61年目の8月15日、ソウルで

   平山基生(ひらやまもとお) 沖縄日本から米軍基地をなくす草の根運動運営委員長

 小泉首相の靖国参拝は、ただちに、韓国に報じられました。
 8月15日は、韓国では、光復節!「光が戻ってきた」というこの言葉の中の「光」は、「ねずみ
の穴にも、光が届くことがある」という韓国での表現の中の「光」と同じです。韓国では、「光復」
の表現を、とても嬉しいときに使うようです。それは希望を意味します。
 わたしは、この8月の期間をソウルで韓国語の勉強のために、過ごしています。
 2年前に逝った父と母は、牧師でしたが、日本による朝鮮半島の植民地支配に、深い痛みを
感じていました。ことあるごとに息子の私も父母の思いを感じていました。私には、日本が朝鮮
語、韓国語を奪った歴史があるなら、私が韓国語を学ぶことで、少しでも贖罪したいという勝手
な思い込みもあります。
 たくさんの若者が行きかつているソウルの街を歩きながら、思いました。
「この人たちは、日本の植民地支配を直接は知らない、だけど、この人たちのお父さんお母さ
ん、おじいさんおばあさんは、日本人に名前まで奪われ馬鹿にされた。私自身は個人的には、
そういうことに関わる年齢ではなかった。しかし、日本人である以上、この人たちの父母、祖父
母にたいして犯した罪を絶対に忘れてはいけない」と。
 会社を定年退職し、ヨン様ことぺヨンジュン氏が好きで、韓国語を勉強しに来ているある日本
女性は、「61年も前のことを、いまさら、どうしろというのでしょう、私にはどうしようもない」と靖
国参拝批判の韓国の論調に、承服できないようです。その言葉を聴きながら、「被害者が<61
年前のこと>だから許しましょうと言うのならいいが、加害者のほうが<61年前のことをいまさ
ら>などという資格はないな」と思いました。
 日本の「奈良」は、韓国語の「国」を意味する「ナラ」という言葉から来ているように、古代日本
が、緒戦半島の人々、渡来人を先生にして多くのことを学んだことを思い起こさなければならな
いでしょう。
 ソウルの地下鉄では、高齢者、身障者、妊婦の席には、若い人は、空いていても決して座ら
ない、日本では、高齢者に言われても若者が席を譲らない、この差はどこから来るのでしょう
か。二つの社会は、道徳的に差があるように、いつも、思います。
 朝鮮半島の人々は、元の支配下元軍として以外は日本に攻め込んだことはなかった。日本
は、豊臣秀吉を含め何度この半島に攻め込んだことか! 9条改憲を意図し、米軍とともに戦争
準備をしている日本の支配層の靖国戦争神社参拝に半島の人々が持つ危惧を、私も共有せ
ざるを得ないのです。さらに、半島の人びととともに「光」も共有したいものです。
 


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