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Diary
2004年

★6月26日
6月22日にロシアから帰ってきて束の間、消化器内科に予約があって、病院に行ったら、S状結腸が詰まっているからと、即入院。
この日の朝、亡くなった私の母と[和ちゃんの叔母さん]が、夢に現れて、
母:「忙しくなってきたので、手伝ってくれるか?・・・」と、
なぜか実家の近くの電車に、母と2人して乗ったところで、目が覚めた。
電車の窓の外は、白と黄色の花の、お花畑であった。
(和ちゃんの叔母さんは、親戚中でも、一番元気に活躍中で、、どうして、母と一緒に来たのか、考えられなかった。)

この日の予約は予定通りだし、大した事とは思っていなかったが、
もしかしたら・・・大変な事になるかもしれない。
「でも途中で目が覚めたし、助かるだろう・・・」と、
でも、本当は、大変だったのだ。
7月23日手術まで点滴だけで、手術後、縫合不全で、今に至っている。     (そして和ちゃんの叔母さんは、9月にガンで亡くなった。)

★6月15日
いよいよ今日より、ロシアに行きます。
サンクト・ペテルブルグからモスクワまで。
体調も余り良くないので、のんびり行って来ます。

最近我が家の近所は、砂漠と化すか????
「イズミヤ」で、ボトルを買うと「イズミヤカード」を機械にかざすと、3リットルの、イオン水が貰える。
今日も、小学生低学年と見える女の子が、嬉々として3リットルボトルを2本、持ってきていた。
かくいう、我が家も毎日イオン水でご飯を炊き、お茶を入れる。
誰かが水を汲みに行く。
アフガニスタンでは、中村哲先生が頑張って井戸を掘っておられるので、現地の水汲みの仕事が楽になったよう。

大阪の水道水も、昨年辺りより美味しくなったが、テロだとか言って、
12月頃より、消毒薬が増えたみたいで生水は飲まない。
 夫が、北海道、利尻島より持ち帰った500mL、3本の湧き水、「美味しいから飲んでみ・・・」 コーヒを淹れるが、まあまろやか。

★6月3日
「マコ、 YMCAの間島主事が、テレビに出ていたよ。」
2ch「60年代フォーク歌手は今」で、大阪フォークソング発祥の地として「新森小路教会」今は、幼稚園になっている。
マコがつけたニックネーム「馬(うま)島さん」は、ちょっと長い紅顔の美少年も、夢を追い、今も追い続けられておられるのか??

「高石友也」を後援して、YMCAの赤倉へのスキーバスツアーが始まりで、その頃流行し始めた「赤いヤッケ」を歌いながら、ギターを弾いて、滑り降りて来るのは、北海道出身の高石友也には、お手の物。
バスの席が、私のすぐ後ろで、私もカルカッシー教則本でギターを習っていたのでそんな話をしながら、ギターの上手いのは、「釜が崎の、小指の無い、おっちゃんに教えてもろた」って言っていた。

確かに歌は、ウマイ。コンサートがあると、友達に連れて行ってもらっていた。でも、私は日曜日しか行かない。山やスキーで、休暇がなくなるから。 そのうち、厚生課の若い女の子の、「追っかけ」が始まって、3人の席が空っぽになると、「アノ子ら、又行ってるんか・・・・」と、事情通の人達。高石友也には、人を魅了する何かが、あった。

★4月16日〜5月21日
5週間、大阪鉄道病院 消化器内科に入院していました。
渡邊先生、心やさしい看護師の皆さん、本当に有難う。
9Fの病室の窓から、大阪南部の山々の連なりと雲行き、怪しい地震雲を探す毎日でした。
書庫に婦人画報4月号日本の桜の特集があり、高遠の桜、根尾の薄墨桜、他随分楽しませてもらった。
「五衰の人 三島由紀夫私記」 徳岡孝夫 著、ではタイの「暁の寺院」(薔薇寺院)の事、いずれどこかで書きたいと思っている。
とても面白い本であった。

★3月29日
 先週「すぎやまこういち氏」が、テレビに出ておられた。
随分おじいさんになっていた。 
氏の ドラゴンクエストのB.G.Mが好きで、
新しいパソコンが稼動するや、すぐにドラクエのC.Dを入れた。

息子に見つかって、何に使うか問い詰められた。
まだ出来てもしない『ホームページに使いたいねん。』
 著作権と言う物について厳しく教えられ、「見つかったら、凄い罰金やで・・・」と。

 ある夏休みの後半、息子が「ドラゴンクエスト V」のゲームをやり始めた。毎日後ろで見ていたが、勿論触らせてももらえない。
学校が始まったら、私の天下。
毎日10時間位、楽しくてゲームにはまり込んだ。
戦いは、面倒だったけれど、勝ち進まなければ、いろんな戦具を取ってゲームを進めねば・・・。
鳥に乗って空を飛べたり、船を持って新しい冒険に出かけたり。白い馬の国にも行った。
 14日間かかって、攻略し終わった時のパレードの晴れがましさ。
そこの音楽は、何度も繰り返しきいた。
  でもそれ以後、このゲームには二度と、手を染めていない・・・・。
 (時間がかかり過ぎ。)

★3月22日
 裏の一番小さい樹の蕾が二輪パチンと弾けて、  桜が開いた。・・・今年も早い

雨の雫が枝に連なって綺麗。
まるで「ダイアモンドのネックレスみたい・・・・ホラ、見て見て!!!!」
「アホか、そんなエエモンか・・・」と、夫。

「限りなく透明に近いクリスタルか・・・スワロフスキーか」

このような軟らかい春先に、雨の雫を見たのは
ウーンと、うーんと昔。

デ、ジャ、ヴー 。けどシチュエーションは思い出せない。

叔母さんのお見舞いで 大阪ドームの近所へ行く途中、
小さな細長いビルに 「デ、ジャ、ヴ−」と、フランス語と、カタカナで
縦に書いてあった。     なんと言う偶然。

ピンクの蕾を一杯いっぱい、つけて小枝は皆、天に向かって
延びている。   重力に反して。

満開の桜ばかり見て、何を忙しく突っ走ってきたのか・・・・・・・私。

★3月20日
毎日新聞、3月7日号 日曜くらぶ 超短編「パノラマ館」に ”ガリバー第五の航海”があった。

めざすは―トマス・モア卿の理想郷―ユートピア。

身分も私有財産も無く、平等に富が配分され、施政者の巧妙な計画により国民は不断の繁栄を享受しているという。知識人、ジャーナリストがかの地を訪れ素晴らしさを喧伝している。
となれば、この私が行ったことがないと言うのも名折れである。
英国を発って数ヶ月、ユートピア島、首都アモーロートに着いた。

繁栄は噂通り、清潔な街に物資はあふれ、大歓迎され、宴会に視察にと寧日なきありさま。
だが、常に決められた場所にしか行けなく、それ以外を自分で確かめるべく、旅館を抜け出した。
    「こ、これは・・・・」眼前に繰り広げられていたのは、まさに地上の地獄。かって見たことも無い残虐酷薄。奴隷がいるとは聞いていたが、過酷な労働におわれて鞭打たれ、飢えに苦しみ、水攻め火攻め・・・・家畜以下ではないか。
目を背けたいのをこらえ、この国の真実を伝えるべく観察を続けた。
だが、そのあまり、私はいつのまにか背後に立った人影に気ずかなかった―。

幸い国外追放ですみましたが、悪いのはその後で、かの国を出た後、ペンを執り、弁舌を振るったけれど、誰も相手にしなかった。「全世界をユートピア化する為には目をつぶるべき事もある」

ガリバー第五の航海「ユートピア航海記」は発表する気はない。
『自らを欺き、世を誤るインテリたちの国見聞録』と、命名する。・・・・・・・ スウィフト

まるで、北○鮮ではないか?私は、作者:芦辺 拓の上手な創作だと思った。
だがその後、草野 仁さんのテレビ番組で、ガリーバーの本当の話と、知った。
   ぜひその本を探し出して、読みたい・・・・・・。



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  筆者プロフィール:
ある晩秋、
納山会で、なだらかな六甲山お多福山の帰り道、三回も転んだ。
友達の洋ちゃんが「何でこんなとこでこけるの・・・」
それが始まりで、リウマチで歩けなくなった。

息子と一緒に見ていた、大好きなアニメ  「 ハイジ 」の感動的な場面
 「クララが立った!!」

人工関節の手術のお陰で、山やスキーは無理だけど、
私も旅行が出来るようになった。
あんなに行きたかったけど、躊躇していた「エジプト」へもね。
車椅子をお供に・・・
押してくれる、夫に感謝!!!!!



  大阪府立住吉高校12期 
              卒業

  日商岩井梶@  ’90退社