多々良木小学校は明治9年に設立され(中川小学校歴史には明治7年1月の記述があるが内容は不明)、以来110年間、多々良木地区百数十戸の家庭の児童が通う学校として存続した。しかし、過疎化/少子化の影響を受けて児童数が減少し続け、遂に昭和61年3月に閉校となった。
学校は多々良木のほぼ中央 中村地区にあり、建物としては2階建ての木造校舎と講堂があった(昭和33年に新校舎落成のようである)。後年には幼稚園も同じ校舎内の一教室に併設された。校庭はトラック1周100mもとれないほどの狭いものであったが、運動会には大人も一緒になって走り回った。
在籍児童数は団塊の世代が在籍した昭和33年度の108をピークに、34-35年度に100を越えた程度で、昭和30年代後半から年々減少の一途を辿り、最終年度となった昭和60年にはピーク時の約1/3の35名という状況であった。この時、わずか二人だけという学年もあったようだ。2学年で1学級など複式学級の時期もあったと聞く。一人だけの卒業生の寒村の学校が時々ニュースになることもあるので、そこまで小さいわけではないが、普通は35名というのは全校生の数ではなく一クラスの人数という感覚である。
昭和61年4月以降は5km以上も離れた中川小学校に統合され、生徒はバスで送り迎えされて通学しているようだ。
現在、学校の跡地には集会場が建てられ、校庭跡に残る二宮尊徳像、鉄棒、ジャングルジム、ブランコ、滑り台、サッカー(ハンドボール?)のゴール、ローラーなどが往年を偲ばせるが、いずれも錆び果てた姿は侘しい。
最近の跡地の写真
今井広史先生が作詞された各地の学校の校歌
| 夕 や け 空 に 夢 を か く |
多 々 良 木 の 子 は 手 を ふ っ て |
栗 の 実 栗 の 実 あ ふ れ る 健 康 |
学 ぶ わ れ ら は 栗 の 実 よ |
二 も み じ の 秋 の ふ る さ と に |
朝 や け 空 に 虹 を よ ぶ |
多 々 良 木 の 子 は 胸 は っ て |
若 竹 若 竹 伸 び ゆ く 希 望 |
育 つ わ れ ら は 若 竹 よ |
一 み ど り の 谷 間 ふ る さ と に |
二 宮 正 美 作 曲 |
今 井 広 史 作 詞 |
多 々 良 木 小 学 校 校 歌 |
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