PM11:40頃のTEL.は、娘のお友達か、さもなくばDr.Kである。Dr.K、もちろんドジャースの野茂ではない。彼は臨床家で、私の家族療法の師匠の一人に当たる。Kさんはいったい何台のパソコンを持っているのだろうか。私の知っている限りでは<ノートパソコン>4台であるが、もっとあるのかも知れない。そしてそれらのマシーンのすべてに、その都度私が深く・厳しく関わることになろうとは、数年前には想像だにしなかった。
「症例の集約をしたいから…」と、表計算ソフトやデータベースソフトのデザインの作成を依頼してきたのが<事始め>であった。入力項目は100以上。そして項目のそれぞれに複雑な意味があり、それぞれがどのように関連しあうのかを理解するのに随分時間がかかった。
「ワンタッチで入力できないか…」「セレクト入力…」「…のような処理はできるか…」「ほかのソフトにデータコンバートはできるか…」「一旦入力したデータを再利用できるか…」「*?☆@…」「※¥◎@…」
とにかくオーダーの速射砲だった。しかも速射砲を撃つごとに彼の中でイメージがどんどん膨らんでくるのか、「これもできるか…」「あれもできるか…」とオーダーの変更である。
気持ちが走り出すともう止まらないのがDr.Kの特徴である。度重なる電話攻撃を受け、「*☆★は…」「¥※@は…」と、次々に電話口でややこしいことを早口で言い出す。いくら何でも、私としてもやってみないとわからないこともあるのに…。
ソフトウェアー上の制約などによって不可能なことでも、彼は「何とかせよ…」と言う。いくら何でもムチャクチャである。どうも彼の辞書には「不可能」という文字はないらしい。しかし、このムチャクチャが、しばらくして私の中で別の知恵を産み出すこともあった。そんな時は、彼は子どものように喜んだ。
やがて何も言ってこなくなった。このデータ処理方法が、その後どのように役だったのかを私は知らない。
この時点で、彼は3台のノートパソコンを持っていた。そして、そのそれぞれに上に述べたデータ処理ができるように、そして自分が使っているワープロソフトが自由に使えるように、またメニュー画面も同じになるようにすべて設定してほしいという。
ある日、彼は山盛りの機械やフロッピーを持って我が家にやってきた。相変わらず注文がうるさいが、大局的見地からそれは無視することにした。ハードディスクの初期化から初めて、MS-DOSのインストール、環境設定、ソフトのインストール…。一見順調に進むかに見えた。しかし伏兵があったのだ。
彼が使用しているワープロソフトは<テラ・クイーン>というマイナーなソフトで
、MS-DOS ver.5.0 の上では動かないことがやがてわかってきた。このソフトが動く環境設定の仕方もいちからの勉強であった。しかし、まだまだややこしいことがあった。彼が従来使用していたフロッピー起動の<テラ・クイーン>のソフトには、フロッピー起動では問題がなくても、ハードディスクに入れると欠陥があったのだ。もう一台のパソコンには、<テラ・クイーン>はハードディスクに入っていたので、それとフロッピーに入っているものの違いを見つけるのに随分手間がかかった。更に、外付けメモリーの種類や、使用するデバイスドライバ、更にコンベンショナルメモリーの空き具合によって、<テラ・クイーン>が動かなかったりその動作環境が微妙に変わるのであった。そして、Dr.Kのオーダーは、「完全に動くように!!」であった。あれこれの苦労も知らないで…。
彼の持っていた最新機種は、一太郎 Ver.5 がプレインストールされている、MS-DOS Ver.5.0 仕様のものであった。これには<テラ・クイーン>はインストールできない。しかし、オーダーは「両方動くように…」であった。そこで、パーティションを切り直し、MS-DOS 3.3 と、MS-DOS 5.0 を両方インストールし、MS-DOS 3.3 での起動から<テラ・クイーン>を立ち上げようとするのだが、その時はなぜか動かなかった。そして、MS-DOS 5.0 のドライブをスリープ状態にすると、コレまたなぜか動くのである。この理由は未だにわからないままである。「両方は、あきらめなさい」と彼に言うしかなかった。しかし、「なぜなのだ」と彼は尋ねてくる。無敵の彼に説明するには、随分骨が折れた。
インターネットに憧れたのか、彼はWINDOWS 95 がプレインストールされたノートパソコンを購入した。私は未だに WINDOWS 3.1 までしか使っていないので、WINDOWS 95 のことは今一つよくわかっていなかった。
彼は、高性能パソコンを手に入れたからには、インターネットにとにかくいち早く
アクセスしたかったのである。モデムカードも手に入れた。そのデバイスを整える前に、もはやあるプロバイダーに文書で契約をしていたが、IDその他はまだ送られてきていなかった。そこであれこれあがいた結果、我慢できずの我が家への電話が開始された。
モデム設定の現状は…、プロバイダーとは今どうなっているか…。彼に理解されていないことを、私にとってもつたない WINDOWS 95 に関する話であれこれ聞いていくのであるから混迷を極めた。モデムは何とか設定でき、そこで「柴田さんのプロバイダーはどこだ?」と尋ねられた。「INFOWEB」だというと、「今すぐログイン・サインアップをする」という。「前のプロバイダーとは重なってもいい」ともいう。それなら、テルネットで、東京の***番へアクセス…となるのだが、彼にとってテルネットがどうすればいいのか…についてなにもわかっていない。詳細は省略するが、てんやわんやで何とかアクセスできた。ID や DNS(ドメインネームサーバー)その他の必要な情報は必ずメモするように、繰り返し話した。後は、インターネットセットアップウィザードで…と伝える。
しかしこの後もうまくいかない。やってもやってもアクセスできなかったようで、またまた電話攻勢に遭う。すったもんだの末、電話番号や国名その他の情報の入力ミスであったとやっとわかった始末である。ともあれ、ネットサーフィンはできるようになった。
しかし、問題はまだまだあった。E-MAIL がうまくいかない。彼はこの頃はインターネットエクスプローラを使用していたから、メールはいったいなにで読み書きしようとしていたのだろうか。これもあれこれあって、どんなソフトを使用したのかは定かでないのだが、何とかメールにも手を着けることができた。
「自分のメールが届かない」「読めるかどうか、テストメールを送れ」「今やっと送れたと思うが、どうもうまくいったかどうかわからないので、返事をくれ」…。てんやわんやである。そして走り出したらとにかく<待った>がきかない。そして、私宛のメールを開いてみると、Dr.Kからの同様のメールが、なんと24通も届いていたのであった。
その後も、Dr.Kのパソコン世界は膨張の一途をたどった。外付けCD−ROM、SCSIカード、外付けハードディスク…。ところで問題はSCSI接続のハードディスクから生じた。PC・SCSIカードを介してハードディスクを接続しようとしたのだが、彼の手持ちのSCSIカードはCD−ROM専用で、ハードディスクを認識してくれなかった。一方でそのハードディスクを初期化し、領域確保をする必要があった。オマケに、彼のノートパソコンは WINDOWS 95 が起動するだけのものであった。ハードディスクのマニュアルには、WINDOWS を一旦終了し、MS-DOS モードで起動し直した上で、初期化のユーティリティーを使ってハードディスクを初期化するように…とある。彼がそれをするという。
その電話を受けた時、私には大きな心配があった。PCカードがハードディスクを認識しないのでは、手順通りにやっても標的のハードディスクには行き着かない。それならば、そこで認識されるハードディスクは内蔵ディスクであるから、これを初期化してはいけない。SCSIとSACIの違いや、識別の仕方などを繰り返し説明し、「言っておきますが、くれぐれも内蔵ディスクを初期化しないように!!」ということを、電話の話の中で6回も強く繰り返した。
ところが翌日のDr.Kからの電話で、彼は「初期化してしまった!!」とのことだった。あれだけ口を酸っぱくしていったのに…。彼のパソコンはCD−ROM内蔵ではなく、外付けのCD−ROMによるものだった。だからバックアップ用の WINDOWS のシステムディスクは添付されていなかった。完全にギブアップである。これにはどうすることもできなかった。彼はあちこちに問い合わせをしまくり、かなりの時間がたって WINDOWS 95 のシステムディスクを購入し復帰しようとした。
しかし、ここから先が難解であった。PCカードを介してCD−ROMを起動させる方式で、セットアップフロッピーディスクからセットアップをしなければならない。セットアップディスクの config.sys をPCカードによるCD−ROMが動作するように書き換え、必要なデバイスドライバーをフロッピーにコピーし、その上でセットアップしなければならなかったのである。彼は途中で何度も電話をしてきながら、最終的には自力で復帰させることができた。
今回だけは、Dr.Kはよく頑張ったと思った。それと同時に、人様のトラブルで私のトラブルシューティングの腕が確実に上がってくるのは何とも皮肉である。
初期化騒ぎの舌の根も乾かない頃に、またまたDr.Kからの電話。こんどは2台のパソコンが動かなくなったという。待ったのきかない彼は、またもや早速なおしてくれと現物を我が家へ持ち込んだ。我が家では、「またまたK先生がなんかやってるぞ」と陰口をたたいていた数時間後の出来事だったので、「アーア…、あんなこと言ったから…」とあきれるやら、あほらしいやら…。
Dr.Kの仰せなので早速みてみると、一台はレジューム機能のトラブルだけであった。彼のような者にレジュームを使わせるべきではない。そしてもう一台もそんなところかと安易にみてみると、どうもそんなに甘いものではないことがわかってくる。そして結論は、ハードディスクのクラッシュだった。これには初期化してやり直すしかない。彼がパソコンを2台持ち込んでくれていたので、もう一台と同じ仕様で復帰させてあげた。性懲りもなくまた…という思うがこみ上げてくるが、彼に言っても仕方のないこと…。いっこうになにをやったのか自覚がないのだから…。
そしてその後も、Dr.Kからの電話は相変わらず飛び込んでくる。最近彼はPHSを買った。それを使って地下鉄の中からかけてくるのである。電波状態が悪い。しばらくしてぷつんと切れる。それから2分後、また電話がかかってくる…。どうも停車中はつながるのだが、トンネルの中に向かうとしばらくして切れるのである。
話の中身は相変わらず誇大妄想的で、ややこしい。CD−RとMOはどっちがよいかとか、相変わらず外付けハードディスクが動かないとか…。彼がいろんなパーツを買えば買うほど、中身が入り組み、メーカーによる規格の違いが混乱に次ぐ混乱を呼び、ますます輻輳してきて、結局なにもできないことになってしまう。そしてその結果は、Dr.Kをますますパソコン世界へと駆り立て、熱病的な悪循環はとどまるところがなくなってくるのだ。そしてその終焉は、私が***を被る結果になる。