ブラックバスの政治経済学

  2005年4月
 小川 昭
1.はじめに

 オオクチバス、いわゆるブラックバスが「在来種を食い尽くす」という妄想に取り付かれた、
「バス害魚論」がかまびすしい。日本国「固有」の生態系に被害を与える外来種を「特定外来生
物」に指定し、飼育・遺棄などを規制する「外来種被害防止法(2004年成立)」の6月施行にむけ
た過程で、マスコミ各社を含め、ある種の集団ヒステリー状態にある。しかし、実はこの状況に
は日本の政治社会情勢が複雑に投影されており、単純なものではない。この悲喜劇=バス駆
除狂想曲を魚類学者の観点から冷静に批判した好書『魔魚狩り』(東京海洋大学教授・環境省
特定外来生物諮問委員 水口憲哉著 フライの雑誌社刊)を下敷きに、一種の社会問題化し
たこのテーマを整理したい。同書はほぼ季刊『フライの雑誌』「釣り場時評」欄の連載エッセー
をまとめたもので、本論のテーマについてまとまった論文ではない。そこで筆者独自の視点も
加えて再構成する。


2.バスは在来種を食い尽くせない

 冷静に考えれば当然だが、肉食動物は食物連鎖のピラミッドなかで上位に付き、その個体
数は少ない。これは中学生でも知っている常識である。サバンナのライオンは捕食動物が干
ばつで減ればその数を減らすし、そもそも食い尽くさない。バス駆除集団ヒステリーに巻き込ま
れている人にはこれがなぜ理解できないのか。実際、環境省がさぞかし外来魚が繁殖してい
るだろうと2004年4月に実施した、皇居外苑・牛が淵濠「水質状況調査・ゴミ清掃及び在来種
保全(移入種駆除を含む)作業」では、捕獲された魚種の87%が在来種で、ブラックバスの個体
数は0.6%にすぎなかった。71%はモツゴ、12%ヌマチチブ、12%ブルーギル、他種は1.3〜0.
02%で多い順に、ウナギ、コイ、トウヨシノボリ、ワカサギ、オオクチバス、コイ、ギンブナ…とな
った。もちろん、「日本」を意識させるべくわざわざ選んだ皇居の掘割は、「日本古来の生態系」
とは程遠い。汚染物質にまみれ廃棄物の多いただの汚れた沼である。この調査の結果、皮肉
にも解明されたことは、琵琶湖のような湖沼はもちろん、小規模の池、沼などの閉鎖水域で
も、「バスによる在来種の食いつくしやバスの異常増殖」は起こりえないことが「科学的に」確認
されたのである。
 では、在来種が減少した水域になぜブルーギルが一定量繁殖しているのか。これは学問的
には研究の途上にあるが、生態学上考えうることは、ブルーギルやバスなどのサンフィッシュ
科の魚は産卵床の受精卵をオスが数週間、捕食動物から守る行動により固体減少率が低い
こと、および、受精卵にエラやヒレで新鮮な水を送る行動から、汚濁した低酸素状態の湖沼で
も生息可能なためと推論できる。バス駆除派はこの稚魚保護の生態を過大に強調し、バスが
異常な繁殖力をもっていると論じるが、そうではなく、在来種の減少水域でバスなどが目立つ
のは、護岸工事で産卵床になる葦原などが減りメダカやモロコなどの希少在来種が繁殖・棲
息することができなくなった汚濁水域に、適応性の強いブルーギルが住みついているだけと、
水口憲哉は論じる。確かに、私がバスを釣るメイン池(大阪府吹田市内)は釣り糸が茶色に染
まるほど汚濁し、常に油が浮き、不法投棄されたミニバイクや自転車や自動車のバッテリーが
沈んでいるが、生息を視認するのはブルーギル、コイ、フナ、バスであり、アメリカザリガニ
すら見かけない。


3.強引で非民主的な害魚指定

 しかし、「外来種被害防止法」は今年6月施行される。何を「特定外来生物」に指定するか
は、昨秋来、各種生物学者など有識者で構成する専門家小委員会で協議されてきた。「オオク
チバス小グループ」では指定派、反対派の意見がわかれ、今年6月指定の第1次リストからは
除外されることが1月19日に合意されていた。しかし、小池百合子環境大臣が事務方の調整
に政治介入し、大臣の「鶴の一声」で、急遽「指定の目玉」としてオオクチバスがリストに追加さ
れた。小池氏は「指定が除外されるようなら環境大臣にはなにもできないことになる」と後に手
柄を自慢している。
 このリストへの国民の意見を公募する「特定外来生物選定に関するパブリックコメント」が、
37種の指定生物を対象に2005年2月3日から1カ月間募集されていたが、4月5日に集計結果
の発表があった。応募総数は11万3792件と記録的数字で、オオクチバスに関する意見が10万
7815件。選定反対の意見が9万5620件、賛成の意見が1万2195件。オオクチバスの選定に対
する反対意見は、実に37種へのコメント全体の84%を占めていたが、「結論を変更する必要が
ある意見は提出されなかった」と、圧倒的多数の声は無視され、オオクチバスの指定は適切と
された。パブコメは「国民の意見は聞きました」との単なるセレモニーに過ぎなかったのか。こ
のまま閣議決定されると、オオクチバスも6月1日から「特定外来生物」になる。選定過程への
政治介入、パブコメの無視など、到底民主的とは言えない強引な手法の背景になにがあるの
かを検討する。


4.バス駆除論の政治背景に利権

 一般マスコミの描き方はこうだ・・・@バスは在来種を食い尽くすAスポーツフィッシングとして
定着したバス釣りは巨大産業となっておりB釣具メーカーを中心とする釣業界が圧力団体(日
本釣振興会)を通じて綿貫民輔(衆議院議員・自民・富山3区・郵政族のドン)をチャンネルに利
権のために反対している・・・。なるほど、わかりやすい。事実そういう側面もあろう。旧保守・利
権・抵抗勢力と改革(自然)派の戦いとの図式は小泉「改革」ブームの基礎シェーマである。政
党を媒介に利益集団がロビー活動を展開する圧力団体政治は、かつて民主政の一形態と肯
定的に見られていたが、最近は「不透明」としてまったく人気がない。しかし、事実はもう少し複
雑なようだ。バス駆除派の構成とその動機をみよう。
 ブラックバスを駆除せよ、バスフィッシングを禁止せよ、と声高に主張する有力団体のひとつ
に日本内水面漁業協同組合連合会があり、桜井新会長は、各種シンポジウムで駆除論の急
先鋒に立つ論客である。内水面漁協とは全国の河川や池、湖沼での漁業権を管理する組合
で、鮎やアマゴ、ヤマメ、ワカサギ、ニジマス、ブラウントラウト、サツキマス、サクラマス、ビワマ
スなどの遊魚料を釣り人から徴収することで収入を得ている人々の団体である。彼らは海の
漁師らと異なり、通例、漁業専業を生業とするのではなく、構成員の多くは農業用水等の水利
組合員とも重複した農業・林業ほかとの兼業である(ちなみに霞ヶ浦や琵琶湖は法規上「海面」
あつかいであり内水面ではない)。
 「漁業権」を副収入源とする彼らは特に高度成長期以降、上記の魚類を養殖・放流し、養殖
成魚の出荷や釣り人からの遊漁料収入を得るほかに、ダムや河口堰、河川改修、砂利採取
などと引き換えの漁業権補償金を得てきた。ところが、昨今の新自由主義国家化による「小さ
な国家」政策と、国民の環境保護意識の定着と批判による公共土木工事の減少、および、在
来種・外来種を問わない養殖と放流による魚のウイルス感染症(鮎と銀ザケの冷水病、コイヘ
ルペスなど)拡大、釣り客のレジャーフッシング対象魚の変化(渓流・鮎・フナ釣りからバスへ)に
よる漁獲・遊魚収入の減少という二重苦にあえいでいる。「バスでアユやワカサギの漁獲量が
減った」と彼らは主張するが、根拠となるデータは提出できていない。
 生物多様性条約の本旨である「生物多様性と固有種の保護」という観点からすれば、彼らが
行ってきた外来魚(ニジマス、イトウ、ブラウントラウト、ビワマス)の養殖と放流や、在来種(アマ
ゴ、ヤマメ)との交雑こそ問題なのだが、一向に「駆除」「禁止」の声を聞かないのは偶然ではな
い。それは大事な「商売」からだ。実際、事業長良川河口堰建設では、絶滅危惧種であるサツ
キマス(アマゴの降海型亜種)の保護問題に対し、「アマゴは養殖できるから絶滅するわけでは
ない」と建設省・水資源開発公団の圧力に屈する形で環境庁(当時)はサツキマスをレッドデー
タブックからはずしている。この時手を貸した学者が細谷和海近畿大学教授(当時水産庁職
員・京都大学出身)である。


5.御用学閥による事実の歪曲とナショナリズム

 川那部浩哉京都大学名誉教授とその弟子筋の学者たちは、実は最も先鋭的にバス駆除論
を唱えている。彼らが関係する日本魚類学界、生物多様性研究会、応用生態工学研究会、京
都大学、滋賀大学、三重大学につらなるアカデミズムの論壇こそ、バス駆除論の「科学的」体
裁を担保させる総本山である。水口が批判する学者はほかに滋賀県立琵琶湖博物館の中井
克樹(京大理学部出身)や森誠一(三重大学教授・京大理学部出身)などがいる。川那らは琵琶
湖総合開発計画、宍道湖中湖干拓計画など、国民から「無駄な公共事業」と批判される公共
事業の環境アセスメント研究を行い、当該地域の漁業権をもつ漁協・漁連に漁業補償を行う
際の基礎資料を提供するという「大切な」役割を担っていた。彼らが請け負った琵琶湖総合開
発の一般調査目的は、「堅田守山間のダム建設のために、南北両湖が社遮断され、また北湖
が水位変動することによる、水産資源への影響の基礎資料」を得ることにあると明記されてお
り、結局、琵琶湖は湖全体に人口護岸をつくり水瓶化し、水位変動を利水のために調整するこ
とになった。その結果、沿岸水草帯と藻場の喪失、稚魚の育成場の喪失がおこり、90年代か
ら、ブルーギルやブラックバスも含めて、「全ての」魚種の漁獲高が減少する傾向が顕著にな
った。
 環境省自身が発行している絶滅危惧・希少生物種「レッドデータブック」ですら、在来種や絶
滅危惧種の存在を脅かす原因の95%は「開発」「埋め立て」、生活雑排水や工業排水、農薬
散布などによる「汚染」であると認め、外来魚による影響は5%と明記している。ところが、大型
公共事業開発に利権を持つ政財官学界の人物は大勢いて、そこに焦点が当たることを恐れ
ているので、適当な「犯人」が欲しいというわけになる。そこで、学問や科学の体裁と権威を整
えるために、「バス被害研究」には日本学術振興会などの「調査費」「研究費」が支給されるよ
うになり、カネと論文発表の機会がほしい学者らは、土建国家体制がほしい一面的データを量
産することになる。だが、環境省の「ブラックバス、ブルーギルが在来生物群集および生態系
に与える影響と対策委員会」が同省に提出した報告書にすら、「侵入、定着することで本邦の
湖沼生態系がどのような影響を受けているかについての知見はほとんどなかった」と明記され
ている。
 さらに、上記の魚類研究者らの本来の研究対象魚は軒並み淡水魚、しかもモロコ、タナゴ、
トゲウオ、ゲンゴロウブナなど、商業漁業の対象でもレジャーフィッシングの対象でもない、地
味な、市場経済社会からはほとんど関心を払われない魚たちである。海洋水産資源として注
目されてきた魚たちとはことなり、これまでドウデモイイと社会的に思われてきたこれら希少種
の保護が、「重要である」と彼らが社会にアピールするには、資本主義経済的に無価値な魚で
あるがゆえに、「日本固有の種を守れ」と、ナショナリズムに訴えることが有効で手っ取り早く、
しかも時流にあっているというわけであろう。
 水口とは別に調べたが、淀太我(三重大学)にいたっては、「日本の遊魚は、…鷹狩りなどと
同じく武士道に近い趣味として…発展」し、「自発的に生まれたマナーやルールを重んじた独特
のコミュニティー」で「川や湖の番人」で、釣り場の「管理を自主的に行ってきた」が「バサー(バ
ス釣り人)は異なる範疇の存在」などとバス釣り愛好者を蔑視する、魚類学者らしからぬ「文化
論」にまで筆をすべらせている(水研センター「研報」12 10-24 H16年)。高度成長期以降の
大衆化されたレジャーとしての釣りは、バスに限らず大衆化されており、とても「武士道」などで
はない。化学飼料や集魚剤入りの「練りエサ」を大量に撒き散らし、閉鎖水域の異常な富栄養
化によるプランクトンの増殖やアオコの発生という、環境汚染に「貢献」するヘラブナ釣り(日本
の「伝統的」スポーツフィッシング。食べずにキャッチ&リリース=他水域ではなく釣ったその場
への解放)の、どこが「武士道」なのか、冷水病ウイルス汚染の養殖アユを用いた「友アユ釣り」
は武士道か、理解に苦しむ。また、バス釣り客に限らず、ラインや餌袋、釣針、ゴミの放置・遺
棄など、一部釣り客のマナーの悪さは何を対象とする遊魚でもほぼ等しいことは、実際に釣り
場に行ってみれば一目瞭然なのに、希少魚を偏愛するナショナリストの目には映らないのか。
 商業的に無価値な生物の生育環境を守ることが人類社会の持続的発展にとって大切です
よ、と訴えることは、極めて骨の折れる作業だから、安直にナショナリズムに訴えてしまうので
ある。いきおい、生物多様性研究会のように、水産庁や環境省が提唱してきた、バスと在来種
のゾーニング(棲みわけ)を頑なに拒否する。そして、日本魚類学界自身の調査でも、国内43都
道府県、761箇所の河川・湖沼調査で、703箇所に生息するなど、国内の水域にすでに広汎に
生息・定着しているのに、できもしない駆除・撲滅に力が入る。何のことはない、「無駄な公共
事業による環境破壊問題から国民の目をそらさせる煙幕」、これがブラックバス駆除論大流行
の正体であり、「魔魚狩り」の実態である。


6.魔魚狩りは右傾化社会の一表現形態

 かくて、オオクチバスはスケープゴートにされ、@大型の魚食性魚類Aあだ名もブラックバス
B人為的な放流で拡大したC外来魚、という理由で「魔魚」の烙印が押されて「火あぶりの刑」
に処せれることになった。
 無駄な公共事業による環境破壊は安泰で、建設業者も国土交通省も安泰。収入減にあえぐ
内水面漁業協同組合連合会連は、従前の公共事業に伴う「漁業補償金」に加え、不可能だか
ら永遠に続く「バス駆除・防除費」を国・自治体に請求する利権にありつけることになったわけ
である。三位一体の改革で予算難にあえぐ田舎の自治体の中には、バス駆除事業への政府
補助を失業者の雇用対策としている例すら出始めた(秋田県など)。日本魚類学界のメンバー
は、河川や湖沼の乱開発反対という本当の敵と戦うリスクを回避しながら、在来種減少のマイ
ナー要因である「バス退治で私たちは在来種の希少淡水魚を守る努力をいたしました」と言い
訳もできる。
 国際的な環境問題の盛り上がりで省に格上げされたものの、もともと開発主義国家政策の
中で国民への言い訳でしかなかった環境「庁」はこれまで確たる「省益」もなかったが、これか
らは家電製品への「エコマーク」認定をはじめ、この種の利権がうまれる。小泉内閣の国民向
けの「ソフトな顔」としてお飾り的に同省大臣として配置された小池百合子環境相には女性の
閣僚として、キモチワルイ外来魚を退治したクリーンなイメージの「実績」ができる。バス駆除に
賛同する自民党の鳩山邦夫議員や、鳩山由紀夫ら民主党右派のナショナリスト議員は外来魚
排斥と「日本の伝統的自然を守る」という誇り高い「実績」を残せることになった。日本の構造
改革とグローバリズムで生活不安に陥って、自らを「ヒトカドの者」と思えるよすがを国家に求
めるプチ・ナショナリストが国民内部で増殖しており、翼賛社会化の様相を呈する昨今、この
「業績」は一部の「有権者に受ける」が、それでいいのか。
 国連・生物多様性条約は、1992年の国連環境開発会議の成果として日本も署名、1993年に
締結された。その目的は地球環境の野放図な開発から、@地球上の多様な生物をその生息
環境とともに保全することA生物資源を持続可能であるように利用することB遺伝資源の利
用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること、であった。しかし、「生物多様性」は、日本
では固有の政治力学の中でナショナリズムにからめとられ、いつのまにか「ニッポンの固有種
を守れ」というスローガンのもと、乱開発と自然破壊から目を背けさせる「バス駆除狂想曲」と
化してしまっている。
 バス駆除狂想曲は、左翼的でも、進歩的でもないし、いわんや民主主義とは無縁なものでし
かない。本来、バスフィッシングに社会問題があるとすれば、釣り人同士や漁業権者との諍い
を避けるための、@バス池・フナ池などの住み分け(ゾーニング)、Aこれ以上生態系を撹乱さ
せないための密放流の禁止、B他の遊魚も含めた釣りマナーの改善と環境負荷の少ない仕
掛け(タックル)の使用、などである。別次元の問題として、自然環境の保護と生物資源の有効
利用、持続可能は開発とはいかなるものか、という巨大な問題があるのである。
 今年6月以降もバス釣り自体は問題なく、環境省当局もこの間、文書等で繰り返し「本法は
釣りやキャッチ&リリースを規制するものではありません」と回答しており、釣りを楽しむ権利は
認められているが、選定が確実になったことは非常に残念である。また、秋田県・滋賀県条例
にみられるように、「逃がすな・殺せ・肥料にしろ」とバサーに強要する、いわゆるキャッチ&リ
リース禁止という、特定外来生物法の規制範囲を超える独自の規制が各自治体で制定される
なら、結果として、愛好者数十万人とも言われるバス釣り自体ができなくなる恐れがある。保団
連運動をしていてがっかりする安直な医師・医療業界バッシングもそうだが、我々は俗流マス
メディアの低次元なキャンペーンに惑わされず、モノゴトの背景や本質を見極める目と、慎重に
考察する習慣を身につけたいものである。もちろん、私はバス釣りはつづけるが、ダイオキシ
ンや重金属、化学物質中毒になりたくないので絶対に食べないし、ヘラブナ釣りやコイ釣りを
愛する年配の釣り師たちと同様に、キャッチ&リリースするだろう。


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