Chipinge,20th-FEB、2000
お久しぶりです。12月7日にZIMBABWEに着いて約2ヶ月半がたって、仕事のほうも始まって約1ヶ月が経ちました。最初の1ヶ月は首都のHARARE(ハラレ)で現地語のショナ語を勉強して、それから今は任地のCHIPINGE(チピンゲ)という所に住んでいます。今は1つの家をおなじ協力隊のメンバー(His name is Mr.K, he is architecture.)と2人で使って住んでいます。家はとても大きくて2人で全部使い切れません。
首都のハラレは思っていたよりも大分都会で、20階建てぐらいの高層ビルもいくつかあります。シェラトンホテルもあり、NIGHT CLBU等(やはりこっちの黒人の人の踊りは上手い)もたくさんあり結構お金を浪費してしまいました。今いるCHIPINGEはHARAREから約450km離れていて、バスで約8時間、モザンビークとの国境のそばの町です。周りは紅茶とコーヒーのプランテーションがたくさんあり、結構きれいなのんびりとした町です。小さな町(人口約2万人程度)ですがスーパーマーケットなどもあり、とりあえず生活に必要なものは手に入るけれども(銀行は現金自動支払機もある、でも自動支払いはできても自動入金はできない)、町にある店はどれも同じような品ぞろいで、町に無いものは徹底的に無い。例えばカーペットや灰皿が手に入らない。一番近い大きな町はMUTARE(ムタレ)といってCHIPINGEから約180km、バスで3時間半かかります。これはローカルバス(ぼろぼろのバスが多い)で半分舗装、半分ダートの道を結構なスピードで走るので結構怖いです。CHIPINGEとMUTAREの間にはほとんど町らしい町は無く、MUTAREから来た場合、CHIPINGEがいきなり山の中にぽこんと出てくるという感じです。
HARAREはやはり人が多く、特にダウンタウンの方はあまりガラがよくありません。やはり夜は少し怖い。東洋人はほとんどいないのでやはり町を歩くと結構目立ちます。特に女の人は、夜は一人出歩くと危ないようです。といってもジンバブエは他のアフリカの国に比べたら治安のほうは結構ましな方で、あまり凶悪な犯罪は無く、泥棒、スリなどが多いようです。CHIPINGEは、日本人は協力隊のメンバーだけで(3人:自分と、同じ職場のMr.片山氏、一つ前の隊次の小学校体育隊員のMr.金子氏)、歩くととても目立ちますが田舎なので別に危ないことはありません。ジンバブエの人は、日本人はみんな空手ができると思っているらしくて、よく空手を教えてくれといわれます。またカンフー映画の関係か、カンフーができるかともよく聞かれます。基本的に日本と中国の区別はできていないし、多分日本という国があるということはみんな知っているけれど、それがどこにあるのかはわからないようです。なぜか一度おまえはパキスタンから来たのかと言う質問を受けました。たいていは町を歩くとチャイナ、チャイナと言われます。これがまた結構むかつくもので、ジャパンだと言い返すと空手だとかカンフーだとかわけのわからないことを言ってきます。また、日本人が2人で歩いていたりすると、おまえたちは兄弟かとも聞かれます。どう見ても違う顔なのに区別がつかないようです。まあこれは、こっちも黒人の人の顔を見てもどれも同じように見えるのと同じみたいです。
こっちの子供は日本とは違って非常にフレンドリーで、東洋人が珍しいせいもあって歩いていると声をかけてきます。話してあげるととてもうれしそうです。田舎などに行くと、たまに握手攻めに会ってまるで芸能人のようか、宇宙人を見るかのように遠巻きにして見つめられます。基本的にはジンバブエ人はフレンドリーで、大人でも歩いているとよく声をかけてきます(まあ、たまにうざったくもありますが)。子供に折り紙を見せてやるととても驚いて喜んでくれますが、やらしてみるとちゃんと折れません。また日本と違って、歌ったり踊ったりすることを恥ずかしがらずにします。まあ踊りが上手くなるのも当たり前です。
先にも書きましたがジンバブエはどの店も同じような品しか置いてなく、これはおみやげ物も同じであまり地方による特色がないようです。だいたいが店に限らず、人を待たせることをなんとも思ってないらしく、店や銀行、郵便局など結構列ができていてもとろとろと仕事をしていて、いらいらとします。バスなども出発する時刻などが無く(極一部の長距離バスはあるがやはり守られないことが多い)、人がいっぱいになったら出発するといった状態で、物事が計画的にぜんぜん進みません。まあ郷に入ったら郷に従えを言いますが、まだあまり慣れていないせいかいらいらとすることが多いです。
そちらは仕事のほうはどうですか?約1ヶ月経ちましたがこちらはあまり仕事がなく出勤しても肩身が狭いです。特に自分はなぜか机が無く、EngineerとAssistant Engineerの席の間(机と机の間)に挟まれて空いているスペースを使っている状態です。はじめはMr.Kも同じ部屋で同じような状態だったのに、彼は部屋が変わって(これはEngineerとArchitectureで違うので当然だが)自分の机と椅子をもらっています。その上SEO(ちょっぴっと偉い人)が時々部屋に来て、“You must be Busy!”などとのたまうのでまたまた肩身が狭く、とりあえず参考書などを出して勉強なぞをしています。でも全く暇かというとそうでもなく、調査(測量等)などで外に出かけると、機械は見るし(測量だけだが)、帰ってくるのも夜の8時とか9時とかになったりします。外に出かけるとなぜか昼飯を食わずに仕事をさせられるので困ってしまいます。Chipingeもrural(田舎)だけど、さらにruralの地方に行くと、さすがにもうChineseとも言われなくなって、ただ興味津々の目で見られます。
Zimbabweは今深刻な燃料不足(Fuel Crisisと言っているが)で一時ディーゼルが底をつき、ガソリンスタンドでは長蛇の列でした(今もさほど改善されているとは思えないけど)。またガソリンもあまり備蓄が無いとも言われているし、4月には総選挙もあるのでJICA、ZIMBABWE事務所のほうでは結構深刻に考えているようです。つい1週間前もいきなりコーラの値段が、今までZ$7だったのがZ$8に値上げされていました(1Z$=約3円)。また憲法改正の選挙がありました。これは1980年の独立以来初めてということです。ただここChipingeはとてものどかで、たしかにガソリンスタンドは結構並んでいたけれど、全然危機感がありません。自分としては任期中に国外退避など何か変わったことがあったらいいなあと思っているけど、やっぱりそこまでのことはないかなあとも思っています。まだようやく2ヶ月ちょいだけれども、もう堪能したので、Victoria FallsとGreat Zimbabweを見てそのあと1、2週間ぐらいちょこちょこと国内見物をして、帰路変をしながら帰ってもいいと思ったりしています。
こちらの食事はサザといって、とうもろこしの粉を練って餅状にしたものを、シチューのようなものをかけて食べます。まあ結構食べれるものですが、これもHARAREは別として町にはサザ屋さんというものぐらいしかなくて、その他のものは余りありません。仕方が無いのでサザを食べるか、家で自炊するかしかありません。今のところ家でほとんど自炊しています。ご飯は外米(長粒米、Harareではカリフォルニア米が手に入る)がスーパーで売っているのでそれを使っています。HARAREで醤油が手に入ったので結構重宝しています。また洗濯も洗濯機というものが無いので、家でごしごしと手洗いしています。電話はアプリケーションを出してからなかなか繋がらなく、毎日のようにPTC(日本のNTTのようなもの)に行って早くしろ、早くしろと催促して、ようやく繋がりました。番号は263(国番号)-27(地域:本当は027だけれども国際電話では0は省く)-3216(4桁しかない)です。まあ電話は町に中に結構公衆電話があって、カード式のもあり国際電話もかけられます。カードは200Z$(日本円で約600円)で約3分ぐらいかけれます。水道も普通の水道水を飲むことができます(飲まないほうがベターであるが)。電気もけっこうな田舎に行ってもたいていあります(最近Chipingeは停電が多いけど)。
まあ、日常生活は特に変わったことは無く、とりあえず元気に暮らしています。もし暇ができたなら皆さんで遊びに来て下さい。自分はまだ言ったことは無いけれども、世界三大瀑布(アフリカ:ビクトリアフォールズ、アメリカ:ナイアガラの滝、南米:イグアスの滝)のビクトリアの滝(通称ビック)と世界遺産のグレートジンバブエ遺跡があります。また、ナショナルパーク(たくさんある)に行けば、サファリツアーができます。多分一番安い飛行機で15万円程度でこれると思います。それでは報告を終わります。