< 証し 1 >
私は関西在住の35歳の男性同性愛者です。キリストの風集会に初めて出席
したのが1996年で、この7年間ほぼ毎月出席しています。それまでは、地元の
福音系の教会に出席していましたが、自分のセクシュアリティをオープンにでき
ず、それどころか否定されるようなメッセージを聞かされて、『自分は神の不良品』
だと思わされていました。
キリストの風集会に出席してからは、さまざまなセクシュアリティの仲間と出会う
ことができ、またセクシュアリティは自分の意志で変えられないことを実感し、私は
『神の不良品』ではなく、ありのままの私を神が創造し、愛して下さっていることに
気づかされました。 しかし、それで私の問題が全て解決したわけではなく、現在私は日曜日の礼拝に
出席することができる教会がないという新たな問題を抱えています。キリストの風集会に出席して以来、私は自分に自信を持つことができるようになり、教会員や牧師に
カミングアウトしたけれど、理解しようとしてくれず、地元の福音系の教会を離れ、
セクシュアリティに理解のある牧師を頼って地元ではない地方の教会に転会し、月に
一度日曜日の礼拝に出席するようになりました。
しかしそこでも、教会員の無神経な発言や、また牧師が代わったことなどにより、行けなくなってしまいました。そこで
今私が望むのは、牧師がセクシュアリティに理解を示してくれることはもちろん、教会員にもちゃんと教育してくれて、その牧師がやめてしまっても、私たち性的少数者
の居場所がちゃんと確保できる教会を地元で見付けることです。どうか私にも安心し
て出席できる地元の教会を、誰か教えて下さい。
(関西在住)
< 証し 2 >
私は39歳のゲイ・クリスチャンです。 3代目のクリスチャンで、祖父をはじめとして、亡くなった人も含めると、
少なくとも9人の牧師および聖職者が、母方の親戚の中にいます。 つまり非常にクリスチャンクリスチャンした家系に生を受け、育ってきた
と言えます。
そんな中に育つ中で、自分がゲイであることを自覚することは非常に苦痛なことでした。 プロテスタントのある種の教会の中には、
人間の様々な属性が神からの恵みであり、人と違っていても自分が祝福されていると思っていいんだよ、というメッセージを伝えている
教会もありますが、私の身近にあった教会は、性的少数者に無知・無頓着で、説教の中に「同性愛はいけない」というメッセージを何度も
受け取りました。 イエス・キリストに、「あなた方の中で、罪の無い人がこの女を石で打ちなさい」と言われて、石を手に取ることができなかった人でさえもが、「同性愛者は悪いことをしているのだから、石で打っていいのですよ」とでも聞こえるメッセージです。
それはどんどん拡大解釈され、「同性愛者を石で打てば、あなたは義とされます」となり、「同性愛者を石で打たなければ、あなたは地獄へ
堕ちます」となります。 同性愛者は、ある意味で非常にキリスト教的でない現代の生け贄とされてしまっているのです。
そんな環境におかれたゲイ・クリスチャンには、次のような選択肢があります。 @自己を否定しつつ、教会に連なり続ける。 Aキリストを
主と仰ぎつつ、誤謬と欺瞞に満ちた人間の集団である教会と距離を置く。 B教会を捨てる。 〜 中略 〜
私はキリストを主と仰ぎつつ、教会と距離を置いています。 しかし私は、自分を偽らずに済む教会を主が備えてくださり、いつか私を教会に戻してくださることを信じています。
(東京都在住)
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