その後のD氏


  1998.7.1. up. 改訂版

 香港へ行ったOYAJIたちのパソコンは、いったいいかなる顛末をたどったのか。きっと哀れな末路やと思いきや、そのいずれもが結構いい線いっている(Dr.Kだけが永遠の自己循環となっているが…)。 その後、一番幅広くパソコンライフを楽しんでいるのはD氏であろう。ワープロ、住所録、データベース、名刺作成ソフト、ドローイングソフト、ゲーム…。いずれも結構手放せなくなっているようだ。

 H氏がEメールにはまりだした頃、D氏は「Eメールはいまいちや。返信モードちゅーのもよくわからん」と言っていた。それまで、何かといえば完結したことのないH氏が、「返信モードというのは***。マニュアル読めば、****」と明らかに優越感を覚えている。

 しかし今では、メールの量の多さと幅の広さで、彼が一番Eメールの世界にはまっている。D氏に、「Eメール、我が意を得たり…」とD氏を開眼させたのは、ほかでもないH氏の功績である。H氏は、Eメールを送信できる喜びに動機づけられて、D氏に宛ててメールをじゃんじゃん送りだしたから(ほかに送り先ないんか…!?)、嫌でも返事の書き方をマスターしたようであった。もっともこのH氏のサポートは、相手方をサポートするといった明確な意志などなかったろう。ある時は、画像付きのメールを送りといって巨大なビットマップ形式の画像を送ったから、D氏はそれをダウンロードするのに15分以上かかったそうである。まさに<メール・ボンブ>と呼ぶにふさわしいのだが、そんな怪しげなものにも対応するうちに、少しづつ力をつけてゆくものなのだろう。

 怪しげなメーラーのH氏に鍛えられて、D氏はEメール熟達の道を歩み始める。そんな時、彼のブラウザつきのメールソフトがおかしくなった。そういえば彼はこのころはまだNETSCAPE Ver2.01 を使っていたんだ。そして極めつけは、またまたH氏の登場によってである。H氏はD氏に、HTMLメールなる代物を送り出す。H氏にHTMLメールの指南をしたのは私なのだが、届けられたメールをD氏が読むと、読めない、開かない、文字化けする…など、惨憺たる結果であったらしい。そして揚げ句の果てにメールソフトがおかしくなったのだという。

 これを直せと言ってきた。原因などよく分からなかったが、新型メールが読めないなどがあるので、D氏にブラウザのバージョンアップを勧める。

 「よーわからんけど、とにかく頼む!!」

 いつものよいかげんな返事である。Internet Exproler Ver.4.01 でいいかと尋ねると、YESの返事であった。というより、Noを出す根拠がないのかもしれない。というわけで、メールソフトは OUTLOOK EXPRESS ということになった。そして、このメールソフトが少し自由に使えるようになり、メールの分類になれ始めた頃から、Eメールに我が意を得だしたのであった。
 彼いわく、Eメールは手紙のような時候の挨拶がいらず、電話ほど長々しくない。しかも読みたいときに取り出して、配送は超速達…。こんなところが気に入ったようであった。

 彼には成人した息子がおり、一人で暮らし始めている。旧型モデルのパソコンを息子に譲り、今では息子氏ともメールの交換をしている。結構タイムリーなやりとりになっているのだという。ところで、D junior 氏も、インターネットに接続しようとするとなかなかうまくいかなかった。junior氏が近くにすんでいること、私の先輩であるD氏にはこれまでからいろいろとお世話になっていることもあり、日頃のご恩返しのつもりで、junior氏の下宿まで出前設定することを決めた。これは当方からの押し掛けセールスである。junior氏が一喜一憂しながら画面を見てくれているので、スピーディーに接続しようと頑張ってみた。しかしこんな時はどこかで意地悪するのがパソコンのようで、9割5分完了し、もう一歩で完了という時に限って、OSからの、「不正な処理をしたので強制終了します」(ジャーン!!)という傍若無人なエラーメッセージがかえってくる。後は、何度繰り返しても「ジャーン!!」である。意地悪なメッセージに悩まされ続けながら、なんとか接続させることができた。

 D氏のEメールに関しては、その後はすこぶる順調である(というより快調そのものだ)。よくメールが届く。彼のメールは長くないのがよい。ある時、彼のパソコンを見ることがあったが、メールソフトを見ると、いくつものフォルダーが作成されていた。その中に、柴田というフォルダーもあった。私からのメールと私へのメールが格納されている。Very good である。その昔、彼がパソコンを始めた頃、エコロジーというソフトの有効性を私が何度も力説したのに、彼がちっとも理解しないことを思い出した。ファイル、ディレクトリー…、いったい何のこっちゃ…。長らくそう言っていたD氏であったが、以上の概念を理解したときに、ハードディスクの中身がすっきりし、ファイル管理に長足の進歩を見せたのである。今回は、そのメール版だった。フォルダーの概念を理解するのに、あまり時間を要しなかったのである。

 彼はほかにもいろんなソフトを活用し始めている。「名刺郎」というソフトで自分バージョンの名刺を数種類作り、彼は結構気に入っていた。データベースは、私が設計したとはいえ、注文してきたフォームを結構使いこなしている。<京大カード>をパソコンのカード型データベースに置き直して使っている。その都度のメモ集なのだが、キーワード検索をすると、イメージの束が出てくる。自分風日記にもなる。これを知恵袋のように使っているようだ。住所録だけは息詰まったようで、「筆***」というソフトを購入するがままならない。そのため、ソフトをあてにした今年の正月は、結局失敗だったという経緯がある。ここのところは、「筆まめ」で成功したK氏の<蘊蓄>が勝っており、K氏からそのあたりのサポートもあって無事乗り切ったようだ。サポートといえば、D氏のEメールの進歩をサポートしたのは、間違いなくあのH氏である。

 OYAJI間のサポートネットワークが、少しづつ出来始めているのかもしれない。

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