとかついていくことができました。
 途中リラックス法などのポイント講座もあり、最後は水中座禅もするところがマタニティ風なのですが、上級コースだけあって、わりあいしっかり泳がされた感じでした。
 上がった後はジャグジーで温まり、着替えがすんだらまた血圧測定があって、解散になるのですが、お土産にベビーシャンプーをもらってしまいました。 心地よい疲労感もあって、とっても楽しかったです。

子宮口開く@26週

 26週の検診で超音波などの検査があるので、プレ虹になってからは初めて、連れ合いに付きそってもらいましたが、なんと、その際、お医者さんの口から「子宮口が開きかかってます。お腹張りますか?」とのお言葉が…。
 そういえば、ここ2、3日、なんか恥骨が痛いというか、股のところが気になる感じで、お腹も重いし、なんかつっぱるような感じでしんどいし、という感じがあったので、つい「ええ」と言ったが運の尽き、まだ7か月なのに、NSTを受ける羽目になってしまいました。
 たまたま外来の機械が使用中だったので、病棟に上がって、懐かしの陣痛室へ入り、40分の間、じっと横になっていました。その間連れ合いは外の待合室で待たされて、ちょっとかわいそうでしたが(^_^;)
 心音は元気に聞こえてるし、胎動もほどほどあるし、お腹がしんどい感じのほかは、普通なんだけどなぁ、と思っていたんですが、このまま、お腹が張る感じが続くようなら、また入院になってしまうそうです。せっかく体重コントロールもうまくいってるし、尿タンパクもようやく−になったのにぃ。
 たまたま連れ合いが同席していたので、「子宮口が柔らかくなって、指一本いけそうなくらいです」という先生のお言葉を直接聞いてもらえたおかげで、帰ってからも子供の保育園のお迎えはしてくれる、夕飯は作ってくれる、お風呂は沸かしてくれる、ごみためのようだった部屋も片づけてくれる、と、大変よく動いてもらえました(^_^)

切迫早産☆入院生活パート2

 体調がよくなってきて、折り込みチラシで見つけた派遣の仕事にるんるんと通っていたけど、そこが夏休みになり、しばらくオフになっていたある夜。お腹にゲキツー。
 これはふつうじゃない、といただいている張り止めのお薬を追加で飲んで様子をみたものの、覚悟を決めて翌朝受診。NSTをやってみたら、お腹張りっぱなし。やはり即入院。前回と同じにベッド上安静を指示され、入院10日。派遣の継続を断念し、潔く妊娠生活を全うすることに腹を括ることに。
 息子のときは育児休業中は毎日出歩けてたのに、やっぱりトシかなぁ(-o-)

出産前夜

 予定日までに何の兆候も見られず、ときどきあった張りや痛みもだんだんなくなってきていて、私には陣痛なんてこないんだ、とやや悲観的になっていました。ちょうどその日、検診日になっていて、NSTをつけたのですが、案の定、たいした山も記録されず、がっかりしていたところ、診察の先生が特に丁寧に(^_^;)内診してくださって、3センチ開大、赤ちゃんも下がってきているので、後は陣痛待ちと診断してくださいました。
 おかげで少し下腹部に不快感を覚えることになったのですが、それでも陣痛はなかなか訪れないのでした。
 翌日には連れ合いが家中の片付けを始めました。それまで「入院したらやる」と公言していたのですが、何かにとりつかれたかのように、一大模様替えが始まったのです。
 そろそろお腹の子も用意がいい、と気がついたようで、ようやく昼頃おしるしがありました。その後もおしるしはだらだらと続きましたが、なかなか陣発にはなりませんでした。
 我が家ではそれまでシングルベッドを2台ドッキングして親子3人川の字で休んきましたが、ベビーが加わって4人になってそれではきついだろうな、ということで、その次の日には上の子用にジュニア布団を買ってきました。彼の好きなトーマス柄で、寝つくまで私もいっしょに横になったことで、ベッド追い出し作戦第一夜は成功。私は久しぶりにのびのびと寝ることができました。

ついにきた「その日」(1)

 日付の変わった夜中の2時半、私は不意にお腹のあたりの不快感に目が覚めました。また前駆陣痛だろう、と思って寝直そうとしましたが、しばらくしてまた痛みがあります。今度は太股のあたりまでしびれるような痛みでした。おしるしもあったことだし、これは本物かも、と思って、連れ合いを起こしました。それで、次の痛みまでの時間を計ったら15分でした。
 病院と実家に電話を入れ、上の子を起こして着替えさせましたが、彼はまだウトウトモード。無理もありません。まだ夜明け前です。雨降りの夜道を車で出発。もうそのときにはかなり間隔が狭くなってきていて、PHSで病院に「5分間隔になってます」と経過報告すると、「できるだけ急いで来てください」との返事。それでもコンビニに寄って買い出しは忘れない私。脂汗を流しながら、手早く菓子パンや飲み物を見繕って会計を済ませました。さらに連れ合いはお義母さんのところによって、彼女を乗せ、いよいよ病院へ。もう4時をまわっています。私は先に夜間受け付けを抜け、車椅子で5Fの産科病棟へ。連れ合いは子供をお義母さんに任せて、荷物を持ってあとから追いかけてきました。
 懐かしの陣痛室へ入ると、私は早速分娩衣へ着替え。その前にトイレに行きたい、と告げたのですが、「それは便意じゃなくて、赤ちゃんでしょう」と言われ、トイレには行けませんでした。ちょうどその時間の分娩は私だけ、ということで、助産婦さんが、ほぼつきっきりで見てくださいました。内診によるとまだ4センチくらい、ということでしたが、これまでの経緯からいって、もう90パーセント進んだ状態、という話で、連れ合いは着替えの暇もなく、立ち会い用のうわっぱりをかぶるのがせいぜいでした。
 今回は自由な体位を試したい、という心づもりでいたので、畳のコーナーに陣取ったのですが、NSTをつけたこともあり、またすでにそこまですすんでいては、私も楽なのは側臥位くらいのものでした。
 連れ合いに頼んで、カバンの中からかねて用意のミニボールを出してもらい、それで肛門のあたりを強く押さえてもらうと、楽なときもありましたが、我慢がきかず獣のような叫び声をあげてしまう瞬間もありました。
 5時ごろ5〜6センチ開大になり、分娩台へ移るように言われました。前の時は真っ赤な車椅子(<通称赤いベンツ)に乗せてもらえたのですが、今回は連れ合いにもたれながら自力で移動しました。(<これがつらかったです(T_T) もうすでに脚はガクガクしはじめていましたが、短時間でここまで来たせいもあり、体力にはゆとりを感じていました。連れ合いはなれたもので、ときどき来る陣痛をモニターを見ずに察知して、私に深呼吸のタイミングを的確に指示してくれます。
 全開大になるころ主治医の先生が呼ばれました。でもまだ早すぎて、ちょっとお待たせしてしまったのが心苦しかったです。

ついにきた「その日」(2)

 いきんでみていいですよ、といわれ、思いっきりいきんでみたら、発露になったようなのですが、その頭のあまりのデカさに、「すごい大きい(@_@) こんなの下から出すの〜(@_@)」と頓狂な声をあげてしまいました。そして何度かまた波は来るのですが、繰り返しの強い波にならず、また、間隔も間延びしてしまうようになりました。体制の建て直しはしやすいのですが、続いていきまないとうまく出ていってくれないので、いきみきれずに苦しいのと、会陰がひっぱられて痛いのと、なかなか進まないのでじれるのの、ないまぜになったような気分でした。
 最後うう〜ん、うう〜んと頑張ったら、その大きい頭が出ました。やっとは、は、は、の脱力の呼吸まできましたが、頭が大きいということは、体も大きいもので、肩がなかなか出なくて、ちょっと時間がかかりました。
 そして、5時52分、まだへその緒のつながったままの状態で口内の羊水を吸引されたベビーは元気な産声を聞かせてくれたのでした。お腹のところにシートが引かれ、胎脂がべっとりついたままのベビーをのせて見せてくれましたが、それは確かに女の子でした(^_^)。
 とりあえずつらかったお産も終わった、という喜びも束の間、「くろにゃんさ〜ん、実はやっぱり裂けちゃいましたんで、縫いますね」と助産婦さん。待機していただいた主治医の先生が麻酔をして裂けたところを縫ってくれるのですが、それはやっぱりとっても痛いものでした。(<しかも縫った後は腫れている(T_T)

 早く抱っこしたりおっぱいしたりしてあげたいのに、ベビー担当の看護婦さんが計測(<3516g 51.0cm)その他のチェックを念入りになさるので、「あの、おっぱいあげたいんですけど」と何度も催促しなければなりませんでした。
 ようやく胸元にベビーをもってきてもらったのはもう6時半近くになっていました。
 分娩直後のわりに、目もよく開き、上の子よりも体格がしっかりしていて、頼もしさを感じました。上の子は小さいなりに手足がしっかりしていることに感心しましたが、このベビーは、体格のわりに手足の指がほっそりしていて、とても女の子らしい雰囲気がしました。




前のページへ
戻る
トップページへ
トップ
次のページへ
次へ