
私は、子どもの頃、鉄道好きだった。小学校の先生に、「将来何になりたいか?」と尋ねられると、即座に「特急こだま号の運転手」と答えた子どもだった。親友のO君も鉄道好きで、当時の国鉄の踏切に、二人でよく汽車を見に行っては手を振っていた。二人は鉄道模型にもはまっており、模型を持ち寄って運転してよく遊んだ。時刻表が大好きで、模型を時刻表通りに走らせた。
時刻表といえば、親が持っていた時刻表に初めて興味を持ったのは、小学校に入学する前のことだったろうか。ポケット版のもので(おそらく日本交通公社版だったろうか)、巻頭には今と同じくグラビア写真が載っていた。初めて時刻表を手にしたのは、字が読め始めた頃だったので、グラビア解説を読むと、「大歩危」「小歩危」などと書いてあった。「おおぼけ」ってなんて変てこな所だろう。「危ない」と書いてあるから、きっとヤバイ所なんだろうか…。日本には、変なところがあるのだなぁ…というのが、鉄道に引き寄せられた最初の動機だったのだろう。こんな事に関心を持つ子どもの私もまた、おそらく変な子だったのだろう。
子どもの頃、あこがれの列車に乗ることはほとんどできなかった。親がそんなに遠方に連れて行ってくれなかったからだ。しかし、小学校5年の夏、父の職場旅行で伊豆方面につれてもらった。往路は夜行の電車急行だった。窓から夜景を眺め続け、興奮してほとんど眠れなかったが、残念ながらあこがれの特急ではなかった。そして中1の夏、O君のお父さんが富士登山に誘ってくださった。親もOKしてくれた。そして、京都から静岡までの列車が「第1こだま」だった。O君と一緒に乗ったあこがれの「こだま号」。どんなに胸がときめいたことか(帰路は急行だった)。
その後、いわゆる「鉄道マニア」にはならなかった。中学3年の頃には、趣味はクラシック音楽へと移っていった(なぜか、O君もそうだった)。でも、あこがれは心の底にずっとあったから、中学の頃は夏に親戚の米屋でバイトをして東京の叔母宅へ新幹線で一人で遊びに行き、高校2年から3年になる間の春休みには一人で広島を訪ねた(帰路は、電車特急「しおじ号」だった)。
就職し、結婚した数年後、夫婦でシベリア横断鉄道に乗るソビエト旅行ツァーに参加した。夢は、切れ切れでありながら、今日まで繋がるのである。お笑いになるだろうが、ロシア号に乗ったから、トワイライト・エクスプレスなのである。
チャーター船で、敦賀からナホトカへ。当時はウラジオストックは立ち入り禁止都市であった。寝台特急「ボストーク号」でハバロフスクへ。ハバロフスクまでは、当時の中ソ国境を通るから、外人専用列車は夜行のこの列車限りであった。寝台列車乗車体験は、これが初めてであった。そして、ハバロフスクから、途中のイルクーツクまで、「ロシア号」に乗車。モスクワまで、というわけにはいかなかったが、それでも長い旅が、全く退屈しなかった。
世界一の走行距離を誇る「ロシア号」と、我が国の「トワイライト・エクスプレス」を比べるのは不謹慎であろう。しかし、15年前にデビューした日本一の「トワイライト・エクスプレス」にずっと関心を持ち続けたのは、「ロシア号」体験がベースである。


これは当たり前のことである。だから、ここに至るまでに伏線がある。昨年の夏、夫婦で北海道を訪ねたのがそれであった。この時は、「利尻・礼文・大雪山・富良野の旅」というツァーであった。サハリンが見えるほど天候に恵まれ、大満足の旅であった。満足すると、その上のプラスαに心が動く。妻は、三浦綾子の愛読者で、旭川を訪れたのに三浦綾子関連の所はどこも行けず(夜の自由時間に、旭川六条教会まで散歩した)、次にお預けとした。美瑛の丘を走り抜けたのは大型バスであり、私は、ここを自分の運転で気ままに走りたかった。
利尻・礼文は当然よかった。礼文町のホームページに「今の礼文」というコーナーがあり、厳冬の礼文島から見た利尻岳のライブ写真のページを毎日チェックしていた。そして、この夏、やはり北海道へ行こうかということになり、まずトワイライト・エクスプレスに乗るプランが急浮上した。「札幌フリープランとトワイライト・エクスプレスの旅」というツァーを見つけ、即決してしまった。B寝台個室ツイン・フランス料理フルコースぐらいまでが、私たちの分相応クラスだろう。





かくして、2004年の夏も北海道へ行くこととなった。いきは空路。伊丹空港発のJAL便だったが、この便には、今年の高校野球で優勝した駒澤大学附属苫小牧高校の関係者が多数乗っていた(選手たちはいなかった?!)。空港ロビーや機内でのアナウンスが、優勝をたたえて、拍手が巻き起こる。思わず、凱旋気分の仲間入りができた旅立ちだった。スチュワーデスから、「関係者の方ですか」と尋ねられた。
道内での事はパスである。塩狩峠を訪ねたので、このときの写真その他を少しご紹介しよう。スナップを撮った後、すぐに上りの「スーパー宗谷2号」が通り過ぎていった。

乗車するトワイライト・エクスプレスは、ツァー専用の団体列車で、定期便ではない。「まがい物」が登場するのではないだろうか。そんな不安が少しあった。13:25、札幌駅北口の団体専用待合い集合であった。14:05発車の40分前に集合である。最初のツァー案内には、「出発は14時頃」としか書かれていなかった。そして、確定した時刻は、定期便と同じであった。
団体乗車なので切符はない。添乗員の旗に導かれて団体改札を通る。6号車6B室。これが我々のためにリザーブされている。4番ホームへの階段を上ると、そこが旅の始まりである。
