その後のK氏


  1998.6.30. up.

 香港へ行ったOYAJIたちのパソコンは、いったいいかなる顛末をたどったのか。きっと哀れな末路やと思いきや、そのいずれもが結構いい線いっている(Dr.Kだけが永遠の自己循環となっているが…)。 用心深いのか、爆走の気配があるのかよく分からなかったK氏が、マシーンのグレードで言えば大躍進を遂げるのである。

 NEC PC9821 V12 でスタートしたと前回は紹介した。文筆家の彼は、ワープロソフトだけは一言居士となっていた。スタートは一太郎のVer.6.3。私などは、文字が打て、印刷できればそれでよい口なのだが、彼はワープロソフトの細かな付加機能も知りたがった。「パーフェクト***」とかいったマニュアル本も購入し、うまく使いこなせないまま(本に記述された内容がよく分からないまま)、「ウーン…」とうなっている日もあったと記憶する。

 しかし、世間の情勢はどんどん進んで、一太郎は、Ver.7 からVer.8 へと進化していった。そしてK氏はその流れに乗っていくのである。OCRというものが便利であるということも知り、OCRソフトとスキャナーを導入した。これで文書の引用がずいぶん活発になったのである。用心深かった彼が、ことワープロに関しては、急進的かつ大胆である。そして、このマシーンを使って大量の文章を書きまくり、レーザープリンターで大量に印字していた。

 すると、マシーンの限界が見えてくる。職場に新製品や怪しげかもしれないと見まがう通信販売マシーンの購入をあれこれ画策する後輩がおり、後輩にあおられてとてつもない最新鋭機種を購入する。GATEWAYのPENTIUM 2 ,300MHz、ハードディスクが8ギガという代物である。冬のボーナスが出て、2〜3ヶ月は相変わらずいろんなものを調べてはしおしおしながら、ドカンと買うのである。旧機種の V12は職場に持ち込み、晴れてパソコンの二重生活も果たした。D氏などは、「8ギガも、どないするねん!! そんなん、中身はほんまはカスカスやろが…」とあきれ果てていた。それでも、8ギガである。キロ、メガ、ギガ、…もう無敵というか、とどまるところを知らない。

 爆走するともう止まらないのか、ごく最近には、やはりGATEWAY のノートパソコンの購入したのだ。そして、初代のV12 はどうも引退してしまったようだ。

 この爆走ぶりには私などもはやついてはいけない。なにせ私のメインマシーンは EPSON PC486ME, CPU はいまだに80486 DX2 66MHz なのである。これになんとか WINDOWS95 を載せ、生き延びている次第であるので、口惜しいことおびただしい。やれることはいろいろやっているから、それで十分だと自らを慰めてみても、OSの起動の遅さを毎日味わいながら、口惜しさがこみ上げてくる。

 ともあれ、このK氏もパソコンの恩恵を自分のものにしたのだから万々歳である。もはやワープロ時代になんて戻れないとも言っているからなおのことそうである。

 「しかし、うらやましー!!」

 嫉妬ついでに悪口を2,3発。
 ひとつ、彼のパソコンは、ワープロ以外にはほとんど役に立っておらない。せいぜい「筆まめ」をいれて、住所管理をしているらしい(でも、古いデータをテキスト形式に直し、自分でデータコンバートできたのは立派!! わぁわぁ言いながらも、なんだか郵便番号の7桁化も終えたようだ)。
 ふたつ、データベースを何とかしたいと思っているらしく、The Card 7 を購入するも、設計されたデータベースの数はゼロのまま放置。データのないデータベースなんて最低だ!! 
 みっつ、インターネット開設の見通しは皆無に近い。「この冬には…」「この春には…」「この夏には…」こんなせりふを幾度聞いたことか。そして結果は、夏も近づく八十八夜になっても、接続される気配がない。夏至になってもまだ気配すらない。きっと立秋もそうだろう。それゆえ、OYAJI族の中では、K氏だけがEメールを受け取ることができないのだ!!

 それでも、パソコンが自分の武器になっているのは、優秀、優秀… !! くれぐれもクラッシュさせないでね。

交友録のページへ戻る