いじめ問題討論への原理・原則

いじめ問題を議論する際の私的な基調

柴 田 長 生


 <いじめ>問題は、子どもの問題や教育問題の範囲を超えて、今や一つの社会問題になってきている。<いじめ>とは、閉ざされた子ども集団の中で予め結束し、特定の標的を定めて排除・攻撃を加え続ける行為である。標的にされるのは誰でもよい。そしてその周辺にはそれらの事実を承知しながらそのことにあえて関与しない多くの第三者達が存在する。<いじめ>は<けんか>とも<いたずら>とも異なる。<いじめ>は、時間経過を持つ対人関係の結果などではなくて、匿名性の高い子ども社会の現象のように思われる。

 <いじめ>は、対応可能な事象としてなかなか見えてこない。学校の中でも、地域の中でも、そして家庭の中でもなかなかオープンにならない。医療機関や相談機関でも、<いじめ>を主とする相談がほとんどない。

 子どもに関わるすべての者が、まず<いじめ>という事象を様々な角度から深く考察し、正しい認識を共有する必要がある。<現代の子ども観>の再構築が要請されている。

 正しい子ども観と現場的センスに裏打ちされた<人権感覚>が問われる。実践者としてのバランスの良い<人権感覚>を磨くために、様々な立場の方々との意見交流によって、各々が自己検証し続けることが大切であろう。

 その上でそれぞれの立場から、今・具体的に何をしなければならないのかについての議論の積み上げが必要である。<いじめ>に対する有効な定番の対応法は残念ながら存在しない。「いじめ根絶」をスローガンとする運動展開のみで、社会事象としての<いじめ>に対応しきれるとは思われない。

 子どものことは子どもから学び・気づくことを忘れてはならない。子どもから学び続けることが、今<いじめ>問題の渦中にいるそれぞれの子ども(子ども達全体)に対して大人が関与できるチャンスになるのであろう。

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