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| 中国留学の相談を受けていて、留学する前に中国語をどう学習したらよいかという相談が多い。 そこで、簡単に、カウンセリングで相談者にお話ししたり、私の中国語教室でアドバイスをしている中国語学習法を、注意点として書いておきます。事前の学習の参考にしてください。 ①まずは発音の構造、ローマ字式発音記号(以下「ピンイン」とする)を日本にいる間に学ぶ。 ・その際、発音記号を間違って理解している中国人留学生などによるピンインの教授には注意をしてください。 ・特に、反り舌音(巻き舌と間違って教えることもある)の例えば chi (吃)などを、i があるので、これを口を横に開くことと教える中国語教師には注意してください。 もっともこういう中国人教師は、老舗の中国語学校で教鞭をとり、NHKの中国語講座にもでていたような中国人専任講師にもいました。 ・chi の i の音は、例えば、ピンインの発音記号 pin yin の i の音とは異なる音なのです。 ・chi の i と pin の i を混同して教えられるので、chi の i のところで、間違って教えられた知識のままに、口を横に開いてしまい、反り舌音を発声しようとしても発音できずにいる中国語学習者が、現在、日本には膨大にでています。よく、既学習者が、教室に新しく参加してきた場合、まず、この発音をしていただくと、ほとんどの人が、ここで指摘した間違った発音法をしていて、長い期間学んでいても反り舌音ができないままでいます。 ・これは、母国でのピンインに基づいた発音法を学んではいないのに、日本で安直に、中国人だから中国語が出来るのでと、中国語を教える中国人留学生教師などにより起こっている混乱です。 ・ピンイン表(ローマ字式発音記号表=音節表)に基づく、発音法の約束事を、正確に、日本にいる間にこそ、日本語で学んでいってください。 ・そして、それに基づき自分が発音する音の正確さは、現地に行ってから、自分でピンインの約束事にもとづき口を作って発音をしてみて、それを現地の人に聞いてもらい、音の正否を確認してもらいながら、徐々に矯正していき、正確な発音をマスターするようにしてください。 ・なお、chi の発音は、口の形は、横よりもむしろ、少し立てぎみに開いて発声されるものです。この場合の i の音は、ないものと考えた方が分かり易いと言えます。 ・chiなどの反り舌音(俗称「巻き舌音」ともされている)の発声法について詳しく知りたい方は、お気軽にお問い合わせください。反り舌は、微妙な舌の使い方をする音です。 ・その他、これら反り舌音の ch、 sh、 zh、 r など以外に、日本人にとって難しい主な発音は、アイマイ母音と言われている e の音、 uの上 に ¨ のウムラウトと言われている音、そして、n と ng の区別などです。また意外と出来ないのが 口を丸める u の音です。 これらの音の発音法をマスターしている日本人の先生をさがして、まずは学んでください。ローマ字式発音記号の構造についてだけは、日本人の先生から学び、後は、上記しているような方法で、現地へ行ってから、正確な発音を修得するようにしてください。 (以上の発音についての教授法は、中国留学中に数度参加した、現・中国伝媒大学(旧称:北京広播学院)のアナウンサー学部の教師による講義で学んだものです。ここは中国の本当の標準語を教えて放送関係のアナウンサーを養成する大学です。ちなみに、ここの教師が、巻き舌音の問題について語り「中国語の標準語では、本当の巻き舌音は、er(数字の二) の音しかないのに、北京語の r 化訛りが入り込んで、標準語と勘違いされているものが多い。」と話していました。) ②文法に拘わらないで、発音教育重視で教えるスクールを選ぶ。 ・文法はまずは留学前に学ばないでもよいと言えます。 ・文法で文の順序を考えて話そうとする英語の失敗を繰り返さないようにしてください。 ・せっかくゼロから学ぶ中国語では文法への意識により、話せなくなるような学習法を取られないようにしたいです。 ・現地で、耳から入って来て養われる「語感」で中国語を把握し、中国語で話されたことに対して中国語で答える癖をつけることが、最もネーティブに近い会話力をつけさせることとなります。 ③留学前に事前の準備期間があるならば、最低限現地で自分の身を処せるようにするために日常会話と受講の効率を上げるために教室用語を学んでいく。 ・これは日本の自分の地元に、中国語教室があるかどうかにも係わってくるので、必ずしも求められることではないので、出来る限りとなります。 ・出来るならば、教室用語、つまり先生が教室で話す常用語、先生に質問をするための言葉など、及び、留学の制度に係わるキーワードの言葉(「中国留学ガイドブック」(三修社刊)の中の「留学に必須の実用的中国語」参照)など、現地へ行ってから直ぐに役立つ言葉も学んでいってください。 ④独学の場合は、耳から音で暗記をする。 ・教室の存在が付近にないので独学をするというのは、先に述べたピンインの約束事の修得のためには避けたいことではあるが、やむを得ず独学の場合は、目による学習ではなく、音による学習をしてください。 ・テープ、CDなどが付いた簡単な日常会話のテキストを選び、これを音で暗記をするようにしてください。 ・決して目では暗記をしないことです。現地に行ってから、自分が覚えたと思う、役立つ言葉は、耳から入って来ている言葉です。 ・例えば、最初はテキストを見ながら、テープなどの音の後について読む練習をして、それが出来るようになったら、その次には、音と同時にテキストを読むようにして、それができたら、テキストを見ないで、音と平行して同時に読めるようにします。 そこまで行けば、耳から覚えた現地で直ぐに役立てられる中国語として自分の中に入り込んで来たものと言えます。 ⑤現地では個人レッスンを雇っての学習法を重点とする。 ・現地の大学の語学授業は決して良い内容・質ではないので、留学生は皆、個人レッスンとか塾を選ぶ傾向にあります。 ・家庭教師を選ぶときは、必ず、1週間に数人を雇い比較をします。 ・最初は、2ヶ月くらいの契約として、良い人は継続し、駄目な人は契約切れとします。 ・発音をしつこく直してくれる人であり、直ぐに辞書を引いてと言ったり、メモに漢字を書いたり、英語とか日本語を使ったりなどをしないで、なるべく簡単な中国語を選び、忍耐強く何度も、身振りも含めて、あくまでも中国語で説明しようとする人を選んでください。 その何度も説明する行為により、結果として、その時わからなくとも、いつの日にか、「ああそうか、あの時、一生懸命説明しようとしていた言葉だ。」とわかるときが来て、そ の言葉は、未来永劫忘れえない言葉となります。 ・家庭教師を雇う価格は、周囲の同じく家庭教師を雇っている人を参考に交渉します。これは交渉事だと思うことです。1時間あたり日本円相当数百円から千円以内です。 ・その他、日本語学習者との会話交換などの方法もあります。大学キャンパス、町の中で、中国の人から求めてくることがままあります。しかし、ただほど高いものはないと言うこともありますので、慎重に対処してください。日本語と中国語の会話交換のつもりだったのが、日本語だけになってしまうと言うことも良くあります。 中国の人の勉強熱心さ、その結果の豊富な語彙量にかなわない結果なわけです。会話は交流でもありますので、得るものは多いといえます。半々と言うことに配慮して付き合ってくれる人を捜し当ててください。 以上は、取り急ぎ書き込みましたので、後日また書き加えます。 | |
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| 秦 佳朗 hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp | |
2,日本での中国語学習法の手順 |
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| 2005.10.2 | |
| 日本での中国語学習法の手順 以下は、著者自身が、かって中国へ行く前に、同じ様なステップで6番目まで実践した学習の手順です。 これらは一つ一つがキッチリと分離され、一つが終わったら次の順番へ進めていくと言うことではなく、いずれの番号のものも、接近するお互いは、ある程度重なり合って進んでいくものです。 1,発音記号のローマ字式発音記号(以下ピンインとする)の約束事(=決まり事=口の作り方)を、日本人講師の説明により修得します。 ・ピンイン表(=ローマ字式発音記号表=中国語音節表)で発音を説明してもらいます。 ・難しい音を、特に丁寧に説明してもらいます。 (前述した、反り舌音の ch sh zh r 、アイマイ母音と言われている e の音、ウムラウトと言われている u の上に ¨ を付ける音、そして、 n と ng の区別などの難しい発音です。簡単に見えて、日本人には意外と出来ない u の音もです。) ・発音の決まり事=口の作り方は、実は、中国人教師は、往々にして正しく教えられないので、中国語は自分の母語ではなく、意識して発音法(=口の作り方)を学んだ日本人教師より学びましょう。 (例えば、英語系の語学学校がビジネスのために中国語教育にも乗り出したことにより、大きな一つの間違いが、その語学学校の多くに見られます。 それは、日本で英語の教育をする場合は、日本人が持つ会話に臆するという気質に対応して、会話に慣れさせる教育さえすればよいという考え方が、英語学校の多くにはあることです。基本の発音教育に力を割く所は、ほとんどといって良いほどありません。しかし、第二外国語の教育法は異ならねばなりません。 英語教育は、既に、日本で中高の3年間.3年間、或いは、多い人で大学の4年間も含めて英語というものを学んできています。 それは、全くと言って良いほど話すことを無視した教育なわけです。そこで、話すことに慣れることから教育を始めれば事足りるというところに日本の英語学校の教育のよりどころがあるわけです。 というか、むしろそれまでの誤った英語教育を修正することを強調した教育をしなければならない結果となっているのが英語学校の教育の現状です。 そして、日本で、そのような欠陥を抱えた学校英語教育の上に成り立った英語教育の経験しか持たない英語学校は、中国語も、やはり英語と同様に、会話に慣れさせることをすればよいと考えてしまい、ひたすらネイティブスピーカーによる中国語会話教育から始めようとしてしまいます。 そこに、本ページの「1,中国留学前の中国語学習法」で指摘したような、中国人教師による発音教育の過ちということも起こりえる大きな要因があるわけです。 そして、英語は、まず、いろいろな発音が許されている「国際共通語」といえます。その上、学校英語教育という、私たちにとって、ひたすら目で読む教育は、話せない、聞き取れない、でありながらも、潜在的な語彙量を膨大なものにしています。更に、日本人の日常生活においては外来語が氾濫しているという要素も加わっています。 英語は、国際共通語であることと大量の語彙量を持つという2つの要素により、発音教育を半ば無視したままで進められて来たことが許されています。 しかし、大人になって一から学習を始める中国語は、そういう学習方法では修得できません。中国語の語彙量は、学び始めて相当年数経っても、外来語で学んでいる英語の語彙量ほど増える可能性は少なく、少ない語彙量の単語を正しい音で正しく発音しないと、ほとんどが通じる中国語とはならないのです。 一つ一つの音を大切に発音するようにして学ばないと、「発音は、英語と同じように適当なカタカナ発音であっても、幾つかの言葉は通じるだろう。」と言う考えでは、学んだものを全くの無に帰してしまうのです。 それを、英語のように、外来語、文法知識、目で学んできた文章読解力などが助けてくれるということも、全くと言って良いほどありません。 せっかく一から中国語を学ぶのですから、「日本人のカタカナ英語」=「ジャングリッシュ」となってしまうのではなく、正しい発音で、よりネイティブスピーカーに近づくことを目指して、一つの外国語を学んでみましょう。そうでないと、留学に行ってから苦労することになります。) 2,中国人教師に、ピンインに基づく単語(→音節)の発音が正しいかどうかをチェックしてもらいます。 ・中国語学校に通う場合は中国人教師に発音が正しいかどうかを聞いてもらいます。 ・独学の場合は、留学生を家庭教師として雇って聞いてもらいます。 ・家庭教師の探し方については、最寄りの大学の学生課と留学生センター、或いは国際交流部などの名称のセクションでは、外国人留学生のアルバイトを積極的に探していますので利用してください。 全てのセクションに、家庭教師のアルバイト募集のチラシを貼らしてもらえば、中国人留学生から応募の連絡がたくさん来ます。 ・何度か単発で雇って発音の矯正が上手い人をチョイスします。 中国語そのものは、留学後、学校で学べばよいことなので、教えることは素人の留学生に教えてもらう必要はありません。前述したように、間違った発音を教えられる弊害もでたりしますし、仮に、文法に拘って教えられたりすると、却って、行ってからの障害にもなります。 発音矯正をキチッとしてもらうことだけに徹してください。それだけでも、留学を思い至ってから日本にいる間の準備の時間は、十分に消化してしまいます。 ・時給は、1,500円程度(1回2h)+交通費がだいたいの目安です。 ・中国北京、東北三省などの北方言語圏出身の人を探してください。北方から来ていると言っても、大学が北方であるだけで、出身ではない人もいますので注意してください。 3,簡単な短い会話文を、中国人教師、テープ(独学の場合)などに付いて読むことで、単語の正しい発音と、中国語のイントネーションである「四声」を修得します。 ・「四声」は、中国語の各漢字(=音節)ごとにある4つのイントネーションです。 これが中国語の学習で、最初にぶつかる難敵の壁です。ここで挫折しないためには、あきらめずに、何度も繰り返し読むことです。量を読めば「四声」は必ずマスターできます。 4,2番目と同じように、短い文章として読む中国語文の発音を、中国人教師にチェックしてもらいます。 例: 例文 ピンイン発音記号 難しい音(上記との関連) 很好吃。 (Hen3 hao3 chi1.) ch 没有関係。 (Mei2 you3 guan1 xi.) u 、 n と ng の区別 請在這ル写一下。 (Qing3 zai4 zher4 xie3 yi2 xia4.) zh 、 e 去中国 (Qu4 Zhong1 guo2.) uの上に¨が付く音 、 zh 5,何か1冊の会話文の教材を決めて、テープに付いて、正しい発音を意識しながら読み、最終的には1冊を、目でなく音で暗記してしまいます。 ・この際にも、長い文章となっても、正しい発音で読めているかを、時々、中国人にチェックしてもらいます。 ・長い文を暗記することで語彙量をつけます。 6,もし、1,2年の準備の期間があるのならば、最後には、初歩的会話に耐えられるだけの語彙量を付けるためと、会話になっても発音がくずれないようにする癖を付けるために、他に何冊かの教材も暗記します。 ・現地に行くと、所詮は、発音ができて、音として頭に入っている語彙量がどれだけあるかが、会話ができるかどうか、聞き取りができるかどうかの決め手となります。 ・文法は、語彙量さえあれば、現地での会話実践に慣れることで、文の語順を習慣的に身体で覚えていくことで修得できます。その方が、いわゆる文法の学習として、文型の語順を学ぶよりもネィティブに近い会話力が身につきます。 では、準備期間と留学中のこれからの学習を最後まで頑張ってください。 “好好学習,天天向上。”(Hao3 haor1 xue2xi2, Tian1 tian1 xiang4 shang4.) 「しっかり勉強して、日々向上しましょう。」 |
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| 秦 佳朗 hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp |
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3,通訳になるにはどうすれば良いか? |
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| 2005.10.5 | |
| 通訳になるにはどうすれば良いか? 留学後は、通訳になりたいのだがどうしたらよいかという相談がよくあります。そのためにはどのような勉強をしたらよいかという質問でもあります。 何年留学すればなれるか? どういう勉強をすればよいか? 通訳クラスを設けている大学はないか? 帰国後、日本に良い通訳養成学校はないか? などなどです。 留学後、通訳になった周囲の経験者を見ていると、通訳になるには、いくつかの道があると言えます。これらを紹介することで、上記へのお答えとさせていただきます。 ①5年間中国の大学へ留学した人 ②入学試験も行われる日本の通訳専門学校へ入った人 ③ひたすら中国語を暗記した人 ④ボランティアからスタートして実戦を経験していった人 ⑤中国からの技術などの研修団の通訳を務め泊まり込みで練習した人 ⑥1年間詰め込み受験勉強をして通訳資格の検定試験を受けた人 などなどです。 ①の例で私が知っている人は、中国の北京大学の本科生に4年間留学しました。そして、卒業後、当時日本でトップレベルだった通訳の専門学校に入り学びました。 しかし、まだ自分が通訳をするには足りないと考え、再度、1年間北京大学へ留学しました。その後、風の便りに聞くには通訳になったそうです。留学と学校という「坐学」を経て通訳になろうとするとこれくらいの年数はかかるわけです。 ②留学時代の同級生は、3年間の留学後、大手企業に入り、会社は、営業としての仕事以外にも、通訳としての仕事も求めたので、やむなく、当時、日本でトップレベルだった通訳の専門学校の土曜日のコースに入り学びました。 しかし、仕事の休みの日を使って学校に行くのは、日頃の仕事も忙しく、辛いことでもあるし、また、自分の得たいものを、直ぐ学べるものでもないので、何時しか辞めていくという人は多かったです。 なお、通訳養成に優れているといわれている学校ほど、日本語を学びに来る中国人留学生により占められこともあるほどです。日本人にとって、通訳という仕事では、ハングリーな面があるので勉強熱心な中国人にはかなわないわけです。 日本人が通訳の仕事を得るときには、雇い主となる日本企業が、ビジネスの交渉などで、同じ日本人なら考え方の面で、日本側に付いてくれるのではと見る理由で、日本人通訳を雇ってくれることに頼っている面もないとは言えません。 また、留学中に、通訳を学べるクラスへ入りたいという相談もあります。しかし、残念ながら適当な学校は、今のところありません。 通訳を「坐学」で学ぼうとする場合は、そのコツとか心構えを教えてもらうことにメリットがあるわけです。しかし、現状ではベテランが教えている評判の良い学校・クラスの話を聞くことはありません。 日本でも、中国でも通訳の経験が豊富で、そのノウハウを教えられるような人は、わざわざ給料が大幅に減ってしまう学校の教師になるよりも、ビジネスの第一線で仕事を続けていた方が収入の割が良いので、良い教師は学校に来ないわけです。 留学先の中国での現状の授業は、良くても日本語学科などの教師が、ただ、関連の教科書を使って、ひたすら翻訳を続けていく授業をしているだけです。 悪い場合は、日本語学科などを卒業したばかりの若い教師の実習の場になっていて、自分の日本語の方の確認ばかりをしたがる授業になっているケースというのも時に見られます。 ノウハウを教えるのではなく、ひたすら翻訳を続けていくだけでは、何時まで学び続けてもいて修得まではきりがありません。 何よりも外国人留学生は、日本からばかりではなく、世界各国から中国へ留学に来ているので、学校としても何処か一つの国の言葉に限定して、対訳の授業を行うということは難しいことなのです。 ちなみに、あるベテラン通訳の先生が言っていた「通訳は、難しく考えるのではなく、簡単な言葉で訳そうとすることです。」というアドバイスは、一つのコツとして、今でも記憶に残っています。 ③自分一人で語学の暗記をこなすことは辛いので、ひたすら何時間も中国語の暗記をさせる学校に入り、その後、通訳になった人もいました。しかし、その人も自分の力不足も感じ、後で留学もしています。 でも、所詮、暗記という方法が通訳への道の最初の第一歩であり、早道といえます。通訳になった人で、これをこなさなかったという人はいないでしょう。 ④日本で外国人援助のボランティア活動をしていて、中国語能力の必要を感じ、その後、2年間中国へ留学をした人もいました。留学中には個人レッスンも受けて一生懸命学び、HSKも7級を取りました。 帰国後は、ボランティア活動時代の人間関係を頼って、弁護士の簡単な通訳から初めて、法廷通訳になりました。 通訳になろうとする人は、留学中は、個人レッスンを受けて学ぶことと、それと共に、仮に、ある種の通訳になろうとするときは、その仕事の性格と世界を知っていることは、大変重要なことです。 ⑤今、日本でトップクラスの通訳になっている友人の例です。NHKテレビで、中国の首相の通訳をした時には、テロップで名前がでたこともあるトップレベルの通訳です。 彼は、通訳になり始めたときで、中国の技術研修団の通訳をしたときには、男性でもあったので、、研修期間中全日一緒に泊まり込み、研修団が受ける授業の内容を事前に聞き取るようにして、当日の通訳に備えたりしていました。また、泊まり込みでの生活で、毎晩、研修団の中国人達と会話をしていたことも、彼の中国語を進歩させたといえます。ちなみに、女性が通訳場合は、部屋をまた別に用意しなければならないので、雇うに不便と考える企業も中にはあります。 彼は、私と同じ頃、北京語言大学に3年間留学したのですが、3年間の間に、私と会ったのは、私が北京大学から彼を訪ねて行った2回だけでした。 北京語言大学の中では、日本人とは一切話をしませんでした。住むことも、当時は、学外で中国人のところに住むことはできず寮に住むだけだったので、寮では、日本人とは一切一緒に住まず、外国人とだけ3年間住み続けていました。 友人はストイックな性格なので通訳に向いていたといえるかも知れません。通訳は、常に、テレビの中国語ニュースなどで、新しい中国語を吸収したりして、日々いつも絶えまず勉強していなければならない、気持ちが休まる暇がない仕事でもあるわけです。 友人は、結構人付き合いの悪い人でした。そういう人でないと通訳までできる語学力をマスターすることは難しいともいえます。 ⑥ノーマルな例ですが、ステータスを持って通訳業をするために通訳案内業(=ガイド)認定の試験を受ける人もいます。 確かに、特に大手の旅行会社などは、資格を選択基準にして通訳を雇うところもあります。しかし、その一方で、同じ旅行会社が、通訳派遣会社から派遣されてくる資格を持たない通訳も受け入れているという、一部には「笊(ざる)」ともいえる基準ではあります。 なお、留学で知り合った知人は、通訳試験に通っただけでは通訳の仕事は紹介されてこないので、仕方なく、資格取得後に留学をしています。 通訳の仕事を探せるのは、仕事への実績とか、広い人間関係などによることが多いのです。 また、近年、これからは中国語圏からの旅行客が増えてくると、新聞などでいわれています。しかし、日本と人件費水準において、まだまだ格差の大きい中国語圏の旅行会社は、自前で通訳を連れて来日するので、日本に来る旅行者のための通訳業が一挙に増えるというわけではありません。 それよりは、むしろ、⑤の人のような技術通訳を目指す方が仕事があるといわれています。それも多方面の専門技術を理解することは難しいので、自分の専門方向を絞ることが賢いようです。例えば、機械、電気、コンピューター、農業と建設などと分けることになるようです。 通訳試験の内容も、本来は、日本に旅行に来た外国人のために通訳をする通訳者を認定する目的のものでした。しかし、最近は、技術研修団向けの通訳にも、多少範囲を広げた試験内容に変わって来ているといわれています。 なお、通訳試験に合格した人たちは、日本に大きくは二つある通訳者の団体に加盟しています。しかし、新人には仕事の紹介はなかったとこぼしていたのは、資格取得後に留学したという前述の知人です。仕事は自分で探すものなのです。 通訳をする上で必須のこと 事前の準備 通訳は、通訳を務める前に、まず、事前に雇い主と中国側の両者に取材をしておき、後日に通訳をする内容を理解しておくことが必須です。もし挨拶発言が予定されているのなら、その原稿ももらって訳しておくことです。 雇い主の企業側が、事前に通訳側へ関連の書籍、資料を渡して、通訳に仕事の内容の理解を求めることは一般的なことです。通訳する数日前には、日本語をたくさん読むのが務めでもあります。 通訳者は、通訳をする、その関連の技術に関して十分に理解していることが良い通訳者であるともいわれています。よい通訳は、技術者以上に、その技術について知っているとも言われています。何よりも、まず日本語での理解を求められるわけです。 そして、日本語で理解した上で、その中で出てくる専門用語を、事前に中国語にしておくわけです。 実践の中で学ぶ いよいよ数日後には通訳をするというプレッシャーの中での事前の準備作業と、実践を通した勉強が、何よりも、それまでの坐学よりも、自分の中国語を進歩させることになります。教室でのんべんたらりと学ぶより、実践の中で緊張して必死に辞書などを使って準備をする勉強の方が、教室での勉強の何倍も進歩をさせることになります。 留学後に就職した人たちも「留学で学校にいたときよりも、仕事に就いた今の方が中国語の勉強をする。」といっているのを良く耳にします。 故に、通訳になるには、通訳学校の教室に行くより、最初は、手当は安くとも簡単という通訳から経験して練習していくことが、良い通訳になる早道なのです。 通訳は、①の人の例のように、中国の大学を卒業したからといって、そのまますぐに成れるものでもありません。何よりも実践の場数を踏んで慣れることが必要なわけです。 慣れと準備と友人が必須 また、⑤の例では、極端な言い方ではありますが、ストイックな、人付き合いが悪い人の方が通訳に向くようだと書きました。 しかし、一方では、仕事を紹介してくれる人間関係を作ったり、事前の準備とか文書翻訳で、どうしても、その意味がわからない、例えば科学関係などの専門的用語の単語が出てきたとき、それを急ぎ電話、メールなどでも聞けるような友人関係を作っておくこと、専門分野で知識がある友人を各方面で作っておくことも必要とされます。 ですから、人嫌いで、自分一人で組織に属さないでできる仕事だと思って通訳業を選択することは間違いといえます。 ちなみに私の例は、中国でボランティア活動をしていたので、通訳の機会には恵まれ、通訳をすることに、多少は慣れることができていました。日本に帰国当初、ある日中友好団体と中国側との会議で、初めて仕事としての通訳をしたとき、責任者から「中国の大学学部に4年間いて卒業してきた自分の妹の最初の通訳より、3年間研究留学のお前の方が上手だな。」と誉められたことがありました。 ボランティアで場数を踏んだ成果が、留学中は大学で単位修得に集中せざるを得なかった、その妹さんよりはあったわけです。 しかし、ある県の県知事を団長とする友好訪中団に随行したときは、日中交流の関係者が一堂に集まる大会場で、その場でいきなり通訳に指名され、まったくできず、会場の中国の方たちがざわつき始めるという苦い経験もありました。 会場の同じ壇上には、中国側のベテランの通訳も居並んでいて、それも私を必要以上に緊張させてしまいました。語学が良くできる人が同席していると通訳はやりにくいものです。 こういう中でもまれて、失敗は成功の元ともいわれ、通訳は失敗をして、次にはうまく務めようと思い、更に勉強をして成長していくわけです。 この時期は専門の通訳になるつもりはなく、「中国留学ガイドブック」を作るためには、通訳随行で中国へも行けるし、本を執筆する自由な時間も取れるのでという、一時のアルバイトのつもりでやっていたので、通訳に必要な言い回しの複文構造などを、まじめに学んではいなかった結果が、この時にでたというわけです。 翌日の事前に担当通訳に指名されていた他の会場での通訳は、予め知事の挨拶原稿をもらっていてので、旅程の途中で寄った北京で、友人の中国人に細かいところは相談して、訳しておいたので、うまく行きました。 中国語のできない副団長から「昨日より緊張してなくて、なめらかで良かった。」と誉められました。前の日は訳せていないことには気付かれていなかったわけです。!(^^)! 要は事前の準備ができていたかどうかの違いでしかないのです。 やはり通訳は、事前に雇い主の発言原稿をもらっておくことは必須です。また、翻訳を手伝ってくれる友人も必須なわけです。 以上、これから志す初心者の方の参考になればと思います。 | |
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| 秦 佳朗
hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp |
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4,中国語教育と中国留学における現状と問題 |
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| 2004.9.25 | |
| 以下に掲載の論文は、主宰者秦が、2004年9月に、中国の上海で、日本側のJAFSA(国際教育交流協議会)と中国側の中国高等学校(=高等教育の大学の意味)外国留学生教育管理学会の共催で行われた学会で発表したものです。 第2セッション 日本人学生の中国留学「現状と問題」 タイトル:中国語教育と中国留学における現状と問題 氏名:秦 佳朗(はた よしあき) 所属:中国留学研究所(任意団体)主宰、日本学生支援機構・留学情報センター、 JAFSA(国際教育交流協議会) 役職:研究所代表兼留学カウンセラー、 「中国留学ガイドブック」著者、 元JAFSA渉外委員会副委員長・理事 連絡先住所:184-0004 東京都小金井市本町5-37-14 電話番号:042-387-7409 メールアドレス:hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp 目 次 中国語教育と中国留学における現状と問題 はじめに 一、中国語教育の現状と問題 (1)日本における中国語教育の現状と問題 ①日本での中国語発音教育の経緯 ②発音教育の問題 (2)中国における日本人語学留学生の現状と問題 ①基礎段階での“ピンイン”教育の重要性 ②漢字を使用する環境での日本人留学生への弊害 ③日本語の「片仮名」の存在 ④日本人留学生の性格 ⑤文法と簡体字は教え方に配慮が必要 二、中国留学の現状と問題 (1)日本で中国留学を準備する段階の現状と問題 ①日本から中国への留学の趨勢 ②中国留学の情報収集手段の変遷 ③中国留学から帰国後の日本の大学での単位認定 ④留学受入案内のパンフレットのあり方 (2)中国留学中の日本人留学生の現状と問題 ①留学時の中国語学習環境の変遷 ②漢語センターの独立運営化 三、留学体験者からの聞き取り調査 ①山西省の師範系の学校の漢語班(語学クラス)の事例 ②大連の理工系大学の漢語班の事例 ③上海の重点大学の漢語教育の事例 ④地方のいくつかの大学を転校した事例 ⑤北京の重点総合大学の漢語班と地球村(補習塾)の事例 ⑥北京の師範系の大学の漢語班と地球村の事例 四、結論(要望) 中国語教育と中国留学における現状と問題 はじめに 《②日本人学生の中国留学「現状と問題」》セッションでの報告として、中国語教育と中国留学について、日本と中国における現状と問題を申し述べる。中国国内についての報告には、留学体験者からの聞き取り調査の内容も紹介してあるので参考にされたい。 その前に、発表者である私自身の略歴を述べたい。1981年から84年まで北京大学に普通進修生として、91年から92年まで高級進修生として留学した。帰国後、中国語を学んだ母校である日中学院、朝日新聞社系の中国語専門学校・朝日中国文化学院、国立京都工芸繊維大学などで中国語教育に従事したことがあり、現在は、主宰するNGO任意団体の中国留学研究所でも留学準備の中国語教室を開講し教鞭をとっている。 著作には『中国留学ガイドブック』を3冊(1冊はシンガポール、香港、台湾も含んだ紹介)、『北京生活事典』などがある。現在は旧称・日本国際教育協会留学情報センター(2004年4月1日より日本学生支援機構留学情報センター 海外留学情報支援室)で、中国語圏(中国、シンガポール、香港、台湾など)への留学生を対象としたカウンセラー(専家)として、留学関係の情報収集、資料の作成、学生への留学アドバイス、留学説明会の講師などの業務に従事している。 また、NGO活動として、今回のシンポジウムの共催団体であるJAFSA(国際教育交流協議会、旧称・外国人留学生問題研究会)では、渉外委員会中国・東アジア担当副委員長を務めており、中国留学、及び、中国の中等職業教育についての調査・研究を行い、JAFSA会員を対象とした研修、及び報告書の作成などにあたってきた。昨年度は、JAFSAの理事を務めた。 一、中国語教育の現状と問題 (1)日本における中国語教育の現状と問題 ①日本での中国語発音教育の経緯 中国語は政治的意識を持ったごく少数の人が学ぶ語学だった時代から、今日は広く、大学生の就職対策、社会人のトラバーユ(ジョブホッピング・job hopping)、リタイアしたシニアの再就職のためのスキルアップ手段として、また、中学生、高校生の進学のための科目としてなど、広く学ばれる語学となり、市民権を得てきたと言える。大学の選択科目である第二外国語でも中国語が、ドイツ語、フランス語などを抜いてトップの人気である。 発表者の私自身が、日本の中国語学校で学んでいた1970年代には、3年間中国語を学んだだけの人が教師になるという状況さえあった。そして、当時は、中国人の講師の多くが、南方出身の在日華僑であったことから発音に訛りが強く、中国語の発音記号〔表音ローマ字〕の“ピンイン”(注)で表すところのchiがciになったり、「反舌音」が正確に教えられなかったりといった問題があった。 その後、日本の中国語教育機関では、南方出身の中国語教師に代え、主に北京出身者を教師として採用することが多くなったが、これはまた、「反舌音」を「巻舌音」として、甚だしくは北京の「r化音」を標準語として教える過ちを日本の中国語教育に持ち込む結果となった。発表者が、かって北京放送大学(北京広播学院)で、発音矯正の講習を受けたとき、中国人学生に標準語を教えてアナウンサーとして養成する教官は「中国語の標準語の中でr化音の単語は“二”(er2)しかない。」と述べていた。 また、その後70年代後半から来日し、一部は中国語講師となった中国残留孤児の2,3世や、当時は30歳代が半ばを占めていた中国人留学生は、“ピンイン”に対する知識に欠け、chi(吃)のiを、iがあるので、例えば“ピンイン”の発音記号のpin yinのiと同じ音と勘違いをしてしまい、発音の口形を「唇を横に引くように」と教えてしまうなどの支障が見られた。 (注:中国語文字の“憧咄”〔→併[人偏でなく手偏]音〕が文字化けで使えないのでカタカナでピンインとしました。以下他も同様) ②発音教育の問題 私が、中国語教育に従事する中で知ったことであるが、今述べたような留学生などの中国語教師に学んだことがある多くの学生が、例えば、上記のchi 、shiなどの発音において、反舌音を巻舌音としたり、また、 iは「口を横に引く」などとする教育を受けてきた事実を語ってくれた。そして、入門時に受けた教育で付いた癖が、修正し難いものになっているという事実があることを指摘しておかなければならない。 こうしたことから、日本における中国語学習者の発音学習に混乱が生じ、正しく学べば習得できるものであるにもかかわらず、正しい発音の習得に至らない、却って、遠回りの学習をしてしまうということになったり、多くの学習者が、発音習得の困難さにめげてしまい、途中であきらめてしまうという問題も起こっている。 導入時期での教育は大切であり、日本の中国語教育のこれまでの問題点を解決するため、主に入門・初級時期の漢語教育に焦点を合わせ、中国側によるより裾野の広い、開かれた「対外漢語教師資格」試験の実施、また、それに向けた研修など、中国語教師のレベルの最低限の統一がすすめられるよう希望したい。 (2)中国における日本人語学留学生の現状と問題 ①基礎段階での“ピンイン”教育の重要性 中国へ語学留学する日本人に、まず教えるべきことは発音であるといえる。日本人は、両国共通の漢字があることにより、それに頼ってしまい、取りあえず意味がわかるため、留学の初期に、発音、会話力、聞き取り能力の進歩において、欧米など非漢字圏の留学生にかなり遅れをとってしまう傾向が見られる。 日本人への発音教育では、漢字に頼った理解を防ぐために、当初は漢字に触れないで徹底して“ピンイン”による教育を行うくらいの教育法が必要となる。また、日本語は世界の中で孤立した言語といわれ、他の民族の言語と異なる。 なぜ、“ピンイン”というローマ字で表された音による発音学習を徹底させることが必要かということだが、日本語と中国語を比べた時、日本語の発音の中には存在しない中国語の難しい発音が、他の外国語より日本語には多いことも理由の一つに挙げられる。 いくつかの中国語の中にある難しい発音は日本語にはなく、そのため多くの日本人留学生が、他の国の留学生に比べ慣れない発音の習得に悩まされている。 故に、“漢語ピンイン音節表”による“ピンイン”の約束事、難しい発音(例:chi zhi shi ri e —〔-は文字化け。ウムラウト u の上に‥付けた u を使用〕、そして口を丸める u など)の発音法、つまり、発音口形の習得のための徹底指導が求められる。 具体例としては、例えば、xian とxiangの区別(gがあることでのaの読み方の違い)、tanとtangの区別、enとengの区別、 unが uenであること、 uiがueiであること、などの一見“ピンイン表”を見るだけではわかりにくい発音記号の細かい約束事についての教授が必要となる。また、英語、ドイツ語などには一部見られるが日本語には全く見られないchi shi e —〔-の文字化け。ウムラウトで u の上に‥を付けた u を使用〕などを発音するための口形、舌の動きなどについての細かい指導も必要であろう。 ②漢字を使用する環境での日本人留学生への弊害 非漢字圏の国の留学生にとって、漢字は絵のようなもので、初級段階では漢字に頼って意味を理解することはできない。漢字での理解に頼れないので、必死に聞き取りに集中し耳で理解し聞けて話せる力を鍛え覚えようとする学習法を取らざるを得ず、自ずと彼らの聞き取り能力の進歩は日本人留学生のそれよりも数段勝っていくことになる。 中国と発音は異なるものの表記の手段としての漢字を共有し、目だけでもなんとか理解できてしまう便利さを有する日本人には、却って欠ける点があることを充分考慮した教育が必要である。 日本人の場合、表意文字である漢字に頼る癖があるので、学習の初期段階では、むしろ漢字を使わないで、“ピンイン”だけを教え、まずは発音をしっかりマスターさせることを中心にすべきである。 ③日本語の「片仮名」の存在 日本人にとってのもう一つの大きな問題点は、日本語には「片假名」(=カタカナ)という、通常は発音記号がわからなければ、発音できないはずの他の国の言語に“注音”(ルビをふる)を行える文字があることである。片假名は日本語を表記するものであり、他の国の言語を学ぶに際し、決して正確な発音に似せて“注音”をすることは出来ない。 にもかかわらず、便宜的にそれを用いて、外国語の音を仮に表してしまうことにより、却って正しい発音を耳から学ばず、目で学ぶ作業を行ってしまう。この「目から学ぶ」作業が、外国語の発音学習に、大きな障害・欠陥を持ち込んでしまうのである。 日本人留学生が、中国語の発音を“ピンイン”によるローマ字で表された音により学ばないとすると、どう学んでいるのだろうか。彼らは、授業中、教科書の課文の漢字に、こっそりと、カタカナ(片假名)を書き添えて、間違った「発音記号」を付しているのである。 上記の例や、後に述べる体験者の話にあるような、中国語を“ピンイン”によって読むのではなく、漢字から直接読めるようにするという教育方法は、日本人留学生に対する指導方法としては適したものとは言えない。まずは“ピンイン”教育が徹底して行われる必要がある。 ④日本人留学生の性格 HSK模擬試験でクラス分けテストを行っても、横文字スペルの民族と日本人を同じランクのクラスに入れて授業をスタートさせると、その後、日本人留学生と、他の留学生の間に大きな差が出ると現場の教師の方々から聞く。 曰く、教師が言っていることが理解できない、聞き取り能力が不足する、発音の基礎が出来ていない、質問をしない、教師が生徒に質問をしても押し黙って答えない、などなど。こうした指摘が中国人教師からなされるのも、当然のこととしてうなずける。 その理由として、発音学習法を間違えているので、発音に自信がなく口を開かないこと、そして日本の中等教育までの教育法が欧米などと異なり、自己表現をあまり重視していないことなども挙げられよう。留学生の中には初等・中等の学校教育を通して、教師に質問を多くする習慣が身に付いており、外国語(中国語)での会話にも、ものおじしない国もあるのと大きく異なる。 ⑤文法と簡体字は教え方に配慮が必要 一方、日本人留学生にとって比較的容易に理解できるものとして、簡体字、文法などがあげられる。前者は漢字を使う両国については明らかなことであるが、漢字に自然に慣れることができるから、あえて目からの学習をあまり教える必要はない。 後者は、日本人は英語の学習において受験のための文法中心の教育を受けており、他の外国語の学習においても、文法中心の学習に慣れてしまっている。しかし、文法にこだわって発音(聞き取り・会話)を軽視する語学学習の傾向に走りやすい。この傾向から脱却させることが必要である。 具体的には、日本人留学生がわかりにくそうにしている文法を板書しては教えない(文字を書いて目で学ばせることをしない)ようにして、“語感”で把握させるようにすることである。 中国語を耳にした時、文法で一旦整理しようとすると、頭の中で一度日本語に置き換えることになり、反応する過程の作業がワンステップ多くなる。日本人は英語でこの失敗を重ねてきた。また、漢字から意味がわかるので、書かれると、その時は理解したような気持ちになるが、音で覚えていないため、音として聞いても意味がわからないという、実質は実際に使えるものとして覚えていない単なる知識になってしまう。こうした実用には何の足しにもならない「知識」だけが膨大に増えていく。これが日本人の外国語学習法であるといってもけっして過言ではないのである。 以上述べたいくつかの弊害からどうにも脱しきれないのが、日本人の外国語学習習慣である。こうした弊害から脱却するためにも“ピンイン”教育、即ち、音による教育の徹底が必要とされる。 二、中国留学の現状と問題 (1)日本で中国留学を準備する段階の現状と問題 ①日本から中国への留学の趨勢 中国への留学者は、受け入れが始まった1978年以来、今日まで、大きな伸びを見せてきた。80年代には一時期、前年比で倍増するほどであった。近年は、長・短期留学生を合わせて年間1万5千名前後で推移している。日本から海外へ行く留学生数としては、米国、イギリスに次ぎ、中国は第3位である。 日本経済は中国の高度成長頼りとも言われている経済交流の拡大、さらには北京オリンピックを控え、中国への留学希望者は、今後も更に伸びていくものと思われる。 また、日本はこれから高齢化社会、退職者・年金生活者の大量発生時代を迎えることになり、シニア層の留学の拡大が考えられる。日本人は、義務教育で「漢文」といわれている「唐詩」などを学ぶカリキュラムを経てきており、古典漢語、中国の歴史、「三国史」などの小説への関心は高い。決して十分とは言えない年金(月20万円程度)を受給する退職後、物価の安い中国で好きな中国について学びたいという層は厚い。 また、退職後の第2の就職先として、留学で中国語を学んだ経歴と長年培ってきた技術とを生かし、人材バンクを介し中国の日系、外資系の企業に勤める人もでてきている。 ②中国留学の情報収集手段の変遷 中国留学を志す日本人の情報収集手段は、書籍からインターネットのホームページへ移りつつある。私は、2000年に、600頁以上の『中国留学ガイドブック(Guide Book)』を出版したが、ちょうどその後あたりから、このような出版物に頼るより、インターネットで直接情報を収集する方法が始まり、私の本の販売量は、前作2冊より大幅に減少した。 私が勤める留学情報センターでは、中国各大学から送付されてくる留学案内を開架していて、希望者は自由に閲覧でき、申請表も自由にコピーできる。しかし、今日では、多くの大学が、印刷物の留学案内パンフレットよりずっと新しい情報をホームページで提供しているし、申請表もダウンロードできるようになっている。 このことにより、私が勤めるセンターでは、相談時、従来のように相談者に閲覧室のパンフレットを紹介するのではなく、相談のデスクでパソコンによりホームページを開き、プリントアウトすることを教えるようにしている。また、このホームページ・アドレスをメールで相談者へ伝えることも多い。 主に使用しているホームページは「中国留学生網・留学生を受け入れる中国の大学の連絡先」http://www.studyinchina.net.cn/j_lxsyx.html である。 (注:その後、このホームページは中国側の都合で閉鎖されており、それに代わるものとして以下のホームページがある。http://www.studyinchina.net.cn/Portal19/default788.htm ) 現在では、印刷物のパンフレットの内容を充実させることより、ホームページを充実させ、アクセスもよりしやすくさせることが望まれている。 北京語言大学のホームページは日本でも見やすく、申請表のダウンロードもしやすい。大学によっては、凝りすぎているため重くて開けないもの、ダウンロードがしにくいものなどもある。 このような不都合は、中国では、学生たちが容量の大きい学内LANを使用していることが多く、重いホームページでも見るのに問題はないようだが、日本では個人家庭で所有のパソコンで見ることが多いためだろう。 また、だからといって私が日本人校友会の幹事長をしており、愛着のある母校北京大学のホームページのように、留学生専用のページに直ぐに入れるようにアドレスが指定されてしまっているものも、また困る。 確かにアクセスは容易だが、日本の大学からの交換留学、奨学金留学などは、留学生本人が留学先の大学のカリキュラムを調べ、現在所属する大学などにその資料を提出する制度を取ることが多く、学生は、正規の学部生(本科生)のカリキュラムを見ることが必要になる。そのため、北京大学のように、いきなり留学生専用の案内ページへ入るようになっていると、却って不便なのである。 ③中国留学から帰国後の日本の大学での単位認定 なお、日本の大学の単位互換・単位認定は、決して交換留学の場合のみではない。日本の大学には交換留学生に限らず、通称「私費認定留学」ともいわれている制度を採用し、単位認定を行う大学もある。中国の大学へ普通進修生として単位の取得を目指して留学できるような便宜を図るため、以下の施策が望まれる。 日本の大学の選択制科目である「一般(教養)科目」に類似する科目の講座を開設し、修了試験を実施し、成績表を発行する。(これらは既にかなり行われている) 開設に際しては、事前に印刷物で、“課程設置表”(受講時間数の明示)、“教学計画(劃)”、“教学提綱”、各科目の教材、などのいずれかを留学生に提供するようにして、日本の大学で、単位を認定する権限を持つ教授会の了承を得やすくする。 ④留学受入案内のパンフレットのあり方 また、現行発行されている各大学の留学受入案内のパンフレットにおいては、以下のいくつかの点の検討を望みたい。 一例を挙げれば、日本と中国は共に漢字を共有しているので、成績証明書などは、わざわざ英語訳したものを添える必要はないだろう。日本人が中国に留学する場合の書類には、全世界共通で要求しなくても良いものや、中には留学手続きの際、送付しなくとも良い書類もあると留学生辦公室の担当者からは聞くので、これらをいくつか軽減することにより、日本人の中国留学を更に促すことが出来ると考える。 更に、父母の預金残高証明、保証人の証明の提出などの必要があるかどうかも検討の余地がある。保証人については、通常“在華(事務)担保人”と書いてある大学が多いが、実際は、日本人に対して、中国在住の「公民」の保証を求める大学は少なく、父母が、保証人として書き込むことが多い。 しかし、形式的に“在華”という言葉が書かれていることにより、個人で留学申請をしようとする多くの人に、日本国内で混乱をもたらしており、中国に知り合いが居ないので困っているという相談が多い。日本向けには保証人の種類を明示した方が良く、“在華”という言葉は、留学生が中国にいる間の保証人という意味で、日本に居る人でも構わないのか、中国にいる保証人なのかを明らかにすべきである。後者と明示された場合は、日本人には“在華”保証人を捜すことはほとんど不可能である。 “報名費”(申込金)の送金方法も、口座番号により銀行口座へ振り込み、送金小切手での送付、郵便為替での送付、現金などのどれに寄るのか、具体的な明示が必要である。 また、現地に行ってからの学費、部屋代の支払いも、現金の人民元か、米ドルか、TCか、日本円も可能かなども事前に知らせることが必要である。この件での質問も多い。 健康診断書を申請時に大学に送る必要があるのかどうかも不明確である。本来大学への送付は必要ではないと思うが、送るのかどうかの明示がなく、健康診断書が必要とだけパンフレットに書かれているので、どの時点で必要となるのかで迷い相談に来る者が多い。 宿舎の手配方法については、中国の大学の事情から言って宿舎管理部門は留学申請の部門と別のセクションとなるので困難はあるだろうが、事前に部屋の予約が出来るのか、1人部屋など部屋の種類を選んで予約できるのか、到着したら、まずどの事務所に行き部屋の手配を依頼するのか、外のアパートに住むことを認めているのか、などの説明が求められる。他の国と異なり、キャンパス内に多くの宿舎があるので、これら宿舎に関する相談もまた多い。現在、中国と比べ、同じ中国語圏の香港、シンガポール、台湾での留学が伸びないのは、この宿舎探しの不安があるからである。 (2)中国留学中の日本人留学生の現状と問題 ①留学時の中国語学習環境の変遷 私が留学した80年代初頭、ホームステイ(Home Stay)はなく、下宿・アパート住まいは禁止で、家庭教師・私塾なども規制され、漢語班の授業以外に中国語向上の助けとなる有効な学習方法はなかった。強いて授業以外の学習を言えば、国営の商店・食堂の不便さに遭遇し、必死で中国語力を付けようとしたことだろうか。通じる中国語力を持っているかどうかは、決して大げさではなく、生活のための死活問題であったので、誰しもがある程度は中国語力を身に付けていた。 しかし、90年代に入り、家庭教師が許され、90年代後半には、下宿・アパート生活も解禁されて、中国の人々と触れる機会も増え、80年代より中国語を学び吸収する手段は増えたといえる。しかし、開放され、経済も豊かになり便利になったかわりに、国営商店で必死に買い物したり、留学生食堂が終われば食べるところがなく必死に尋ねては探すなどの苦労がなくなった分、生活上の会話をする機会も少なくなっており、何でもお金で解決できるようになってきている。 そこで、家庭教師、会話交換などを利用して中国語力をアップさせようとする者と、部屋に籠もり何でも便利にお金で済ませ、中国語を使う機会と必要を失い、数年留学していても、ほとんど話せない者との二極分化が見られるようになった。後者は、後述する上海の体験者の話にある漢語本科生4年生の例などである。 2000年代に入り、中国での語学留学により中国語力を可能な限り向上させるいくつかの手段が大きく変わった。90年代から既に大学の漢語班に個人レッスンをプラスする学習方法にウエートが移ってきて、更に2000年代には、大学の漢語班にプラスする補習学校が隆盛の時代へと移りつつあることに注目しなければならない。 ホームステイ、及び家庭教師・会話交換などの個人レッスンを駆使して中国語力を向上させようとする者は多いが、大学の漢語班に通いながら補習学校へ行く者、大学から補習学校へ移る者も首都北京では出てきている。なぜ留学生が補習学校へ移るのか、その理由は体験者の談として後で述べる。 ②漢語センターの独立運営化 大学の漢語班の現状と問題については、後述の体験者の声でもわかるが、中国留学の問題を分析してきた私としては、もう少し掘り下げて考えてみたいことがある。それは、中国留学の「対外漢語教育」の問題においては、まだ、改革・開放が進んでいないと思えることである。 簡単にまず先に結論を述べると、大学の漢語班制度における通称“漢語中心”などが、今日の改革開放政策に見合った形で、分権化されていないこという問題がある。 対外漢語教育は、現在“漢語中心”などの名称で表される組織によって行われている。この組織は、外事辦公室、留学生辦公室などに属し、独立した運営体ではない。独立性がないことにより、語学センターが独立組織である諸外国と比べ、以下の点においてまだ不十分さがあるように見える。 1,語学教育のノウハウの蓄積 2,専任の教師の蓄積 3,教材開発能力の蓄積 4,カリキュラム編成ノウハウの蓄積 5,臨機応変な留学生管理・生活上の服務・教育の対応 6,近代的な教育機器の購入・メンテナンスのための経済力 特に、カリキュラムの編成において限界が見られ、現在の所、北京だけにおける現象ではあるが、補習学校のような、市場経済の荒波の中で実力をつける学校が登場し、豊富な科目を擁したカリキュラムを編成していると、留学生はそちらに移行してしまうことにもなる。80年代後半、90年代から始まった、学期毎の漢語班授業が進んでいくとともにクラスの学生数が減少し、漢語班以外の個人レッスンの利用が進むのも、授業に満足がいかない留学生達の選択の結果である。改革開放の市場経済は、今また、大学の漢語班のあり方にも変革を迫っているといえよう。 三、留学体験者からの聞き取り調査(中国留学研究所扱い) ①山西省の師範系の学校の漢語班(語学クラス)の事例 2000年~2004年留学 男子学生 ここでは、HSKの対策授業はない。受験をしている人はいたが、既に、この学校にはいない。その方たちは、自分で問題集などを使って勉強をして受験していた。教材は、現地での入手は不可能なので、北京や上海に行ったときに自分で買って来る。 先生のやり方、個人レッスンの状況。大学で実際に授業を持っている先生と、まだ現役の大学生である先生がいる。前者の先生が2人(作文、読解)、後者の先生が2人(文法、聴解)の計4人の先生がいる。 教材は、北京語言大学や北京大学の使って進められている。 作文は、教科書に沿って進んでいき、大体毎週短い作文を書いて添削してもらう。 読解も、教科書に沿って進んでいき、用語などの一通りの解説をしていただき教科書の練習問題をやっていく。文法も、教科書に沿って進んでいく。 聴解は、聴解の教科書の内容のテープを聴いて練習問題などをやっていく。 また、授業は本来個人レッスンではないものの、留学生の絶対数が少ないために実質2人、もしくは1人の授業になっている。そのためか、先生たちも授業の時間を急に変えてしまったり、先生が自分の用事が忙しいということで授業がなくなったりする。例えば、今期は3月初めから始まったのだが、大学生の先生は論文が忙しく授業をする時間がないということで、まだ一度しか授業をしてもらっていない。そういう感じなので、留学生を管理している事務所に相談しに行くが、行っても新しい先生を見つけるのは難しいから、検討しておくといわれるぐらいで、何もしてもらえないというのが現状である。 そして、現在ここの留学生は4名だが4月からは私を含め2名になる。他の学校の状況がわからないが、他でもこういうことがあるのだろうか? 良い点は日本人が少ないことである。でも少ないことで授業を放棄されるのであれば、デメリットになるともいえる。 注:以上は、転校先の相談を受けての聞き取り。 ②大連の理工系大学の漢語班の事例 2002年~2003年留学 女子社会人 日本では学ばないで1年間、大連へ行っていたが、どうも教授法が違っているように思う。進歩が見られない。中には10か月でHSK7級を取った人もいるにはいる。中国の先生は、発音記号を見ないで漢字だけ見て読めと言って、発音記号の部分を隠させるが、私は、教え方が間違っているように思う。現地での学習法と家庭教師の使い方を教えて欲しい。 注:学習法についての相談があっての聞き取り。 ③上海の重点大学の漢語教育の事例 2002年~2003年留学 男子学生 語学コースの授業は、受入人数が多いので、クラス分けのレベルが、きめ細かくなる。 また、留学生向けの少し専門的な授業のコースもある。しかし、先生が不足しているし、日本の留学斡旋業者を通して来る人が多く、学生の質に問題がある。学生は教室の後ろに固まっていて、積極的に学ぼうとしないし、先生も厳しくは質問しない。 日本では、工業大学に在籍し、今回は、中国政府奨学金で中国経済を学ぶための留学であるが、中国語の学習歴はほとんどなかった。しかし、中国に来てから4ヶ月を過ぎた頃、大学の漢語本科4年に所属する日本人留学生の中国語を耳にする機会があり、自分よりレベルが低いのにはビックリした。 上海語圏での訛りの問題だが、やはり街にでると、ほとんどのところで普通語ではなく上海語だが、それでも何とか普通語で会話はできるため、特に不便とは感じなかった。 ただ使い慣れない路線のバスに乗ったときに、乗務員のほとんどは次の停留所名を上海語で告げるため、まず聞き取れず苦労したことはあった。それと、北京や青島に行ったときに街の人たちの会話が普通語に近く、自然に聞き取れたときはすごくうれしかった記憶があり、その意味では上海では街の声が耳に入ってこないため少しさびしく感じるかもしれない。 ④地方のいくつかの大学を転校した事例 北京語言大学 1997年7月4週間留学 西寧、雲南の大学 1997年~1999年留学 新彊の大学 2001年~2002年留学 女子社会人 日本人がいないところを探して、3大学にて、1年間、半年、半年の合計2年間留学した。それでも、全留学生で100名もいる大学もあった。98年春に独学でHSK7級を取得している。留学生の受け入れ態勢は、それぞれの大学で、手厚い所、放任の所と異なるが、いずれも、留学生の生活は、宿舎―食堂―教室で完結するのが共通である。大学を選ぶ時、辦公室の印象で決めていた。 授業は、上級のクラスになると内容が物足りない。欧米の留学生が多い大学では、初級段階で、ピンインを主体に教えてくれた。HSK対策の授業は、有料で行われているところもあったが、留学生の少ないところでは充実していない。教材も購入しにくい。訛りの問題は、授業の先生は、ほとんど普通話だった。聞き取りはテレビのドラマ、ニュースで養った。旅行で会話力を向上させた。 総じて言えることは、留学生の人数が多い大学以外は、受け入れに慣れておらず、受入態勢、授業は良くないため、初心者を受け入れない方がよいと思える大学もあった。学校側との交渉力が必要とされ、精神的に幼く、気の弱い人には向かない。要求しないと改善してくれないし、要求しても改善してもらえないことも多い。 留学生の数が一定程度ないと経済効率も悪いので、学校側も受け入れ態勢を整えようとしないように思える。人数が少ないと、一つのクラスに異なるレベルの生徒が一緒にされるので、クラスを分けるよう要求すると、予算がないと拒否され、要求が受け入れられなかったことで、留学生が授業に出なくなったことがある。留学生数の少ない大学ほど1週間の授業数が少なく、16時間から20時間の幅がある。 まだ、留学生の少ない大学では外事辦公室の下に留学生辦公室が作られていなくて、留学生への面倒見が良くない。宿舎は、招待所兼留学生宿舎の場合、盗難が多い傾向がある。 ⑤北京の重点総合大学の漢語班と地球村(補習塾)の事例 前者:2003年4月1日~20日留学 (SARSで一時帰国) 2003年9月~2004年1月留学 後者:2004年2月~5月留学 女子学生 中国語学習歴は、大学で2年間、必修の第二外国語で学び、大学3年の夏休み、大学が主催する短期留学に参加、卒業後、10ヶ月の予定で2003年春に留学したがSARSで一時帰国。03年9月に元の大学へ復学し、1学期終了後の04年2月より5月まで、補習塾の「地球村」に、2月までの居留証を3ヶ月間延長の手続きをしてもらい通った。ちょうど5月末で居留証が有効期限切れとなり帰国した。 他大学の状況がわからないが、大学漢語班の留学生に対して、漠然と真面目な印象を抱いていた。しかし、実際はそんなことはなく、真面目な人は真面目に出席、授業に出てこない人はまったく消息も知れず、といった他の大学とあまり変わらない状況だった。 専門の教師は一人だけで、あとは中文系大学院生が担当していた。経験も浅く、また授業の進行方式に疑問を感じ意見を出しても、「これが私のやり方だから」と受け入れてもらえず、最初のうちはかなり不満があった。しかし、それぞれの教師の進め方やクラスにも慣れてきたころ、皆が言うほど学校の授業は無駄ではないと思うようにもなった。 それでも、やはり改善すべき点は多くあると思う。先生や教科書の当たり外れもあるし(授業開始後、1週間に限りクラス換えが可能ですが、こんな短期間で判断しろと言うほうがおかしい)やはりそういったリスクを高いお金を出して払うくらいなら塾へ行こう、という考えにゆき着くのではないだろうか。かといって、大学の授業が悪いかと言えば一概にはいえず、人それぞれ、と言う表現が一番あっていると思う。こちらに来てすぐに補習塾へ、という考えの方もいるかと思うが、着いたばかりで慣れないうちは、やはり体系のある程度整っている大学で過ごし、慣れてきたら塾を選ぶと言うのが安全策といえる。 大学の授業が悪いかと言えば、一概には言えず、それぞれ長所、短所がある。大学の良さは、いくつかある。 1,安全で何かと便利である。 2,課外活動など積極的である。(塾はあっても半年に1回) 3,食事が安い(学食が便利と言うこと)などである。 4,塾はクラスの変更が自由なその分入れ替わりも激しく、ひとつのクラスのまとまりという点では、大学の授業にかなわない。 地球村で勉強して、そこでの勉強にはとても満足している。塾の魅力としてはいくつかある。 1,2週間単位での受講申し込みなので、クラスが自分にあわなければ、いつでも自由に換えることができる。 2,経済的。大学に比べれば、塾はほとんど3分の1の負担で済む。経済的問題の影響は大きいと思う。 3,授業が充実しているという面は、やはりある。大学の授業では学べない、さまざまなバラエティーに富んだ授業は、補習塾ならではである。先の学期に学んだ大学には、高級二クラス(設置の最高クラス)に在籍していたため、もう上がなかったので、大学では学べない授業に参加してみたかった。実際、私が今まで地球村で参加したクラスは、HSK専門クラス・生活習慣用語・経済貿易会話など多様、かつ大学では受けられないものである。 4,1クラスの人数が少ないので質問しやすい。先生との距離が近い。北京のある留学生受け入れで有名な大学では、多いときには、1クラス20人強いて、とても質問できる雰囲気ではない。 5,いろんなビザをアレンジしてもらえる。地球村は、ビザについては、学校が、代行でいろんな他大学の名義で取得してくれる。F、Xビザの取得、Xビザの延長、LからF、Xへの変更も可能。 最後に、中国留学での中国語の進歩には、午前中だけ行われる授業だけには頼れず、また、学内の寮は、安全面から言えば問題ないが、留学生同士ということもあり、漢語進修生同士で同室になった場合、語学の進歩はあまり見られない。ホームステイ、中国人の友人と住む、学生との交流、相互学習などがどうしても必要となるというのが結論である。 ⑥北京の師範系の大学の漢語班と地球村(補習塾)の事例 2003年~現在留学中 女子学生 去年の3月、留学と同時に中国語をはじめ、5月のHSKで6級だった。(あと一点で7級でした。)といっても、こんな程度ではまだまだですが。 あと半年勉強しながら、こちらで仕事を探したいと思っている。 これまでの授業の個人的な感想としては、以前に短期間行ったことのある大学で使っていた北京語言大学が出版のテキストは、発音、文法から基本的な文まで、わりとまとまっていて分かりやすい。ただし、留学先の学校によって進度が全く違い、同じ一年でもだいぶ差がついてしまうよう。前の大学はゆっくりペースだった。 現在の大学のテキストは、今後出版予定の試作品らしいのですが、ピンイン(憧咄)や声調をはじめ、語句の間違いが多いのが、時に初心者には紛らわしく、全体的にもわかりにくい。語学教材としてテープ等が無いというのもどうだろうか。 作文をはじめノート等の添削をよくしてくれた。 北京に来てから、塾のような学校に、週末2ヶ月半ほど通った。HSK対策として、文法中心に発音以外で細かい点まで説明があり、良かったように思う。授業料も高くない。 四、結論(要望) ①現行の「対外漢語教師資格」の他に、もう少し幅広い中国語教師の資格試験制度を作り、それに合格するための中国語教師の初歩的研修の制度を作る。 現在、文科系大学以外の工学系などでも語学留学生を受け入れているが、その教学レベルにはばらつきがある。日本国内でも、中国語教師が結果として粗製濫造されている状況が顕著である。もちろん英語教師にも同様な傾向が見られるが、現在では、自国の大学にある英語教育の単位を取得している者を雇うようにしている傾向も見られる。 資格試験と、それに向けた研修の実施により、中国語教師のレベルの最低限の統一を図るようにすることが望まれる。制度化により、日本の学校も中国語教師の雇い入れ選抜がやりやすくなる。 ②現行の教育機関における漢語教育は、体験者の談によると各教育機関で、ばらつきがあるので、漢語進修生の留学を受け入れる教育機関は、上記資格を持った教師が何人いるかを明示する。 ③普通進修生としての中国留学の場合、日本の大学へ復帰後、単位の認定をし易くするための資料を作成し、且つ、単位取得のための留学コースを設置する。 ④留学募集の“簡章”(パンフレット)は、語学留学の場合は特に日本向けのものを作る。 現在は、全世界対応のものを日本人にも送付していることにより、手続きの煩雑さ、留学斡旋業者への有償での依頼など、日本人の多数を占める語学留学希望者に必要でない負担をかけ、留学意欲を削いでいるともいえる。 ⑤大学の「漢語センター」の運営を自主独立採算制度へと改革し、学費から得た資金の再投資により留学生受入体制のソフトとハードを充実させることで、対外漢語教学能力の向上を図る。 ⑥CAFSAにより日本代表処を作り、留学を受け入れる中国各大学の紹介・宣伝、説明会の開催、手続き代行、ホームページ開設などの事業をおこなう。 例としては、フランス政府公式機関として政府留学局EDU・フランスが1998年の11月に設立され、2002年の1月には、EDU・フランス日本支局が、事務局を東京日仏学院内に開設している。スタッフは、フランス人1人と日本人の助手1人である。他国の留学関係の日本代表処もそうであるように、留学関係の海外駐在事務所については、その国への留学経験を持つ日本人スタッフを置くことが望ましい。なお、開設の運びとなれば、ソフト面での情報提供も含め、私個人として協力することを惜しまない。 以上、日本から中国への留学が質の向上によって量の拡大へと転化し、いっそう充実することを望んでの提案である。日中留学交流が更に発展することを祈ってやまない。 至らぬ部分も多くあると思うが、皆さんのご教示、ご指摘をいただければ幸いである。 日本語のe-meil:hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp 秦 佳朗 |
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| 秦 佳朗
hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp |
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5,中国の中等教育機関のカリキュラムなどの調査・研究 ―中国の中等職業教育について― |
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| 2001.12 | |
| 中国の中等教育機関のカリキュラムなどの調査・研究 ―中国の中等職業教育について― 中国の中等職業学校のカリキュラム及び制度について、1998年にJAFSA(国際教育交流協議会)の助成を受けて中国現地で、中等専業学校、職業高級中学校、技工学校などを中心に調査を行い、2001年12月に、その報告書を書き上げ、JAFSAに提出したものです。 その後、JAFSAにより、冊子に印刷され、ホームページにも掲載され、広く一般に公開され閲覧が出来るようになりました。 秦 佳朗 著述報告書 以下のホームページにより閲覧することが出来ます。 JAFSA(国際教育交流協議会)のホームページ http://www.jafsa.org/ 中の以下の一行の一番右側の部分をクリックします。 その他の事業 - 「留学生受入れの手引き」出版 / JAFSA 調査・研究助成プログラム そして、JAFSA 調査・研究助成プログラムと出てきたら、研究報告書の部分をクリックします。 一番最初に提出され、掲載されたた報告書として最下段に1998年として掲載があります。 直接入る場合は以下のホームページで入れます。 http://www.jafsa.org/wiki/wiki.cgi/research?page=%B8%A6%B5%E6%CA%F3%B9%F0%BD%F1 このホームページの1998年の同名タイトル・秦佳朗の報告書の部分の以下の部分をクリックしてください。 research1998-hata.pdf(0) (なお通常は、上記のそれぞれの部分をクリックすると出てくると思います。) | |
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| 秦 佳朗 hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp | |
6,朝日新聞 船橋洋一氏の記事から |
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| 2002.11.15 | |
| 11月14日(2002年)の朝日新聞朝刊の「日本@世界」に船橋洋一が「日中経済討論会」という面白い記事を書いていました。記事の中で司会者であった船橋氏は、米国と中国を行ったり来たりと駐在記者・支局長をしています。 テーマは「日中再発見 活かせるか、中国の活力、日本の強さ」というシンポでした。思うに戦後復興から日本は会社的団結の組織性で発展してきました。しかし、それが現在は既に、横並び主義の鈍さになってしまっているのです。 記者が書くには、中国の会社が日本の企業を買収ししたとき、その経営者は、日本人の仕事の遅さにイライラする、という話でした。私が留学していて中国の人の労働を見ていた時代からすると考えられない話しです。 私見ですが、ロシアも革命後、「社会主義」の団結力で、帝政の農業国から工業国へと変わって70年間ほどで、強大な軍事力を作り上げましたが、その社会主義的な「組織性」は、生産力の停滞を生み出し、ついに、コンピューターでのロケット操作の開発の遅れにより、宇宙衛星とかミサイル的兵器の開発競争で、米国に屈服してしまいました。社会の組織性が活かされているような時代は良いですが、それが、却って桎梏、発展の妨げになりだす時代も来ることになります。そのことに気づかず、克服することに乗り遅れると開発力、生産力は落ちるてしまうわけです。 このシンポでほとんどは、日本企業の沈滞化が指摘されていたようです。「日本は実力はある。しかし、活力に欠ける」、「日本の不景気は、日本人の心の中が不景気だから起こる」、「今の日本はミスを犯すことを恐れすぎる。それが最大のミスではないか」などなどです。 かってのソ連も、「社会主義」官僚主義(ある中国人は日本が一番「社会主義」に近いと言う)の中で、人は冒険を犯さなくなってしまっていったのでしょう。 記事の後段には、日本の「工匠」はやはり世界一と書かれていたり、ノーベル賞の田中耕一さんの才能と業績を見いだしたのは日本ではなく外国だったとも、また、もちろん中国の問題点の発言も書かれてありました。 そして、20年前〈日本モデル〉、10年前には〈日本衰退・中国台頭大反転〉、そして今〈日中相互補完〉のフロンティアが広がっている、日中とも強さも弱さも持つ、相互補完で付加価値を高められる、企業が自由に提携できる時代になった、などと括っています。 ただ、ある総合研究所の人と仕事のことで会ったとき、「留学から帰った人の就職がないのが悩みですね」という話しをしていたら、「沈滞化している社内を活性化するために、海外感覚の変わった人材を入れる企業が増えてきた」といっていましたが、私には、いまいち、まだそうなっているとは思えませんでした。 中国の天安門事件前に「河傷」という本(テレビの台本)が流行し、日本語翻訳本もでました。「河傷」効果とも言われた、天安門事件の導入になったとも言われている本です。中国の知識人が合作で書いたその本が言うには、中華文明は、一方を長城で覆い、一方の海へは日本の鎖国と同じように出ていかせない政策を取り、その中に自らを閉じこめ、黄河の中華文明は沈滞してしまった。これをして「河傷」、即ち、河の傷と称したわけです。屈原の古詩「国傷」からも来ている言葉です。 この国に閉じこもっている間に、世界は中国が元々は発明したものである磁石で船の航海のための羅針盤を作り、火薬で大砲を作り、紙で聖書を作り、アヘン戦争という形で中国に侵略してきた、という中国知識人の自国の歴史への痛苦の自己批判の書であるわけです。そして、この書「河傷」の出現後、中国には天安門事件が起こり、ドン鄧小平の広東などへの南巡講話があり、大きく歩みを変えて行ったわけです。 国家は「共産党」に統一させておいた方が、海外への印象としては、国が、一つとして纏まっているということになるので、投資環境としては良いし、経済は、日本のように決定が鈍い時代は飛び越して改革開放で行き、そういう、政界と経済界(海外華僑を含む)の暗黙の合意が中国に、改革開放政策以後、成立したのではないのだろうか?ロシアは先に政治の民主化を行い、経済では失敗してしまい、中国は政治の民主化は押さえ、経済改革を行い、成功したといえます。 日本は、世界との関係を、オランダとだけやっていたような時代とそう大きくは変わらない、今も、長崎の出島という狭い窓口でオランダとだけ関わり世界と関わろうとしているのではないのだろうか?米国とだけということをやっているのではないのだろうか?そこで、このようなシンポが開かれたのではないのでしょうか。 中国留学のカウンセラーとして、あまりにも膨大に多いアメリカ留学を横目で見ていると、特に、そういうことを感じてしまいます。 |
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| 秦 佳朗 hatayoshiaki2003@yahoo.co.jp |
7,1989年6月4日天安門事件と現代中国 |
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| 2008.2.1 | |
| ここ数日、1989年の天安門事件について、当時、テレビが毎日朝から晩まで報道していたニュースをVHSビデオに撮り溜めた10本ほどを、永久保存とするために、DVDにコピーしていて、前々から、一度は書こうと思っていた、この事件のことを、19年ぶりにようやく書き始めることとしました。 その頃に良く思っていたのは、天安門事件をマスメディア上で、毎日のように批評していた中国関係学者評論家諸氏は、しょせんは「机上」で中国を学び研究した視点で語っていて、間違った評論ばかりを話していたということでした。 今、ビデオで見て間違いは明らかなので、敢えて書くと、中国関係の評論家、或いは、学者であり、今もよくテレビに出て中国批判を述べられるMN氏と、ある大学の中国語学部長をしていたMK氏が顕著でした。 みなさんも、留学で得た感覚で中国を判断してください。そういう感覚を、中国にいる間に何でも「取材」の気持ちで物事に当たり磨いて来てください。 それは決して中国をひいき目に見ろと言うことではないのです。その現地で生で見て培った感性を意識して分析する、つまり中国社会に対していつも「取材の気持ちで接する」ことが、中国を知るあなたを造り、将来に生かせることになるでしょう。 当時、上記のお二人を中心とする評論家諸氏は以下の論点を述べていました。 簡単に書きます。 1,軍は分裂し、良い軍隊もいて、中央の軍へ攻撃する。 2,学生は、北京市民の中に入り混み、市街ゲリラ戦を展開する。 3,中国は全国各地で動乱になり、体制は変わる。 これらは、いずれも中国という国と社会を知らない中国へ留学体験はない学者達が言う判断でした。 1989年の5月、6月ころ、1ヶ月以上、毎日、一日中放映されていた天安門事件の様子、評論家たちの言葉を画面で聞きながら、こんなことは決してあり得ないと思っていました。 それは、天安門で学生達の「民主化運動」を、「中国人民解放軍」という武力で弾圧した中国政府を支持する意味では決してなく、中国社会を肌で知るが故の結論でした。残念なことではありましたが。 当時、ニュース番組の中には「中国の政治指導部は学生達に弱気ですね」といっているのもありましたが、首相など政治指導部が学生達に面会したりしたのは、国民の前に手順は踏んだぞ、と言うことを示すためのポーズをしているだけで、中国の血塗られた革命の経験を持つ共産党の指導部は、そんなに甘いものではないと思って見ていました。 毎日、テレビのニュースを見ながら思っていたのは、日本の70年代後半の自分達の学生運動の失敗の思いも踏まえ、中国の学生達に「軍が侵攻してくる前に天安門を引こう」という言葉を発したいということでした。これは、後で、学生の指導者も、学生を支持した知識人も、企業家も言っていたことではあると、後で知りました。 確かに、運動を引いた後には、民主派の学生・知識人への政権党共産党からの大弾圧があって、力は削減されるでしょうが、それでも力を残すことが、世界の学生運動の歴史的経験から必要だと言うことです。天安門事件で、多くの民主派の中国人が、或いは、実は、天安門事件前から「この国には政治の民主化は、今はまだあり得ない海外で蓄積しよう」と考えて海外へ亡命などで出て行ってしまっていたのです。 天安門に全国から集まった学生達の一旦走り出した運動は、より過激な、さも素晴らしいことをいっているかのように聞こえる言葉により流れを先導されてしまうという、世界の学生運動が、常に入り込んでいってしまったパターンを、ここでも踏襲してしまったわけです。日本のメディアに出ていた評論家の中には、50年代から60年代の日本の学生運動を指導者で経験した人もいましたが、「学生達は引いた方が良い」という評論はされなかったのです。対岸の中国の火事を批判するだけで良かったのでしょうか。 歴史に「もしも」はないですが、強固に初心の意志を通すことばかりが政治を変えていくことではないと言うことは、世界の学生運動の例と言わないまでも、我が国の近い過去にも適する例があります。 例えば、長く日本の手本であった中華帝国中国さえも侵略されてしまった西洋列強という外敵の脅威の中で、対岸の火事を省みて日本国内に起こったナショナリズム的な革命運動であったという限定はありつつも、日本の「明治維新」革命前にあった尊王攘夷派の西南雄藩(後に維新革命の主体となった数藩)とその潘から離れて活動していた浪士たちの排外的な過激な行動が変節していったことに見ることができます。 強大な外敵を前にして国を守るためには、まずは国家を統一し近代化しなければならないと、本来のナショナリズム的な思想さえも欧化したナショナリズムへと修正していったことから見ることができるのです。 天安門の弾圧があった頃、日本でも中国人留学生達の、中国大使館への抗議デモがありました。私も知り合いの留学生達と一緒に、このデモの中に入りました。デモの中で聞くスローガンはだんだんとエスカレートして行って「(当時弾圧側に立った首相の)李鵬は辞めろ!」という当然の声から「(改革開放政策を提起し、毛沢東が引き起こした政治的動乱から中国を救った救世主とも言われていた)鄧小平を打倒!」という声までへと変わってきたので、「おいおい、そこまで言うかよ」、「いや、もうそこまで言ってもいいんだ」という会話をデモ隊列の中でした覚えがあります。 この頃、ただ一人の評論家が「中国政府指導者は、この学生達の民主化を弾圧したことにより、益々改革開放政策を進めざるを得なくなるだろう。そうでないと国民の反感を買うだろう」と言ったのには、数少ない評論家らしい先見の明があるかも知れない言葉と思って聞きました。 確かにその後直ぐ、改革開放の指導者である鄧小平は、直ぐさま経済の改革開放政策を加速させる政治的行動に出て、中国は、政治の改革開放は置き去ったままにしながらも、本格的な経済の改革開放の時代に入って行き、今日の経済発展があるわけです。 この改革開放政策が、本格的に始動し、加速して行った時、天安門事件当時、一緒に抗議のデモに参加した中国人留学生と、しばらくぶりに出会ったら、「自分の出身地の上海はどんどん発展していく。自分も早く帰国しないと時代に乗り遅れてしまう」といって、経済だけに限定したものであっても、その改革開放政策を支持するような言葉を発したことに少し驚かされたことを記憶しています。(^_^) 中国現代史を専攻した私の大学院修士論文は、「文化大革命」という内乱の嵐が吹き止んだ中国で、1980年前後に起こった民主化運動の中で当時行われていた中国革命評価(毛沢東、「文化大革命」、中国共産党などについての否定的)の論争、及び民主化運動の論点について分析することでした。研究論文自身は客観的に書きましたが、中国の民主化を支持し、現在の中国共産党の建国の裏面史を洗い出す意味での研究でした。建国前、中国共産党成立の頃よりの誤謬から、その当時、ひいては現在につながる中国共産党の方向性の間違いを分析することでした。 1980年前後に書かれていた、中国共産党内部の改革派(中には中国のトップクラスの大学の党委員会役員もいました)及び民主活動家の論文に対して中国共産党内の御用学者が反論を書いた論文の比較分析をしていました。 共産党内の改革派が書いた論文は、中国共産党の存立意義自体も問うており、「中国には労働者の数は少なく、プロレタリア階級はまだ成熟してなく、労働者の党はありえない。ただ、鶴の一声のカリスマによる党があっただけだ」と、暗に共産党を問い、毛沢東を批判するものでもありました。 当時の民主化運動と改革の主張は、中国の社会主義建国と中国共産党を問う潮流ともなっていき、あわてた共産党は、以前に、中国共産党の成長期での分裂の危機時にも作成した共産党の評価を主観的に決定し公布する「歴史決議」を決することで、国民の党への批判を押さえこもうとしました。この「歴史決議」と、それが作られる以前の各界の論議を研究しようというものでした。 1981年の「歴史決議」の成立により押さえ込まれた中国共産党を問う声と民主化の流れは、再度、1989年の天安門事件という形で吹き出しましたが、当時、共産党総書記であって改革派であった趙紫陽を先頭としたリーダー達の失脚と粛正という形も伴い押さえ込まれてしまいました。ただ、この中国共産党内の改革派の脈流は、今も、中国共産党内に脈々と生き続け、改革・民主化を少しずつではありながらも進めてはいます。 上記の3つの机上の知識による評論に対して答えます。 1,軍は特権階層で自分達の利得を教授できなくなる分裂などは決してしない。 軍人家族は、全く別の囲われた住宅区域に住み、職住一致の便利な別の電話回線網を持ち、別の病院・福祉、別の物流構図をもつなど、自分達だけで享受できる構造社会を持っている。 また、軍人が、特に、特権を持つ、例えば、隊長と言われる士官クラスなどが、街中で市民から影では毛嫌いされていることも目の当たりにしたことがある。 現に、香港の新聞に踊らされ、全部のマスコミが引用した報道だった、軍同士の内部対立など全く皆無でした。「内部対立などあり得ない」とその当時にも思っていた見方は、「取材」とも言える研究を留学ででもした者にしか出てこないものでした。 ついでに、私には二つの仮説があります。 ・現在の中国の共産党政権は、軍と海外の華僑経済界の潜在的合意の元にある。 ・中国の「反日学校教育」は、天安門事件で権威を失墜した軍が、学生運動を押さえられなかった教育機関に懲罰的に介入し、学校教育を結果的に軍を讃えることになる抗日戦争を強調した教育へと改変させようとしたことを一要因とすると推測できます。天安門事件前の中国の教育は「日本人民が悪いのではなく日本軍国主義が悪いのである」と教育していたと言われていました。 2,中国の市民社会は、日本の戦前の隣組のような、網の目を張り巡らした管理社会となっていて、市民社会に学生が潜り込むことはあり得ない。 市の各町内には、「居民委員会」という共産党員が役員となっている組織があって、警察と連携してピラミッド型に末端まで統治しているのです。 1980年代初頭の留学時代に、時に、中国庶民の家に遊びに行くと、この居民委員会が目を光らせていました。 また、中国の警察の一番目の役割は住民と住民票の管理でなのです。住民票は日本のように、市役所・区役所、及び、出先事務所などが管理するのではないのです。 日本の交番制度も、その優秀さで諸外国からの見学を生んだが、中国の居民委員会制度も発展途上国諸国からの見学を生んでいます。 また、知識人と庶民の感覚のずれは大きく、民主化を訴える知識人・学生の言葉は、「改革開放後の今は、昔より食べられるようになっただけまし。」と考える庶民の中に浸透しにくいのです。今、ごく少数の知識人は、ボランティア活動から農村に入り込もうとしています。これは、一時、同じ農業国家のタイなどの学生に見られた活動ですが、社会に影響を与える大きな流れとはなっていかなかったのです。 3,全国各地で連携した動乱など起こらない。 自分達が革命をなしたことがある中国共産党は賢く施策をしていて、絶対に一般国民に全国組織は作らせない法律にしています。なので、日本の例えば、全国中央農協のようなものに相当する8億農民の生産・生活の互助的な組織さえもつくらせていません。以前に、中国の国会に相当すると言われている全国人民代表大会で「農民協会」の必要性が提案されたことがありますが、党側により拒絶されています。 建国の祖と言われている故中国共産党主席兼国家主席の毛沢東は、かって革命のスタートを各地に「農民協会」を造ることから始めたのにもかかわらずです。やはり、自分達が体制をひっくり返したことがある同じ手段でひっくり返されないようにと言う巧妙な施策がなされていると言えます。 中国における外国人の組織である「日本人会」でさえ全国組織を造らせないようにしています。一度、上海で日本人が設立会を開こうとしたら警察が制止に来たことがあります。 19年前の天安門事件 |