Today's Memo about <児童福祉>

1998.11. 1. 発

<新聞の虐待死亡事例報道から思ったこと> その2


私の雑記帳です。思いついたときにだけ書き込みます。

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 10月30日〜11月1日の3日にわたり、毎日新聞の朝刊に「殺さないで 〜児童虐待という犯罪〜」という囲い記事が連載された。10月25日のスクープの続きであろう。
 引用された3つの死亡事例は痛ましいものばかりである。私たちが仕事で関与した場合、「決して子ども達を死なしてはならない。」、これが大原則になる。3つの事例は、いずれも児相が関与していながら、死に至った事例だった。相談を受けていた児相職員もまた、大きく傷ついているはずであろう。

 記事の、児相に関する<くだり>はこのようだ。

 (記者が)「なぜ(立ち入り調査権を)行使ししなかったか」と問うと、(児相の担当課長は)「調査に入って、(虐待の)証拠がなかったでは済まされない」と弁明…(10/30)。

 (通告した病院の院長は)「退院後のフォローは、児童相談所に強くお願いしていた。残念です」 … 相談所側は「母親には(夫から母子への暴力から逃れるために)母子一緒に施設に入所するよう勧めたが『やりなおしたい』といわれた。事件は父親と面接する予定の直前で起きた。申し訳なくは思うが、予想できなかった」と釈明…(10/31)。

 (施設から引き取られ、他府県に転出したすぐ後に死亡した事例)。(「親類から体罰を受けた」と母親が告げたので、転出先のケースワーカーが)元の府県の児相に連絡するが、同相談所は「母親に相談に来るよう伝えてほしい」と答えるにとどまる…。(2日後)ケースワーカーは家庭訪問するが、事件は翌日に起こる。ワーカーは「…(元の府県の)措置からはずれていたとは知らなかった。虐待の情報もなく、無理に家庭に入るわけにもいかない」と語る。(同児相は)引き取りを認めた理由を「条件が整ったと判断した。虐待は予想できなかった」と説明…。行政のはざまに落ち込んだ(本児に)、救いの手は届かなかった(11/1)。

 弁明、釈明、説明…。私の児相の管内で死亡事件が起こらない保証はない。薄氷を踏む思いのケースを抱えた経験もある。そして、もし事件が起こったら、担当課長の私は、やはり弁明・釈明・説明をするのだろうと思う。ただ気がかりなのは、これらの事件を契機に、それぞれの職場や地域が、生じた事件についてどの程度克明に振り返り、事例から学んだことを今後の仕事(児童福祉の専門家としての個々)の質の向上へとはね返す具体的な作業をしたかである。しかしそれでも、同業者としては、<怠慢>と批判するだけの資格も、実績も、気力もない。

 「事実を承知していながら、そのことに対応しなかった児相の怠慢が原因で、死亡事故になった」という因果論が報道の基調であるのなら、子どもの虐待防止を標榜するアピールとしては、いかにも表層的で陳腐で意味のない結論である。そう述べることが<社会的正義>であるにせよ、問題解決に寄与しない社会内悪循環である。そのことがまた新たな問題を構成してしまうだけだ。児相の怠慢に結論を求めたとしても、この世から子どもの虐待がなくなるものではない。

 虐待相談事例を抱え続ける児相や児相職員もまた傷ついている。それでも対応を法的に義務づけられた公的機関は児相であり、例えこちらが傷ついても、子どもの権利擁護のために働かなければならない責務がある。そして、クリーンカットできる結論が必ずしも出ないのが、この業界の定めでもある。だからといって悪い結論も「仕方がなかった…」では済まされないこともまた、十二分に承知しているつもりである。過去に苦い思いをしたとしても、それでも今日もまた虐待に対応しなければならない宿命を負う私たちにもまた、社会からの助力と勇気づけと理解がほしい。

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