我々の児童相談所に家族療法が導入されて足掛け12年。その間にビデオ・マイク、ハーフミラー、インターフォンという三種の神器が備わった家族面接室も整備された。あとは、面接者の力量や面接技法などのソフトウェアーの充実という事だが、こればかりは一朝一夕にはいかない。そこで、我々は家族療法の実践的研修に参加した。研修会場は、桃山御陵の近くの京都国際社会福祉センター。毎週火曜日、午後6時30分〜10時の実習が年30回、1回2時間の講義が年10単位、これが2年間続くハードなコースである(講師3名、定員10名)。研修費が年額22万円。こちらもハードである。我々は、このコースの第2期生である。京都府の児相からは、第1期コース(昭和60年〜61年)に2名、そして第2期コース(昭和62年〜63年)には我々を含めて5名の職員が参加した。研修の概要をトピックスでたどり、研修報告とし、併せて家族療法の初歩的紹介としたい。
メンバーがそれぞれ自分の知り合いの家族を連れて来、紹介者以外のメンバーが面接をする。相談家族に会う前の予備練習であるが、今から考えるとこれが難しい。講師は次のような課題を我々に与えた。
「その家族の一員のようにその家族の中に溶け込んで、その家族のことを良く知り、良い雰囲気を作りなさい」(ジョイニング)。…なにせ一対多であるのに、家族みんなに気くばりをしなければならない。しかも、来る家族は実に様々で、じっとしていない子どものそばで、じいさんばあさんが先祖の墓の話をする、といったように何が飛び出すか分からない。自分の家族と目の前の家族の「風土の違い」のようなものをまざまざと感じさせられる。そこに入っていかなければならない。
「最初の5分で何が起こるかよく見なさい」…面接を進めるのがやっとで、まず十分には見られない。それだけでなく、観察に回った他のメンバーの見たものもまちまちであった。そんなあい昧な状態を助けるのがビデオであった。ビデオカメラというのは、カメラの範囲のものは憎い程良く見ており、しかも何度でも再現してくれる(面接者のための記録の意味)。例えば入室直後の椅子への座り方。子どもがどっと入ってき、その後にまぎれこむように父、しばらくして遅れて母が入ってくるが、椅子に座ったのは母が一番。父が子ども達に着席場所を指示して座るが、母がそれとは違う指示を出し、父を含めて母の指示のように座り直す…、といったような事がごく短い間のうちに起こる。そして、ここにこれから扱うべき家族の「構造」が端的に現われているのだという。
「その場で話されている内容(content)よりも、むしろその場で起こっている文脈的・形式的な面(context)に着目しなさい」…例えばその場で家族の示す仕草、あるいは発言順序、あるいはある日常茶飯事のこと(例えば食事や入浴など)にまつわる家族内でのパターンなど、情報は山ほどあるのだという。そして、それらが家族の構造やその家族特有のパターンを診断する時に有効な情報になるのだという。非言語的な情報の大切さという事も言われた。しかし、これらの事も最初はなかなか見えない。そして、その時もビデオや裏の観察者が大きな力になる。家族療法は、ビデオを含めて裏方と面接者とのチームアプローチなのである。
「オープンな質問や円環的な質問をするように心掛けなさい」…オープンな質問とは、例えば「お食事についてはどうですか」という様に、あい昧だが出来るだけ相手の回答の自由度の高い質問であり、クローズドな質問とは、例えば「皆さんはカレーライスが好きなのですね」という様に、明確だが基本的にはyes,noでしか回答が出来ない質問のことをいう。理屈は簡単だが、やってみるとこれが結構難しい。また、円環的な質問とは、例えば聞きたい事を直接その人に聞かないで(直線的な質問)、ほかの誰かに聞くことである。「…について、御主人さんはどのように感じておられると(奥さんは)思われますか」といったやり方である。そうすることによって治療者と家族との関係が閉塞的なものにならず、家族の構造やパターンが見えるのだという。先程の質問であれば、奥さんの答えだけでなく、その時に奥さんの発言を聞く御亭主の反応が大事なのである。しかし、これもオープンな質問以上に難しい。質問してはみたものの、わざとらしくなる事もあった。
「面接で見えた事から、この家族の構造や仮説を考えましょう」…ここではメンバーのディスカッションが主となった。家族のつながり方を図示してみる家族地図、両親の生まれ育った家族のこと(源家族)、家系図(ジノグラム)、繰り返される家族内パターン、システムとサブシステム(夫婦、兄弟といった家族の中の小単位)、時間的な経過からみえるものなど、様々な情報や視点がある。
「面接者としての自分の特徴を知りなさい」…これがまた分かりにくい。「言葉が多すぎる」「質問が端的でない」「早口」「核心にくると質問を避けてしまう」「特定の人と仲良くなりやすい」など、講師やメンバーから様々なフィードバックを受ける。それだけでなく、指摘されたことを実際にロールプレイをして確かめてみる。この研修の全機関を通して有力な実習方法のひとつはロールプレイであった。研修では、半ばは自分自身の治療を行なうのだと思った。
この学期からは、実際の相談家族に当たる。問題とされている人、あるいは実際に症状を出している人のことを、家族療法ではIP(identified patient,問題とされている人)と呼ぶ。つまり、IPのいる家族の、それも初回のケースを連れてこなければならない。
我々の場合は、当然児童相談所の相談ケースを連れていくことになる。その際に問題になるのが、ケースの同意とプライバシーの問題であり、児相の公務と児相外での研修の場との区分の問題であった。このことは所内で論議され、次のような手続きを踏むことになった。まずケースに同意を取り、同意書を出していただく。その上で、所内のケース会議で事前に報告し、必要な場合は議論に付す。児相的には、この研修でコメントを受ける事を「外部スーパービジョン」と称するが、技術の向上と臨床倫理の間の問題は重要かつデリケートであり、職場でこれらの動きをきちっと作ることも、研修内容のひとつだったのかも知れない。
1学期と違い、自分のケースを自分で連れてくるのである。事前にケースの事をまとめ、レジュメを作り、メンバーに説明しなければならない。しかし、それよりも心配だったのが、「果たして来てくれるのかどうか」という事だった。面接開始前30分は、資料を提示して、事前にケースの検討をする時間なのだが、来る・来ないの心配と、生のケースを面接しなければらなない緊張でかなり不安定な心境となる。
面接は午後7時スタート。講師からは、おおよそ目標を以下のように持て、という指示が出る。前半30分、休憩を15〜20分はさみ、後半は15分ぐらいで進めること。この時間は守ること。1学期扱ったことをベースにしながらも、丁寧なジョイニングと、主訴を丁寧に、しかも具体的な主訴が何なのかよく分かるように聞くこと。後半は出来るだけ簡潔にし、次につながるような感じを作ること。後は気楽にやれということであった。しかし、おいそれと出来るものではない。
初めの面接で主訴をはっきりさせるというのは、今後の治療で何を扱うのかを明確にする上で極めて大切である。「今一番心配なこと、ご相談なさりたい事は何ですか(解決なさりたい事は何ですか)」というような聞き方で、参加している家族みんなに聞いていく。これは、小さな子ども達にも正式に聞いていくのである。主訴があい昧な場合、あるいは本当の主訴が隠されている事も少なくない。この時には、「具体的に」とか、「おっしゃった内のどれですか(本命)」とか聞いて明確化する。そのことの解決の為というのが治療目的になるからである。はっきり答えない場合もある。例えば、「主人と同じです」と答える奥さんのような。そんな時は、「奥さんの言葉で言ってみて下さい」と言わせると、意外に亭主との食い違いが見えたりする。子ども達の答えが大事なこともある。また、この時だけではないが、IPの言った事は最上級に大切にする必要があるという。それでもはっきりしない時、あるいはIPの出す症状の背景を為す家族内での問題を知りたい時などは、「二番目に心配なことは何ですか」とランク付けると、意外に二番目の主訴が大事なことがある。また、主訴を聞くと、よく「この子(IP)のことですか」と聞かれる。そんな時は、「別に、何でも構いません」と答える。しかし、初めはなかなかスムーズには聞けない。講師は、「聞きたいと思ったら、はっきり聞けば良い」というのだが…。
自分の担当の日は1/10であり、おおかたは他のメンバーの面接を観察したり、その面接に対するコメントを出す事になる。しかし、観察することがまた主要な研修テーマとなる。観察者は傍観者ではなく、治療スタッフである。面接がこう着した時などは、むしろバックのスタッフが治療を進展させるのだという事も後になって分かってくる。観察していると、面接に入っている時と比べて少しは場の全体がよく見える。家族の構造やパターンなどは、健康家族よりもIPのいる家族の方がかえってよく見えやすかった。面接で見えた家族の特徴や、面接者へのコメントなどをフィードバックする。
これは我々10名のメンバーの為だけの講座ではなく、そのほかの外部受講者の為にも公開されている。受講者は50名ほどであった。初めは一般理論で、システム論の所などは、論理学や情報処理理論、更には生物学のようなものもあり、これが家族療法とどう関係があるのかと思った。しかし、この治療が出てきた背景にこんな所があったのだろう。理論としては面白かった。徐々に「家族療法」そのものの話になってきた。鈴木浩二氏の話は2回聞いたし、「分裂病の家族療法」(牧原氏)、「夫婦セラピー」(平木氏)、「短期集中療法(MRI)」(長谷川氏)、「家族造形法(スクラプチャー)」(バニー・ドゥール氏)、「個人療法との対比」(鑪氏)など、治療家として著名な人の話が比較的小人数で聞けた。
ここからが、家族療法研修実践コースの本領であった。研修テーマも、ずばり「治療」ということにしぼられる。そして、治療対象は、個々の人というよりは、家族の全体、あるいは家族構造や家族のパターンといったことになる。初年度の3学期に連れていった家族は、祖母、母、姉(IP)、妹の4人家族で、主訴は自家金品持ち出しであった。ところが、この面接の中で、母から「最近、登校渋りが始まって…」という事が切り出される。急に、主訴が2つになった。どちらを扱うか。「家族は、こちらが予想しないようなことを面接の中で起こすことがある。そんな家族は手ごわい」とのコメントが講師から返ってくる。
治療の為に、こちらから意図的に何かをすることがある。これを「治療的介入」と呼ぶが、この研修の大きな目的は、この「治療的介入」の具体的な実習であった。家族療法には、家族療法独特の治療的介入法がある。この家族には「エンプティーチェアー」と呼ばれる方法を面接の後半に試みた。この家には男がいない。もともと祖父がおり、この人は家族のすべてを仕切り、き帳面であり、物理的にも精神的にもこの家の柱であった。この人は病死している。他方、父はサラ金に手を出すなどのルーズな人であり、離婚している。いわば、プラスとマイナスの評価を持った2人の男がこの家にかつていたわけだが、今はいない。ところが、この初回面接のジョイニングで出てくる話は、今いる4人の話ではなく、ことごとくこの場にいない2人の男の話であった。そこで、この面接の後半には「空の椅子」をまずひとつ導入し、「おじいちゃんの椅子」と名づけた。そして、その椅子をどこに置けばいいかを家族に決めさせ、今はいない祖父のポジションをこの場に作って面接を進めた。祖父の意味が少しはっきりしてくる。更にもうひとつ椅子を導入し、「これは誰の椅子にすれば良いか」を尋ねてみた。すると、母は「やっぱり主人の椅子」と言う。マイナス評価しか受けない別れた夫が、「主人」という言葉でよみがえる。この家族は、未だに離婚しきれていない(本当は、離婚後10年がたつ)。同様に、祖父とはまだきちっと離別しきれていない。空の椅子は、そんな事を語ってくれた。そして、面接者はそんな女性4人をこれから相手をするのだと思った。
座席という事でいえば、「席を変える」ことも構造に対する有力な介入になる。この家族の続きの面接で(2年目の1学期)、祖母を除く3人と会ったが、面接者を入れて4人、ちょうど十文字のように並ぶが、向かいあった者同志が近いつながりになるということが観察された。そしてどこまでも無秩序で喧噪な場が続いた。母子の境界がない。秩序がないとのコメントもあった。後半、席がえをすることで、その場の雰囲気が沈黙と共にガラッと変わった。そしてコミュニケーションパターンへの介入。ひとりがしゃべる時には他の者は聞く。そしてしゃべりたい時には、他の者に「今から話す」という事を分かってもらうという、いわば当り前の会話のルールがこの家族には見られなかった。そこで、IPがその時持っていたかばんを借りて、「このかばんを持っている人がしゃべり、他は聞く。しゃべりたい時は、かばんを取ってしゃべる。」というゲーミックなルール(=秩序)を導入した。すると、前半とはうって変わった整った会話が始まった。
これらは、むしろ家族の構造やパターン(=形式的側面)に対する介入である。講師も、うまくいったこの介入を、「椅子は大道具、かばんは小道具。それ等がかみあった時、魔力が生じる」と評した。しかし、家族はその上をいった。形式をいじると、今度はすぐに内容で攻めてくる。IPは「私、梅ぼしつくれへん。漬けられるように、教えてほしいわ。お母さんも、できひん」と言った。ひつこく言ったのではなかったので、面接者はその言葉(内容)を取り扱わなかった。あとのミーティングで、IPのこの言葉を扱うべきだったとのコメントがあった。家族、特にIPの言った事を使って介入出来ることが一番だという。この家族のテーマを「秩序の形成」とすれば、「祖母→母→IP→妹と、歳の順に梅ぼし作りが伝授され、実際に梅ぼしが漬けられるようになる事」は、この家族に具体的な秩序を作ることになるので、この家族に対する具体的な「課題」となる。IPは、秩序の形成を望んでいるのだとすれば、IPこそが治療者を助けるのである。また、梅ぼしというのは、おばあさんの隠喩(メタファー)ともとれ(梅ぼしばばあ)、祖母を支える課題にもなる。この課題は後日の面接で処方したが、成功を納めた。具体的な課題を家族に出す事は、大きな介入のひとつである。
介入の方法はこのほかにもいろいろある。そして、方法はただひとつなのではなく、様々な介入の可能性があるが、取り得る方法ごとにそれぞれ扱う内容が異なってくる。裏方からのフィードバック(面接中に、裏方からインターフォンで指示が入ることもある)。いい所(しかも家族は余り良いとは思っていないような)を強調する「再枠付け」(リフレーミング)。「逆説的介入」。家族による具体的な行動決定を促す。非言語的な課題としての「絵画」や「ゲーム」や「家族彫刻」。ポジションの高低を意識的に扱う(ワンナップ・ポジションとワンダウンボジション)。夫婦に葛藤のある時に、夫婦の席を変えたり、役割を変更してその場で夫婦に「ロールプレイ」を行なわせる。その場をサブシステムに分ける。宗教や離別、あるいは死の問題を扱うための「儀式」など、扱ったことはたくさんあった。そして、それらをディスカッションと具体的なロールプレイで徹底的に実習させられた。