2000年9月5日

 こんにちは。お久しぶりです。ちょっと前(6月の終わり)にここの国で総選挙があって、そのため5月24日から6月13日まで首都のハラレに、6月13日から7月2日まで南アフリカのプレトリアに全員避難していました。(フィジーもクーデターで避難したそうです。)それからまたハラレに戻って、チピンゲで再び仕事を始めたのは、7月24日からです。選挙前は白人の農場に退役軍人が侵入して、農場を占拠したり、白人を殺していたりしていたので、南アに避難することになりました。まあ実際はうちらにはそんなに影響はなかったけど、いざ何かあったら大変だということで避難だったらしいです。まあただで南アに行けて良かったです。
 ただ、南アは避難ということで、ほぼホテルに缶詰でした。(実際南アはめちゃくちゃ危ないらしいし。)同じアフリカで隣の国なのに、ジンバブエとは大違いでした。物は日本にいるのとほとんど変わりがない。泊まっていたところはプレトリアで(プレトリアが比較的安全だからそうなったらしい。)、まわりは白人ばっかりでした。白人もジンバブエの白人とは大違いでとてもおしゃれだった。ただ遊ばせておくのは何だからということで、毎日全員英語学校に強制的に通わせられました。結局2回日曜日にプレトリア市内観光をしただけで、あとはホテルとその周辺にずっといることになった。ケープタウンに行けなかったことがとても残念です。
 お盆に日本から大学の時の友達が2人来ていました。ローカルバスでジンバブエを東から西へと往復してとても疲れました。そういえばビクトリアフォールズ(世界三大瀑布!)でバンジ−ジャンプをしました。100メートル以上あるやつ。結構面白かったです。あとサファリもしました。象はたくさん見れましたが、ライオンとかは見れませんでした。
 こっちは仕事が相変わらずほとんどありません。一体何しに来たんだか。でも毎日仕事には行かなくてはいけないので、時間だけ拘束されて非常に嫌です。しょうがないので、事務所で自習をしています。モロッコの時はどうでしたか?同期(SE)でも仕事が無く任地変更になった人もいます。ここも(チピンゲの町役場)、とりあえずただで使える人間がいるから応募してみようということで、自分が派遣されてきた感じです。同じ職場に建築とSEの隊員もいますが、彼らも仕事があまりありません。受け入れ先のほうは自分たちに何をさせたいのかもよくわかりません。この間調整員が来て受け入れ先にこの状況を改善するように言いましたが、今のところは変わっていません。まあ今は燃料も無くて現場にも行けないし、役所自体に金が無いので仕方ない面もあるけど。とりあえず任期の1/3が終わったけど、任期が完了したらもう社会復帰が出来なさそうです。日本に帰ったら、また新入社員に逆戻りです。日本に帰ったときはどうでしたか?
 でもやはり学校隊員とかは毎日ちゃんと授業があるし、野球隊員とかも巡回で毎日野球を教えたりしています。自分のように役所で働いている隊員も、ちゃんと仕事がある人もたくさんいます(多分)。まあ、あたりの仕事にあたった人はいいし、はずれの仕事にあたった人は仕事がないといったところでしょうか。
 また、今は国内に燃料もあまりありません。特にディーゼルがありません。毎日ガソリンスタンドには長蛇の列です。国に外貨がないから燃料が買えないらしいです。外貨不足で計画停電も始まりました。夕飯時に停電するから腹が立ちます。インフレも激しいです。南アから帰ってきて1ヶ月ぐらいでもう2回バス代が上がりました。そのうちに食料品とかも値上がりするかもしれません。2〜3年前に食料品の値上がりで暴動が起こったから、今回も起こるかもしれません。(まああくまで可能性だけだけど)
 と悲観的なことを書きましたが、別に日常はぜんぜん危なくもありません。ひまでひまでしょうがないといった感じです。チピンゲにいる限り、暴動とかもおきないでしょう。
 お仕事のほうは今どうですか?それではまた。