「戦争は人の心の中に始まる」これはユネスコ憲章の冒頭にある不朽の言葉ですね。ユネスコという名称は国際連合の略称UN、教育のE、科学のS、文化のC、機構のOをつらねてUNESCOと綴られたのは周知の通りです。
さて、教育をとり、科学を入れ、文化をあげて、平和への砦を築こうという試みに、なぜそこに突き進んで宗教を入れなかったのか、レリジョンのRを入れてUNRESCOとしなかったのか。私は日本の古都、京都のユネスコの理事をしておりますので、大変異和感を覚えて、日本の国連大使に質問をいたしました。
すると、こういう答えが返って来ました。「宗教の重要性が決して見落とされたのではない。しかし世界史をみると、七回にわたる十字軍の戦争をはじめ残虐をきわめた戦争が、宗教上の争いから起っている。地上に平和をもたらすはずの宗教が、逆にいくたびとなく戦乱の原因となっているのだから宗教は、むしろ避けるべきであるという大多数の学識者の意見であった」というのです。
宗教の本質は「人を殺すなかれ」「生命あるものを殺すなかれ」ですね。私の世界平和への旅はこうして休みなく始まりました。
一九七八年五月七日、ご縁があって、いまは亡きサダト大統領にカイロの官邸で会いました。そのとき、私は日本仏教の第一の祖師である、私の属しております比叡山延暦寺の開祖伝教大師最澄上人のお言葉である「照于一隅」を書いた私のカリグラフ(墨蹟)を贈りました。
この意味は一言でいうと「縁の下の力持ち」ですが、私は誰にでも分かり易いように「ポストにベスト」と訳しました。いくら努力しても力のない者は光らないかも知れませんが、しかしできるできないは問うべきではない。全力をふるって、生命を捨てて、与えられた仕事に努力する。そこに自ずから光は輝きだすものです。
私は、さらに相手の立場を尊重するという仏教の「寛容の精神」を大統領に話しました。これが一つの機縁となって、それまで四回も戦ったイスラエルのペギン首相と握手され、クネセト(イスラエルの議会)に出かけられたのだと、私は確信しています。その後、サダト大統領から私に送られた感謝の手紙の中にそれをうかがい知る事が出来ました。
それから、この二人の政治家がノーベル平和賞を受けられた時、私はサダト大統領に一つの提案をいたしました。
やがて返還が約束されている、あのモーゼが十戒を受けたシナイ山麓にユダヤ教、キリスト教、イスラム教、三教の祈りの場、合同礼拝所をより高い立場で、戦争を抑止するために、そして戦争をなくすために作って欲しいと手紙に書きました。するとこれも即座に実行に移されました。そのシナイ山麓の返還式典の合同礼拝に、私をはじめ、今日こちらに私たちのミッションの代表として来ています広瀬静水師、出口京太郎師、それからこの大聖堂長のモートン師が招かれました。
次いで一九七八年七月二十五日、ロ−マの郊外カステルガンドルフの別荘で、パウロ六世と何度目かの会見をいたしました。キャンプデビッドの約束ができる前で、ちょうど中東の戦争が再び始まろうとして暗雲がたちこめていました。
そこで私は教皇に、「少なくとも今年のクリスマスまでは戦争がおきないように、私はイスラム教の指導者に話しますから、貴方はユダヤ教の指導者の方に話してください」とお願いしました。しかしながら悲しいことに教皇は、その十日後に昇天されてしまわれました。私はこの教皇の「他の宗教を尊重するだけでは足りません。心から尊敬しなければなりません」といわれたお言葉、そしてイスタンプールでギリシア正教のパトリアークの靴に口づけされて、エキュメニカルの和解を求められたお姿が、脳裡から消え去らないのであります。
これらのことは、ほんのわずかな個人的接触にすぎませんが、よく一人では何もできない、しかし一人が始めなければ全体は動かないと言いますね。日本を代表する宗教詩人、宮沢賢治(一八九六〜一九三三)は「世界ぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」といっております。
核軍縮に関して、私はこのニューヨークの大聖堂で多くは申しあげようと思いません。それについては、モスクワの大聖堂で、信仰の自由を奪われた人々の良心に訴えることができる日まで、私は耐えて寡黙を守ろうと決意しております。
核兵器の地獄の恐怖が真に理解されたならば、誰が饒舌でありえましょうか。私は饒舌よりも沈黙の時間を凝視したい。私たちのミッションの代表として一緒にアメリカにやって参りました。広島の谷本清牧師、そして長崎の野下千年神父はいずれも自ら被爆体験者であります。谷本牧師は全人類が一つになって神の前に立つ以外、最後の救いは無いと絶句しておられます。
政治にすべてを期待することは不可能事であります。私は、あえて全世界の宗教者による国際宗教連合(U・R)の結成を提案いたしたい。戦争抑止力としての宗教者の連帯とその使命を訴えたい。
最後に卒直に申します。
すべての諸悪の根源であるといわれている人間のおごり、思いあがり、人間のエゴイズム、階級のエゴイズム、民族のエゴイズム、国家のエゴイズム。しかし最も問題なのは一番にエゴイズムを捨てることを教えるはずの宗教、その宗派、教団に抜き難いエゴイズムがあることであります。
それが私をして宗教者を嫌いにさせるのですが、私は私の自戒の言葉「忘己利他」、つまり無私の献身と奉仕の願いを胸一杯に、アメリカの宗教者の方々、そして親しい友達とお話をしようとニューヨークへやって参りました。
絶望の淵から真実の宗教が生まれます。ほんとうに、私たち人類が生き残れるかどうか、危ぶまれる時、宗教のより純粋な立場にかえって、大きく、新しく出直すべきだと信じます。
私の愛誦しております仏陀(ブッダ)のアンソロジー、法句経ダンマパダ(Dhammapada)の一節、
勝つ者は恨みを招き、敗れたる者苦しみに臥す。されど勝敗の二つを棄てたる心平和なるものは幸福に住す。
(Victory breeds hatred:the defeated live in pain.Happily the peaceful live,givingup victory and defeat.)
ご清聴ありがとうございました。
(一九八二年四月二十五日シナイ半島返還の日に記す)
この法話をされた葉上照澄師は、ドイツ哲学を修められた後、第二次大戦後に比叡山に入山し、千日回峰行などを達成された方です。葉上師は、実は私の名付け親であるのですが、ものごころがついてからはお会いしたことはありません。しかしそのようなご縁を忘れたことはなく、最近葉上師に数冊の著書があるのを知り、何としても読みたいと思いました。そこで、この法話の文章にも出会いました。
比叡山の行者である師は、まず実践を重んじられますが、そこから出ずる世界平和への炎のようなお気持ちと、「忘己利他(もうこりた)」の境地からの歯に衣を着せぬ単刀直入な表現は、強く深く直接的に私に伝わってきました。特に、このニューヨークの聖ヨハネ大聖堂での法話(1982年)における最後の部分は圧巻で、今日の世界情勢に対する平和実現のためには、師のこのメッセージこそが時を越えて活かされねばならないと強く感じました。
クリスマスにあたり、私の属する教会でも平和を祈り求める「クリスマスメッセージ」を起草しますが、今年は次のような内容になりました。そのバックボーンは、実はすべて師からの賜物なのです。
2003年のクリスマスに当たり、心を新たに祈ります。救い主イエスさま、どうぞわたしたちのもとにお越し下さい。地の果てまで真の愛と平和がもたらされるためのあなたの道具として、どうかわたしたちをお使い下さい。わたしたち自身のエゴを捨て去り、平和と幸せのための奉仕者となれますように。
人間社会の中にある、様々な不条理・貧困・差別・争い・無理解・権力と被支配・暴力・分裂などを心に留め、人の世に真の和解と平和をもたらしてください。社会・権力・民族・国家、そして宗教さえもが持つエゴイズムと、その結果としての悪や不幸を、自らのこととして深く省み、そして深い淵から祈ります。地のおもてが新たになりますように。
二千年前、大きな星がよき知らせを伝えてくれたように、今、主の御降誕を迎えるわたしたちが、世の暗闇の一隅を照らす小さな光となれますように。
争いに勝つ者は恨みを招き、敗れた者は苦しみに臥します。しかし、勝ち負けのふたつを棄てた心の平和な者は、愛と幸福のうちに住むといいます。このことのうちに、わたしたちは、平和と一致への望みをつなぐことができるものと信じます。
救い主イエスさま、どうぞわたしたちの所に来てください。今年こそ、あなたの栄光が全世界におよび、地の果てまであなたの愛と平和がもたらされますように。
2003.12.25. UP