おっぱい育児(息子の巻)


おっぱい生活スタート

 退院しておっぱいだけにしたいけどなかなか追加のミルクがやめられず自身をなくしかけていたある日、胸はとうとう詰まってしまいました。それであちこち探して、一駅先にオケタニの母乳相談を見つけて行ってみることにしました。
 手技を受けるとちゃんと出るんです。「ちょっと溜まり気味だけど、ちゃんとでてますよ。おっぱいで行けますよ」と言われ、ちょっと自信回復。
 1か月検診ではミルクの追加を指示されたけど、ここでいただいたパンフにあった「3か月は様子をみましょう」という言葉を支えに、がんばることにしました。

涙の日々

 決意はあるし、いろいろ本も読んではみるのだけど、息子はとっても泣き虫で飲んでも飲んでも満足したような気がしない。それにいつまでたってもチビのまま。それでわたしは煮詰まってしまい、連れ合いに電話しては早退してきてもらったことも一度や二度ではありませんでした。
 振り返って見ると、首の据わりもお座りも標準より早いくらいで、なんの心配もなかったと思うんですが、やっぱり検診のときのミルク足せ攻撃はダメージがきつかったんですよね…。
 それに何度も乳詰まりを起こし、オケタニへ通うのも大変でした。それまでの食事や生活がど〜んと跳ね返ってたんでしょうね。もちろん、うっかりカレーやチゲ鍋を食べちゃって自業自得、というのもありました。
 そのうち、離乳食が始まりました。ぜんぜん授乳間隔は開かないのですが、彼はとっても食いしん坊で、作ったものを作っただけ食べてしまうのでした。これはとっても楽しかった。それでようやく育児が楽しくなってきました。

断乳への道

 泣かずに一日を終えられるようになったのは7か月のころ。朝家事をして、息子を連れて児童館で遊ばせて、帰って食事してお昼寝をさせて、とサイクルが決まってきたのがよかったようでした。あれほど泣き虫の息子が場所見知りなく児童館のおもちゃで遊んでいる様子をみて、職員の方が「いつ職場復帰しても大丈夫ね」と言ってくれました。
 職場復帰前にグアム旅行を計画していたので、あえて断乳は試みず、グアム帰り翌日から保育園の慣らし保育をスタートしました。
 息子はミルクでもなんでも飲めるものならなんでも飲むタイプだったので、保育中の心配はなく、わたしも日中断乳に慣れて、在宅中だけおっぱいするのは母子双方によかったです。
 ところが、わたしは復職してからモーレツな咳に苦しむことになります。なぜか職場中で咳が大流行していたのです。
 せっかくおっぱいで寝かしつけても、わたしの咳で起こしてしまうことになり、こりゃ大変だー、と別寝をすることにしたら、夜中の寝ぼけおっぱいをしないですむようになり、なんだかあっさり断乳することになってしまいました。




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