「学習障害」ということをめぐって

「学習障害」ということをめぐって

柴 田 長 生


 最近「学習障害」ということが急速に脚光を浴びてきています。学習障害児の親の会が各地で出来始めたり、「学習障害」をいうことをもっと正しく認識した上で、それ固有の教育を行うべくだという要求が出されたりしています。
 しかし、学習障害という枠組みによってくくられるような、子どもが示すある種の臨床像は今に始まったわけではありませんし、またそれらは特定の単一疾病のようなものではありません。臨床像は多岐にわたり、しかも問題の程度はさまざまで、それらのすべてを「学習障害」というカテゴリーでくくることが必ずしも適切だとは思われません。また多岐にわたる臨床像の背景は、実は質的にはかなり異なるいくつかの背景から成り立っているのではないかと思われるのに、その兆候がソフトなサインであったり、その結果としてあることがうまくできないので困るといったことからなのか(特に学習場面において)、その全体に対して「学習障害」という単一の用語が用いられるところに誤解が生じるように思われてならないのです。またそれらは、単に発達の個人差の問題であったり、成熟の遅速の問題として立ち現れる場合も少なくないので、個々の発達を継時変化としての時間軸をきっちり見定めた上で、その発達の質的側面を丁寧に見極め、誤解が生じる可能性の大きい「学習障害」という言葉を安易に使用してはいけないように思うのです。
 このように、「学習障害」という単一の言葉でくくられることの実態は、実は非常に曖昧な側面を持ち合わすのですが、実は現時点で***ができない、あるいは***が変だという所感だけでもって、それをマニュアルに照らし合わしてみて、すぐに「学習障害」であると言ってしまいやすいのです。また、アメリカがその起源であると思われるのですが、「学習障害」という用語がブームになってしまっているところに、少なからず問題を感じています。
 かなり前になるのですが、私は厚生省が発行している「児童相談所相談事例集」に、「小学校4年生の時に再開された相談事例 〜学習障害児への児相的了解の視点と、その援助方法をめぐって〜」というタイトルの拙文を発表したことがあります。上に述べたような私自身の危惧から、学習障害ということに対する私見をまとめておかなければならないという問題意識から書きあげたものです。プライバシーに関連するところを除いて、本ページでも紹介したいと思います。

*   *   *

 T はじめに

 近年、「学習障害」(learning disabilities 以下、LDと略す)という概念が脚光を浴び始めている。LDの定義は1981年にアメリカのLD児に関する合同委員会によってなされたものが有名である。LD類似の概念には、「MBD」や、DSM−V−Rにおける「注意欠陥多動障害」「特異的発達障害」などがある。しかし、LDについては、ある種の症候群のような形での明確な定義づけがなされるにはまだ至っておらず、またLDに対する具体的な処遇法が確立されてもいない。
 それゆえ、一般学校においても、児童相談所においても、LDということを標榜した具体的な取り組みがなされているわけではない。しかし、日常の相談においては、定義でいわれるような児童に時折出会う。幼児においては「多動」や「言葉の遅れ」が主訴であることが多く、就学児では「学習についていけない」「障害児学級の入級を勧められた」といった主訴になることが多い。そして、心理診断結果をみると、例えば発達検査の下位項目間の出来・不出来の差の著しい場合が多い。
 本論では、就学前と小学校4年生の時期に相談を受けたLD的な子どもの相談事例を報告し、LDと思われる児童に対して、児童相談所が現段階でできる相談対応の基本的なスタンスについて、試論的に述べる。その中で、LDに対する有効な治療論ではなく、LD的発達像を目の前にして、戸惑い、不安に思う保護者や関係者に対する発達的了解への整理の方法について提示してみたい。

 U 事例から

  1 事例の概要        省 略。

  2 就学前発達相談の経過   省 略。

  3 相談の再開        省 略。

 【小学校4年の時の神経学的な検査から】 全身の身振り検査。概ね対応できるが、身体軸の形成はそれほどはっきりしているわけではない。巧緻動作の模倣。ポーズの企図まで時間がかかる。うまくいかず、使用する指に混乱が見られたりする。スムーズではない。キラキラ星の動作。右>左でよい。交互動作は左右ともおおよそ出来るが、スムーズではない。左キラキラの時、右側への筋緊張の転移が見られる。Piaget Headの検査。概ねOK。交互運動、巧緻動作の成熟度は、概ね6〜7歳レベルであり、新版K式発達検査の動作検査のレベルとおおよそ対応がつく。このこと以上には、病理的なサインは見られない。

  4 *子についての小考察

 *子は知恵遅れではない。明確な麻痺があるわけでもない。しかし、一貫して「身体・運動のぎこちなさ」を背景に様々な「出来なさ」を指摘され続けてきた*子はLD的な要素を持つ子であった。単に発達の個人差や、成熟速度の時間差の問題ではなく、特殊な発達障害を前提にした方が了解しやすい理由には次のような事が指摘できる。
 まず、身体・運動面での問題が、少しずつは改善されたにせよ、10年にわたって指摘されてきている事について。幼児期にそのような問題があったにせよ、基本的に問題がなければ、少なくとも小学校の高学年にもなれば身体・運動面での問題は解消されるという臨床的な経験がある。*子は未だに問題解消へは到達せず、逆に出来るところとそうでないところの二分極化が、逆に長ずるほど目立ってきている。その極端な例は、新版K式発達検査の<積み木叩き>の検査である。これにおいては、5歳8カ月と9歳10カ月の結果が同一なのである。
 もう少しミクロにみると、発達検査上のばらつきが目立ってきたのが、4歳6カ月頃からであるという点である。三健などで「言葉の遅れ」などを主訴にする相談がよくあるが、発達速度の問題である場合などは通常4歳6カ月頃より、他児との差がみられなくなる方向に収斂する場合が多い。*子の場合はその逆で、むしろ幼児期の未熟さが収斂するであろうその時期から、むしろ開離現象がみられ始めるのである。
 最後は、身体・運動的な問題の上に症状がみられるというその点についてである。何らかの神経学的背景があるのであろうが、それだけでなく、問題は行為する時に、模倣場面・指示場面という受動的・個別的場面であれば何とか出来るのに、そうではない自由場面などの能動的・一般的場面になれば、どうしていいのか分からない事が多いというこの差である。
 *子がLDであるのかどうかは分からないが、上に述べた3つの点については関連のある発達的なサインであろうと思われる。児童相談所は、それらの症状に対する具体的な療育的手だてについてはいまのところ持ち合わさないが、関係者間でその都度生じる心配や問題点の整理については、具体的な方法論を持つ必要があろう。


 V 考 察

 本節では、LDと思われる子どもの相談に関する、現段階での児童相談所が実行可能な相談のスタンスについて述べる。

 @ 主訴を正しくつかむ

 子ども個体の症状や問題を正しく把握しなければならないのは当然だが、それ以外に、以下の点について留意する必要があろう。
 ひとつは、子ども自身が自分の症状についてどのように受け取っているかということである。自我が形成されてくるに従って、この自己認知・セルフイメージといったことは意外に重要である。
 もうひとつは、症状が様々な関係の中でどのように取りざたされ、その結果どんなことが起こっているのかという点についてである。
 例えば親子の間で。子どもが自信を失ったので、その結果は母が過保護になった。
 例えば夫婦の中で。母親は心配だが父は心配しておらず、その結果夫婦喧嘩が絶えない。
 例えば家族の中で。おばあちゃんが心配し、その結果絶えず孫に干渉してくる。
 例えば関係者との間で。学校の先生が心配しており、その結果親に障害児学級入級を勧められた。
 子どもの症状をめぐって生じる関係の問題の方が、深刻な場合も多い。具体的な解決に導かなければならないのは、むしろ子どもをめぐる関係・システムの中で生じた様々な二次的な問題に対してではないか。
 これらが主訴の背景にある。

 A 多角的な発達診断

 まず、オーソドックスに発達検査を実施してみる。そして、指数などよりも下位検査項目間にみられる発達のプロフィールに着目する。そしてどのレベルが弱いのかについて仮説的に把握する。例えば、視覚か、聴覚か、触覚か、運動か、とか、受容(入力)段階か、行為(出力)段階か、理解(統合)の段階か....といった把握法である。ただしこれは仮説に過ぎないことをしっかりふまえておく。それとともに、個々の検査項目の結果ではなく、遂行過程の観察に重きを置く。例えば十字模写の場合に、いつまでたっても二つの描線が交差できないといったことによく出会う。
 生育歴上のリスクファクターについても押さえておく。特に、仮死やけいれん、在胎期間と出生時体重の関係などについては押さえておく必要があろう。
 発達検査以外の特殊な神経学的検査についても、場合によっては組み合わせると発達像の理解が深まる場合がある。R.Zazzo の描画、リズム検査、Piaget-Head の検査、単純身ぶり模倣検査、キラキラ星の動作をさせてみる随意運動の流暢さを見る検査、きき側検査(ラテラリティー)などは、筆者が時々用いる特殊検査である。身体・運動の要素は、発達診断の際に大きな背景になると考える。
 発達診断を行うときに考慮しなければならない事柄として、生活年齢に対する考慮と、成熟(成熟速度)がある。LDと呼ばれる場合に、いつも曖昧になるのがこの問題との関連であるからである。

 B フォローアップ

 LD的な子どもの場合に、よく問題になるのが個人差として了解できる範囲か、発達像のズレかということである。個人差の中には、個体間格差の問題と、発達の遅速の問題の両方が含まれる。この問題は、Aの方法を用いたとしてもなかなか正確に鑑別できない問題である。
 そのような場合に、大事なことは一定の時間経過をはさんだ上で、おおらかにフォローアップする事である。例えば、言葉がおおよそ自由に話せるといった発達項目を例にあげると、発達テスト的な基準年齢(月齢)で見るのではなくて、おおよそこの年齢までには大方の子どもが通過するといった基準を、発達診断するものが有しておく必要がある。その場合に例えばデンバー式発達検査の、90% 通過のラインも参考にはなるが、それよりもさらに緩やかな基準でみても、発達の遅速の問題だけであればやがては通過する場合が多い。それに反して、筆者の経験では、LD的と思われる場合は、それでも発達のバラつきとしてはね返ってくる場合が多いように思われる。以上のようなことをフォローアップの中で確かめるのである。

 C 結果の正しいフィードバック

 主訴の理解のために、了解できる範囲で、発達像について保護者や関係者に伝えることが、曖昧な不安や心配の解消になり、児童理解が深まる場合が多い。その場合に、現在のプロフィールを伝えるだけでなく、時間推移の中で分かったことや、今後の時間推移の中での予想や可能性も、決して断言しないという態度で伝えることが好ましい。要は、@〜Bで把握したことに関して、親や担当者の不安・混乱を決して増やさない方向で、できるだけ丁寧にくだいて伝えるのである。
 その時に、親の理解能力は押さえておく必要がある。親の理解力に応じてフィードバックの内容を選ぶのは無論のことである。

 D 関係者調整と児童像の一致

 @でも述べたように、子どもをめぐる関係者の間で、主訴や児童像の不一致が、LDをめぐってはことさらよく起こる。それが、二次的な混乱の原因になる。そして、実際はこの二次的な混乱の方が大変な場合がある。その際にめざすべきは、まず児童理解の一致である。あるいは、児童理解のちがいの明確化である。
 関係者間に混乱が予想される場合に筆者がよく用いる方法は、関係者(夫婦、親と教師・保母など、いろんな組み合わせが考えられる)を一同に集めた上で、Cの方法で同時にフィードバックするのである。そのことにより、関係者に対する情報の伝達が少なくとも均一になりやすい。あるいは今後の対応に対する出発点を同一ラインに設定することが出来るのである。
 それだけではなく、この作業は児童をめぐる様々なレベルのシステムに対する介入なのである。助言指導の実際は、児童の発達をめぐってではなく、その結果生じている関係システムに対する調整・介入にむしろ重きを置いている。

 E 関係者で一致して取り組める具体的な処遇について

 子ども自身に関する助言も無理のない範囲ではするが、LDに関する専門的な助言・処遇は現在の所出来ないし、実施しない。児童相談所的に出来るのは、関係者一致の方向での助言か、あるいは実際に関係者を呼んでのDの方法による助言である。
 例えば就学直前の場合では、「就学しても当面は学習についていけない場合も予測されるので(年長になれば、どうなるか分からないが)、親が学校の先生と十分に協議できる関係を親の側から作るのが、親にとっても子にとっても得な方法である」といった助言を必ずするようにしている。関係者が一同に会した場合は、たとえ児童理解が異なっていたとしても、今後をプラスの関係でスタートする事を強調する。そして、関係者間で共通理解できる児童理解のポイントの確認や、関係者間で今後の処遇方向が決定できるように介入・援助するのである。障害児学級入級云々の問題なども、入級の是非よりも、その問題に対して当事者間である方針を協議。決定出来ることの方が、児童相談所的には重要だと考えるのである。

 F LDをめぐっての児童相談所の立場

 LDは現在では社会的にも大きくクローズアップされつつあり、京都府においても平成3年度の府議会でLDに関する今後の対応についての質問がなされた。児童相談所においても、LDについて、何らかの具体的な処遇方針や処遇方法を持たなければならない時代である。それゆえ、当面児童相談所がどのような立場でこの問題に関与できるのかについて、心理判定員を中心に議論し、まとめる作業を行った。本稿を閉じるにあたって、その一部を紹介したい。

*   *   *

 確かに、LDといわれる発達的な特徴を示す児童の相談を受けることは時折あります。しかし、現段階では「学習障害」という概念を全面に打ち出した診断・指導は行っていません。現在行っていることは、通常他の相談においても実施している発達検査その他の心理検査を実施して個々の児童の発達像を把握し、その上で個々の児童の発達像(発達的な片寄りを含めて)を親や教師などの関係者に伝えて児童の発達像の理解を求めています。必要に応じて小児科医や児童精神科医の助言を求めることもあります。しかし、その段階で「学習障害」という概念を特に運用していませんし、その概念とマッチングした個別の発達援助法を特別に指導しているわけでもありません。
 またLDといわれる可能性のある相談は、われわれが受け付ける精神薄弱相談や不登校相談や性格行動上の相談などの比べて、その絶対数がはるかに少ないことも事実ではあります。
 LDといわれる障害概念については、(参考文献1、2の範囲で)了解していますし、教育界や学習障害に関する親の会などの動きの中で今日的な課題(話題)になっていることも承知しています。京都府の児童相談所にはそのような動きはまだないのですが、大阪府の児童相談所のなかでは、児相レベルで学習障害に関する学習や取り組みが開始されており、その情報を受け取ってはいます。
 「学習障害」という概念について児童相談所が否定するということはないのですが、児童相談所が中核的に取り組まなければならない課題(領域)という認識はまだありません。また、その障害概念が包括的であるからなのかも知れませんが、「学習障害」という概念が必ずしも相談を進める際のキーワードの一つとして児相職員の間に登録されてはいません。従来の方法で相談を進めることで、児童相談所的には今日まで大きな支障があったとは考えられませんし、「学習障害」としての専門的な発達援助については、しかるべき専門機関において、親のニーズにあった形で取り組まれるのが望ましいと考えています。例えば学習障害児に対する具体的なアプローチの一つに「感覚統合訓練」という方法がありますが、必要に応じて感覚統合訓練を実施してくれる専門機関を紹介したという事例が過去に数例ありました。

 W 要 約      省 略。


参考文献

1 American Psychiatric Association : Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders.3rd ed.,revised. APA, Washington,D.C.,1987.
2 上野 一彦:「日本における学習障害(LD)児の理解と教育的対応」; 厚生省 編「平成2年度全国児童相談所職員研修会心理判定員の部 資料集」より 1990.
3 R.Zazzo : Manuel pour l'examen Psychologique de l'enfant 1,Delachaux et Niestle ,1969.

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