児童相談所業務と子どもの権利条約

児童相談所業務と子どもの権利条約

柴 田  長 生


1 はじめに

 平成6年6月10日に、大阪市が主催した近畿児童相談所職員研修会で、「子どもの権利と児童相談所」というテーマで子どもの権利条約が取り上げられてた。その場で開かれたシンポジュームで、相談の立場から話題提供をした。以下に述べるのは、私が報告したことの要旨である。なお、このシンポジュームの全内容は、次の冊子にまとめられている。

参照 「紀要 −子どもの権利と救済・支援−」 1995(第7号)
大阪市中央児童相談所

*   *   *

 数年前、批准云々がホットな話題であった頃に比べて、職場内に話題として取りざたされることが本当に少なくなってきている。国会通過ということも、やがては通過するだろうということと、国会そのものが他の話題でほうふつとしていることもあって、関心ははっきり言って低くなっているだろう。そんな時のこのシンポジウムである。… 発言しにくい。

 @ 子どもの権利条約の骨子

  * 条約の基調は次のようなものか

     子どもの最善の利益の …  the best interests of the child
     第一次的考慮(3条)    shall be a primary consideration.

 英文の強調の部分の訳出にはいろんな訳語があるが、条約の基調は、間違いなく「子どもの最善の利益」の確保に向けて、以下に様々な条項がくるという構造になっている。

  * この条約により、従来の「保護対象」「管理対象」としての児童から、
    「権利者」としての児童に転換することになる。この点を具体的にど
    う標榜するかがポイントとなるのではないか。

 A 権利条約の主旨の尊重と、児童福祉をめぐる具体的な法律的知見を積み
   上げることとの関連

  * 京都府児相で取り組んでいる<法律相談>について
   ここで取り上げてきた事柄と、「権利条約を実務にどう反映すべきか」
   ということは、かなり関連していることだと思う。
   権利条約を実務に生かすということは何も特別で新しいことがらなど
   なのではなく、「子どもを守る」ということが法律的に見てどういう
   ことなのか、あるいはどんな角度から守ることが可能なのかという検
   討を日常からしていくという事と、極めて近似しているように思う。

 B 子どもの権利条約の、今日的な、実務的な意味

  * 条文のそれぞれが、子どもに関する実務に携わる時の具体的なガイド
    ラインや点検項目になればよいと考えている。この条約は国際規模の
    ものなので、日本の文化・実態にあわないような記述項目も中にはあ
    るが、それも含めて広い意味でおおらかに点検項目として参照すれば
    よいとさしあたりは考えている。

  * 逆に、子どもの権利条約として真っ先に言われるのは第12条の「意
    見表明権」だと思われるが、この条項を教条的に引用して、例えば「
    子どもに対してある処遇がなされる時に、子どもの表明する意見に反
    するどのようなこともしてはいけないのだ」といったことを厳密に実
    務のレベルで議論してもむしろ不毛なのではないかと思われる。

  * 例えば、この意見表明権に関して言えば、この主旨を理解した上で、
    我々の実務のレベルで子どもの意見表明権を具体的にはどのような事
    柄でもって認識・理解し、どのような方法でもって尊重しようとして
    いるのかが問われなければならないだろう。

  * 今日の児童福祉行政の潮流(厚生省の打ち出してきている諸政策、及
    び21プランなど)と、条約との関連づけのされ方について、現場か
    らの見極めが必要であろう。

  * 今回のシンポジュームに向けて権利条約の条文を、現在の実務に照ら
    しあわせながらもう一度読み返してみた時に、かなり多くの条項から
    今実務で抱えているかなり多くの問題を連想することができた。これ
    を列挙し、それぞれに対して可能な限り点検を加えることで表記の主
    旨に変えたいと思う。

法律相談

 月1回、弁護士の法律事務所に各児相から2名ずつ集まり、相談実務の中で法律的に押さえておきたい事柄を事例の形で提出し、法律的な事例検討の形で進めている。虐待児への対応、親権問題、国籍・就籍問題、行政処分を巡って、個人情報の開示請求問題等々、検討された事例は多岐にわたる。まもなく初年度の法律相談事例集を作成する予定。なお、担当している弁護士は、電話相談開始時に採用された家庭児童専門員の一人。

業務検討会議

 各児相から、相談判定課長、児童福祉司代表、心理判定員代表、一時保護職員代表、計12名、それに開催公所の所長と、受付相談員の代表の2名、合計14名のメンバーで年間4回から6回開かれる業務会議、その時々で議論しておく必要のある児相業務を巡っての様々な事柄に対する徹底討議とその集約、その時々の各所間での情報交換、及び会議で扱われた事への全職員に対する報告。昭和61年から今日まで続いている。

複数チームによる相談遂行の原則、全員参加制会議での合議による
処遇の決定、相談進行過程のオープン化のための諸システム…

 オープン化のために…家族面接の構造的意味、相談判定課会議でのケース進行管理、及び週単位の課員に対する報告…

各種業務会議

 心理テストカンファレンス、福祉司会議、一時保護担当会議、受付相談員 会議、課長係長会議、養護研(テーマ別研究グループ)…
 オープン化、処遇のスタンダードモデル

児童福祉施設との間で

「形式(コンテクスト)」を整える事によって「守られること」


2 各条文と現行業務の比較点検

 京都府下の三つの児童相談所で子どもの権利条約を読み下し、現行業務と各条文の内容とを比較して、問題となるところ、押さえておかなければならないところを出し合った。そこで出された意見、問題点等をまとめたのが次のとおりである。

権利条約の各条項と、実務上の課題の対比

 権利条約の条項              実務上の事柄
第2条 差別の禁止 外国人は児童福祉法の対象となりうるのか(現行法に明確な規定なし)
 外国人児童も児童福祉施設に措置している
第3条 子どもの最善の利益
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 児童の父母等の権利義務を考慮に入れた措置
 少年審判に関する司法当局への情報提供や証言。あるいは文書による処遇意見の提出
 各種の認定業務を行う児相内で認定に対するガイドラインが曖昧。
 この目的のために、児相が他機関と対峙しなければならない場合はどのような場合か…。親に対しては
 心理査察、心理治療、児童福祉的指導、措置等の適切性、有効性の問題。臨床倫理と子どもの最善の利益との関係。  児童相談所運営指針と児童の最善の利益この理念の達成のために、
 @ 高い専門性
 A 地域住民への浸透
 B 関係機関との十分な連携
の3条件が満たされていることが必要。

 相談の任意性の確保
 処遇の保護者同意
 冤罪にかかる触法通告に対する抗告権問題
 処遇として行政処分が取られた場合は不服申し立てが出来るが、行政処分以外の処遇が取られた場合は…?

第4条 締約国の実施義務 児相業務が、本条約の各条項に抵触していないかの点検による
第5条 親の指導の尊重 「子どもの能力の発達と一致する方向で…」ということの基準は…
 民法の規定する「親権」に関する解釈と、児童福祉法による児相の家族観との関連で考える必要がある
第7条 名前・国籍を得る権利、親を知り養育される権利 未就籍児童に関する相談…婚姻中の妻が夫が服役中に妊娠・出産。夫に知られるの恐れ、未就籍のまま知人に預けられる。その後この夫婦は離婚 …法律相談ケース
 かつて施設入所児であった人のルーツ探しに関して…児童記録票の(児相保有の個人情報の)保存・開示・伝達の問題。個人情報の保護をめぐる論議 etc.
 特別養子縁組は戸籍上実親をたどることが出来ないようになっている。そこまで慎重な扱いがされている内容が、児相の記録として<普通に>保管されている。 cf. 第21条(養子縁組)
第8条 アイデンティティーの保全 不法滞在中のフィリピン女性が日本人男性との間に産んだ子どもの養護…虐待・要医療・保護 → 国籍問題、結婚問題、親権の問題、母子の身柄、…
 渉外事件としての離婚再婚等にまつわる親子関係の問題 …法律相談ケース
第9条 親からの分離禁止と分離のための手続き 施設措置に対して、一般的に取っているケースワーク手順。同意に基づく入所。入所(分離)適否の判断の根拠。分離期間の見通し・設定など。
 施設措置の場合、父子・母子家庭の違いでケースワークに差があるのでは。
 離別した実父(母)に児童の状況を伝えることがあったりなかったりする。児童が望んでいてもそれをとめることについて。分離時の情報提供。
 分離手続きへの当事者の参加。
 分離禁止 VS 子どもの最善の利益のための分離。実際はどちらかに割り切れるものでもない。「権限ある当局が決定…」とあるが、それには総合的な判断が必要。もし措置権が移譲されたら…、措置権移譲を提案する側は、どこを担保に提案するのか。
 離婚した一方の親からの申請で施設入所している場合、もう一方の親からの児童の居所の問い合わせ、面会申し入れに対して、どのように対応するのか
第10条 家族再会のための出入国 日本国籍の父と外国籍の母が離婚し、その子を施設に入所させている場合、第9条によれば、外国に居住する母と直接の接触を維持する権利を有していることになるが、その保障は…?
第12条 意見表明権 相談(判定・治療)を進める際の同意
 児童(高校生)からの「施設に入りたい」という訴えに沿ってケースワークし、施設入所に至った事例。中学生の事例もあるが、親への対応は両者で微妙に違う
 処遇に向けて児童の意見をまとめるための個別一時保護の設定。
 筋ジストロフィー病棟に措置された子どもは、どんな風に考えて過ごしているのだろう。
 保護者における「不服申し立て」に当たる部分は、児童においては何か。
 入所中の子どもからの意見聴取の方法は?
 進路を控えるにあたって施設入所中の子どもと面接すること。
 本条の規定は、単に児童の意見を尊重しているということだけでは不十分で、相談業務の各段階において、具体的にシステムとしてその機会が設定され保障されている必要があるのではないか。
 施設入所児の児相に対する意見表明権
 親が家庭引き取りを希望した時の意見表明権の保障
 児童の同意のない一時保護(身柄付通告)
第13条 表現・情報の自由 「一定の制限…」の基準は…
第16条 プライバシー・通信・名誉の問題 一時保護中または措置中における私信の扱いの問題
 児相が保有する個人情報の保護と開示の問題
 心理診断結果を当事者や関係者に伝える事の是非
 施設内における子どもの生活上の権利擁護
 入所児への第三者からの通信。親、教師、施設以外はどこまで認めるのか。具体的な事柄としては知らないが、第三者から通信されたこと、あるいはその内容について、当事者が問題にするということは、今後起こりうるのではないか。
 親を含んで三角関係になった場合の、対子どもとの間での「約束」の問題
第19条 親による虐待・放任・搾取からの保護 虐待相談における児相のポジション・スタンスそのものの問題
第20条 家庭環境を奪われた子どもの保護 養護相談、児相の措置体系そのもの
 施設に入所後、児相はケース又は子どもあるいは施設とどのような関連を持つことが大事か(措置が長くても短くても、ケースに応じてだが)、具体的にはどんな時期にどうつながるのがよいかといったことへの研究
第21条 養子縁組 里親に対して、どのような指導を展開するのが子どもが最善の利益を得ることができるのか … eg. 委託里親への家族面接
 登録里親希望者(継続者)への事前調査と登録基準策定の是非。 cf.基本的に広く里親を募集せよという厚生省の方針
第23条 障害児の権利 養護学校へ入学することと、送迎のために親の就労が制限されること、あるいは学童保育が利用できにくくなることの事実。
 普通学級→障害児学級→養護学校 方向への学校からの強力な指導により、左記の権利が侵されているという事態が起こっている場合、親からの相談に対して児相が取るべきスタンスは? …第28条教育への権利
 援護施策の拡大 → 障害児の増加
    ↑
 追いやられる子ども達
    ↑
 狭くなる「ノーマル」の範囲 ←
援護施策の利用についての判定に携わるものとして、矛盾はないか。
第24条 健康・医療への権利 未婚の母、あるいは不要とみなされた子どもの妊娠・出産・養育相談と医療
 外国籍になるであろう子の医療問題への児童福祉的手だてのなさ
 宗教的自由との関係(輸血とか)。
第25条 医療施設等に措置された子どもの定期査察 施設から月例報告を求めること。児相が報告を求めることの意味。必ずしも全施設から求め切れていない矛盾。
 施設との連携(交流会・定期懇談会…)
 筋ジストロフィー病棟に入院している子ども達はどんな風に考え、過ごしているのか。病院という受け皿がある故にか、養護・介護にまつわる問題を聞くことがない。家族の中ではどうなのか。本人達はこれでいいと思っているのか。ここしかないと思っているのか。児相がどう受けとめていくのか…。cf. 第23条
 障害児を治療・訓練施設に入所させる時、児相は医師の意見書だけで無査定で措置してきている。それは子どもの最善の利益に繋がるか。過剰訓練の危険性はないか。
 個人情報と「開示」の問題。
 施設入所児の定期的審査は、児相業務の中で十分にできているとはいえない
第27条 生活水準への権利 養護児童の場合 … 環境を変えることに対する基準は?
第28条 教育への権利 教護院に公教育が導入されていないこと
 「不登校」との関係での整理(〜29条)
 養護施設入所児の私立高校進学に関する諸問題。
第33条 麻薬・向精神薬からの保護 医師の投薬との関係(精神科医の質の問題)
第40条 少年司法 触法通告の扱い
 えん罪と思われる通告(事件)の扱い
 行政処分にまつわる認識 … 法律相談ケース


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