
上野理事長の講演会を拝聴して
去る九月六日、松江テルサ大会議室で日本中国語検定協会主催、松江会場及び境港会場の真摯な取り組みにより、東京本部から上野理事長をお招きして島根鳥取合同で初の講演会が開かれた。西は浜田から東は鳥取まで、会場いっぱいの参加者にご来場いただき、松江の夏の名残りの空を爽やかに風吹きわたる一日となった。
島根大学中文の内藤先生の中国語を交えた祝辞が述べられ、斎藤志栄松江会場責任者により、講演に際し挨拶が日本語で為された。
上野理事長は古希を過ぎられたらしいのに、その生来のお人柄と相まって青年のようにはにかみがちである。NHKラジオ講座でも長年講師を務められ、物静かな話し方の共立女子大学教授でもある。前段では自伝的な中国文学や中国語学への道程をお話し下さった。東京教育大学(現筑波大学)から大阪市立大学院の出身である。
量詞の豊富な中国語が如何に日本語にも大きな影響を及ぼしているかの話、布は一匹、と数え、花には朶、枝、束などが用いられる。中国語は動詞を重視し、日本語は名詞を重視している言語であると解説なさった。日本語との語順の違いが学習を大きく妨げるがそれだけに学習者の中国語への興味は尽きない。四声に見る声調や特有の音声の美しさは、西のフランス語と並び美しい言語の両雄と称され、学習者は引きも切らない。
そもそも中国文学無くしては日本文学が花開くことはあり得なかったと見做されている。中宮に清少納言が「香炉峰の雪は」と聞かれ、当意即妙に「簾を掲げて」見せたと言うこの一行も、白居易の詩に由来するものである。文学だけでもその恩恵は測り知れない。
上野先生の御本はたいへんユーモアに富んでいて、『知ってるつもりの中国語』も最後まで一気に読んでしまえる一冊である。先生の著書を機会あらばご一読をお勧めしたい。
話は増田渉(ますだ わたる)先生に及んだ。氏は鹿島町の医家の出身で、かの魯迅に上海で師事し、『阿Q正伝』『狂人日記』は無論、“心あらば伝えてよ”の佐藤春夫の『平妖伝』の下訳もし、良く知られる中国文学のその殆どの翻訳者であり、最期は同じく中国文学者竹内好(たけうち よしみ)の葬儀で弔辞を読む最中に倒れ、後を追うようにして数日後没した学者である。その記念館を斎藤責任者に案内されて、鹿島町の記念館に足をお運びになった。中国語の話もさることながら、この驚くべき功績の島根県人の話に触れて下さったお陰で、増田渉の足跡を新たな気持ちで読み直させていただくことができた。
このように意義ある講演会を開いて下さった両会場主催者の皆様のご努力と受講者の皆様の御来席、及び御後援を頂いた方々に心よりお礼申しあげる次第である。
「子曰く、学びて時に之を習う、亦楽しからずや」。一生かかっても、我々の知り得る中国語はほんの雲間から見える一端なのであるが、その一端による力は測り知れない。必ずや人生の友となり、耐え抜く力と成り得るであろう。
今回の講演会に感謝申し上げると同時に、今後とも松江会場、境港会場の御活動に期待してやまない (松江会場初代責任者 多賀礼子)