@トラピチヌス修道院、五稜郭、 A
| 2007年5月6日 桜 北海道函館 →トラピチヌス修道院 →桜満開の五稜郭 →ホテル |
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| 12:35函館行 関西空港 | 出発直前、物凄い雨 | |||
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| 13:50 函館空港到着 | ||||
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| 最初に訪れたのは、トラピチヌス修道院。前に来たのは何十年前で、エェッと言うぐらい何もかも新しく綺麗になっていた。前は小石まじりのガタガタ路であった。 | まだチラホラ咲きの桜は幹が太く歴史を感じさせる | |||
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| マリア様が手を広げ迎えてくださる | ||||
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その次は、 エエッ、ルシファーだ。足元のドラゴンをやっつけている。 天上界の大天使長「ルシフェル」が堕ちて、ルシファー(サタン)となった。ルシフェルは「明けの明星」を意味し、「光を掲げる者」、「朝の子」などの称号を持っていた。「明けの明星」とは金星の事である。天使たちの中でもトップの地位にいた。大天使長という最高位にいて、かつ神からもっとも愛されていた天使であった。唯一神の玉座の右側に侍ることが許され、天使の中でも最高の気品と美しさを備えていた。 これほどの境遇にいたルシフェルがなぜ神に反抗したのか、その理由は驕り、もしくは嫉妬によるものとされている。 驕り:最高の権威と力を与えられたルシフェルはそれにうぬぼれてしまい、そこに彼の心に魔が差した。自分は他の者に服従するべき者ではないと。すなわち、自分が神を追い越せるのではと考えたのだった。そして彼は味方になる天使を集めて神に反旗を翻した。 嫉妬:ルシフェルの反乱は嫉妬から来ているとする解釈もある。神は人間を創り人間にこの上ない寵愛を注ぎ、なおかつ天使以上の優遇を与えようとした。このことが彼の不満となり、同様にそのことへの不満を抱いていた天使たち、または彼を慕っていた天使たちを集めて反乱を起こすにいたった。人間とは、後に人類の原罪を償うために受胎して地上に降り立つイエス・キリストのことである。 |
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| 神へのクーデターは結局失敗に終わり、彼ら反逆の天使たちは神が彼らを罰するために創った地獄へと追い落とされる。ルシファーは地獄でサタンと呼ばれるようになり、堕天使たちを率いる地獄の君主となる。 『創世記』に記されているアダムとイヴの楽園追放の話に現れる、イヴに禁断の木の実を食べるように誘惑した蛇こそ、サタン(ルシファー)が乗り移った蛇である。サタンと蛇のイメージが結びつけられることは多く、年経た蛇(ドラゴン)の姿で現れることもある。 |
修道院にルシファーの像があるはずが無いので、大天使ミカエルだ。足元のドラゴンがユーモラスな顔で、笑ってしまった。 最近ルシファーが回心したと、どこかで見た。フーン、考えられなかった事だ。 光の大天使ルシフェルが回心して甦りにより ガブリエル、ミカエルの三大天使と人類が三位一体となり、この度の地球創生計画を進め太陽を中心とした新しい地球時代を迎えることになるようです。 もう1度、フウーン・・・・(?) |
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![]() 1846年には、フランスのラ・サレットという小さな山村で、マキシマン・ジロー(11歳)とメラニー・マシュー(15歳)の前に聖母マリアが出現し、秘密のメッセージを伝えており、その後に、かの有名な「ルールドの奇跡」が起きている。 ファティマの話が無いよ・・・ |
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| ルルドの聖泉 |
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←オルレアンの少女ジャンヌ・ダルク ジャンヌは1425年初めて「声」を聞いた。1428年オルレアンの包囲を解いてフランスを救うようにと告げたがボードリクードに追い返された。シャルル7世、有職者共々ポワティエで3週間に渡る審理の結果、ジャンヌを認めた。勝ち進んだ1429年7月17日にシャルル7世はランスの大聖堂で戴冠式を挙げ、正式なフランス国王となった。ジャンヌは次第に宮廷内で邪魔者になり孤立してしまう。ブルゴーニュ軍に捕えられる。その後、イングランド軍に身元が引き渡されルーアンで異端審問裁判が始まる。異端者として教会から破門とイングランド軍による即時死刑を宣告され、火刑に処され、その生涯を閉じた。火刑は中世ヨーロッパのキリスト教的世界において、最も苛烈な刑罰だった。 |
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トラピチヌス修道院では、まずマドレーヌを買う。お土産といっても自分達で食べる分だから。ウン、美味しかったよ。クッキーもバター飴も今までに買っているし・・・。 | |||
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![]() 渡島(おしま)支庁 函館海峡市 晴れていれば対岸が見えるのに |
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| ここから五稜郭です 武田斐三郎(あやさぶろう) 五稜郭、弁天台場の築造、諸術調所の開設をし、終生人材育成に尽力した当代ー流の科学者。 伊予大洲藩士武田敬忠の2子として生まれる。緒方洪庵の適塾で蘭学を学び、江戸で佐久間象山から洋式兵術を修行し、話し合いは難航しましたが、1855年(安政元年)「日露通好(和親)条約」が結ばれました。 |
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![]() タワーに昇ってこそ五稜郭の全貌が見える |
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![]() 新五稜郭タワー2006年4月1日オープン、高さ107m |
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1854年日米和親条約締結による箱館開港に伴い、防衛力の強化と役所の移転問題を解決するために江戸幕府征夷大将軍徳川家定(天璋院篤姫のダンナさま)の命により築造された。設計を担当したのは洋式軍学者の武田斐三郎。大砲による戦闘が一般化した後のヨーロッパにおける稜堡式の築城様式を採用し、堡を星型に配置している。 1868年佐幕派が五稜郭を占拠。戊辰戦争の最後の戦いの地となった。 |
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| 場所取りのブルーシート | ||||
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![]() 展望台のフロアに、ミニチュアのお人形で物語がよくわかる。 |
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| 宴たけなわ、しかし寒くて毛布を着たり布団を着たり。 | ||||
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| ホテルの夕食 | ||||
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| ホテルの真ん中に、お庭が・・・ | ||||
| 続く・・・・ | ||||