Today's Memo about <児童福祉>

1999.2. 7. 発

<朝日新聞の児相の専門職報道から思ったこと>


私の雑記帳です。思いついたときにだけ書き込みます。

*   *   *

 職員の任用の問題はかねてより議論されてきたテーマである。報道された調査内容は、おそらく大筋では事実なのであろう。我々の児相でも、ある児相に新聞社が電話をかけてき、ニュースで触れられたことに関する聞き取り調査があったときく。報道された数字に若干以上の疑義がないわけではないが、あそこで書かれたことに、数字的にはおそらく大きな嘘はなかろう。しかし、問題はそのことの真偽ではない。あの報道がなされることによって生じてしまった<社会的意味>の方である。

 曰く、「児童相談の重要性が、日々に大きくなっているにもかかわらず、現実の児相の専門性をめぐる人的な実態は***なのだ。そんなことで適切・的確な仕事ができるはずがない…」 このような文脈で読みとられるのが、読者の側の自然なリアクションなのだろう。周知のことなのだが、新聞で報道されることは(しかも大新聞の1面、トップ記事なのだ!!)、確実に、<社会的なある意味>を生成せしめたと言うことなのだ。「まっとうな仕事すらできない、専門性をめぐる実態を持つ、怪しげな機関が児相…」 こんな根も葉もないプロパガンダが、社会の中で始められてしまったというゆるがせない事実である。こんなことを社会にはびこらせたいのは、いったい誰の意図なのだ!! 朝日新聞のブレインだけの意図であるとは、とうてい信じがたい。きっと、このような意味を世にはびこらせたい<黒幕>が、バックに存在するのだ。児相というあまりメジャーではない世界に関する、<強い社会的意味の生成>なのだから、黒幕はきっと我々に近い、我々側の世界の誰かなのだ。そうとしか考えられない。

 そこのところに関する<無思慮さ>がマスコミの中にあったのなら、あえて大げさに言うと、それは<社会に対する背信行為>なのだ。この新聞社の少し前の、PRのためのキャッチコピーが容易に思い起こされた。灯台の絵が映し出され、「**新聞を読んでいると、決して間違いは起こりません…」 確かこんな内容だったと思いおこされる。だからこそ社会は、報道された内容を信じてしまうのだ。まさか<大本営発表>でもあるまい。だが、今社会の中で生じてしまった<社会的事実>は、児相は、おおよそ<子どものプロ>と呼ぶに値しない、怪しげな機関であるといった、社会的な通念を見事に生成させてしまったのだ。覆水は盆には戻らない。社会が、児相を信用しなくなったということもできるかもしれない。そこのところが実に大きい。

 任用の問題がクリアされるなら、それがイコール児相職員の専門性の向上に繋がり、それが的確に処遇面での向上に跳ね返るのだろうか。「子どもへの虐待が急増している最近は、児童相談所の重要性が増しているのに、専門的な体制が整っていない」という指摘は、今回の調査とどのように具体的に関連づけられていくのか、全くよく分からない。指摘の点が事実だとしても、だからそれがどうだというのだ。指摘の点が充足されれば、専門性が確保されれば、児相の処遇力が大きく向上されるとでも言うのか。

 専門性確保の方途をこそ、真摯に模索するきっかけとなるような報道を望む。混乱を与える(生じさせる)ことにしか役立っていない報道に、組織改革の力は備わっていないはずだ。

 業務上の必要な専門性の確保は、言われている条件を満たしただけでは断じて担保されない。そのための条件が模索されてしかりなのだ。確かに言われていることを大事にするならば、専門性確保のための緒は確保されるかもしれない。だけど、このことは、児相の専門性確保と処遇力向上のための必要条件ではないはずだ。

 世の中の信用だけを失墜させるような、いらぬ不安を与える(作り上げる)だけの報道は、たとえその報道の中身が真実であっても、控えてしかりなのであろう。だから、専門性確保の方途をこそ、真摯に模索するきっかけとなるような報道を望む。混乱を与える(生じさせる)ことにしか役立っていない報道に、組織改革の力は備わっていないはずだ。

 インターネットで知り合ったある方のホームページに、もはやこの報道のことが取り上げられていた。どうすれば児相の専門性が向上するのかといった不安が書かれていたと記憶する。そして私は、そのページの作者に次のようなメールを送ってしまった。

 「2月7日の朝日新聞の記事は、私が児相職員と言うこともあって、<なるほど…>とはとても思えません。
 だからどうなのだ、現実の子どもに対して、タイムリーに手だてを打てることが、専門性だと思っています。
 専門職採用の人間が優秀にそれができるとは、経験上あまり思えません。大切なのは、<現場的コモンセンス>であり、それに基づく<合議によるスムーズな実践>であると私は考えています。その時に個々人の専門性は、ぶつかり合って力にならずと言うこともまた現実には多いのですよ。
 そこを突破しないと、真に役に立つ児相にはなりません。これは、私の信念でもあります…」

 おおよそこのようなメールであった。

この報道に対する、私の同僚、川畑隆氏(心理判定員)の意見 

この報道に対する、私の同僚、川崎二三彦氏(元児童福祉司)の意見 

Today's Memo about <児童福祉>のもくじへ戻る
児童福祉スクエアーへ戻る