Today's Memo about <児童福祉>

1999.7.11. 発

NHK<クローズアップ現代>での児童虐待特集番組のこと


私の雑記帳です。思いついたときにだけ書き込みます。

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 私も児相職員のはしくれだから、そして厚顔にもこのようなホームページを開設しているのだから、この問題について書かぬ訳にはいくまい。私のホームページにも、児相抗議のメールを含めて、何通かのEメールが届いた。明日は我が身かもしれぬと思うと、このことに関して書くことはとても気が重い。番組で登場されていた茨城県の課長さんの立場に自分自身を置いてみると、私はTVカメラの前で一体何を話していただろうか。そんなことをふつふつと考えるのだが、いろんなイメージの断片が流れるだけで、まとまったものなど出てこない。そして、今対応している子どものことが輻輳してくる。相談中の子どもが、あるいは管内の子どもがもしも虐待で死んだら、私があの立場なのだ。逃れるわけにはいかない。

 放映の夜、実は府内の児相の児童福祉司会議が開催されており、番組を見なかった。放送の内容は翌日聞いた。そして、「前半約10分が集録できなかった」という知人が録画したビデオを借りて、私の児相の職員全員が、<職場研修>という位置づけで見ることになった。きっとそれぞれがいろんな事を思っただろうが、私としては(児相職員として、問題が起これば否応なく対応せざるをえない立場にいる私だから)、時間経過と事実(対応経過も含んでの事実経過)をもっと精緻に知りたいと思った。ドキュメント番組なのだから、放送ではインパクトのある事実をつなぐことが生命なのだろうが、さらに正確な事実経過がわからないと、何とも言えないと今では思う。

 否、あの番組の流れからだけでも、私だったら…と考えることはかなりある。でも、それは番組で知り得た事実経過のみに即して、私なりの相談臨床で大事にしている原理原則に照らしていろいろ思うことなのだから、それがこのケースの真の事実経過(番組を嘘だといっているのではない)と合致するかどうかはわからないと考えている。しかし、児相へ情報が寄せられてからかなりの時が流れており、最終的に子どもが死んだことだけは事実なのだから、同じ児相職員として辛い。TVというメディアの社会に対する影響は、相当に大きい。

 関東方面の児相と関連する児童虐待事例のマスコミ報道の多さが、同じ児相職員としてとても気になる。バッシングを受けようと、そうでなかろうと、児童虐待が生じれば、社会のシステムとして児相が動かなければならないように定められている。そのことは、私の児相も例外ではない。心が痛み、そしてうまく展開しないケースを現在も抱えているのだから、日々に追い立てられている感じを私を含む職員達が持っているのだから、他児相のことなどを思うゆとりはないのだが、しかし、それでもよそのことがとても気になる。明日もまた相談業務は続くわけだし、その中で、普通の気持ちで、普通の精神衛生状態で子どものために働くことができるのだろうかと…。

 様々な形で報道された当の児相に、同じ現代の児相人として、何はさておき駆けつけて、せめてそばにおることができれば…、そしてなにがしかの励ましや支えになることができないものかと、砂をかむ思いでいる。そんなことしても、それはお節介にすぎなにのだ知りつつも、本音の気持ちではある。その傍らで、「自分のところもおぼつかないのに、何をええかっこ言って…」ともう一人の自分がつぶやいている。

 最終的に対応するのは児相なのだから、それが社会のルールなのだから、社会からの支援や肯定的認知がほしい。「児相役立たず…」は心底こたえる。そして児相職員は、決して自分一人で、自らの機関だけで抱えないことだろう。その上で、結果の良否にかかわらず、全ての局面において、オープンに仕事をすることを決意し直すしかない。

 まずは子どもを守ること。ならぬ事はならぬ事、やらねばならぬ事はやらねばならぬ事…。しかし一方で、当事者達を(加虐者を含め)追いやり、追いつめ、憎んではならない。

 介入一辺倒だけの仕事は、私にはどうしてもなじめない。

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