@餘部鉄橋  A石見銀山  B松蔭神社  C厳島神社

  06年12月21日〜23日  餘部鉄橋U  鳥取砂丘  玉造温泉/  石見銀山  津和野  萩/  松蔭神社  錦帯橋  厳島神社 

 

  ’06年12月22日  玉造温泉 →石見(いわみ)銀山 →津和野 →萩


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12月22日 湯亭こんやの朝ごはん
大風呂敷?に包んだお土産のお菓子
玉湯川沿いに旅館が軒を並べる玉造温泉。8世紀ごろの「出雲国風土記」に記載されるほど古くからの温泉である めのうの産地としても知られ古代に玉造部が勾玉や管玉を作っていた
宍道湖
’07世界遺産の決定を待つ「石見(いわみ)銀山」
徳川家康を読んだ時しょっちゅう出て来た大久保石見守長安が初代奉行である 道路は綺麗でマイクロバスやタクシーでドンドン行ってくれる

ここの駐車場で乗り換え

間歩(まぶ:坑道) 一般公開されている龍源寺間歩は157m程の坑道と116m程の栃畑谷新鉱である。その間所々子供一人がやっと入れる位の銀の坑道が照明を受けて紹介されている 大森鉱山坑内実測断面図、写真の大森の「大」が切れていました。あしからず
ボランティアの「語り部」の方
今は立ち入り禁止の坑道
帰りは銀山公園でバスを下ろしてもらい、江戸時代の街並みが残っている街道を歩いて散策
お正月前なので準備に余念が無い 自動販売機に木製のカバーが。ここのおばあさん、「写真とっていい?」と聞くと「恥ずかしいよ」と、物凄い勢いで逃げていった
ここの分岐点から五百羅漢へ
おっちゃん、胡麻豆腐売ってたと買いに戻る あっさりした物であった
焼き物の人形:さっきの自動販売機の所のおばあさんに似ていた
石窟に五百羅漢
群言堂 赤いワンピースをネットオークションにだしていた。
イギリスの湖水地方のようにミシンがマーク 「コメ、マメ、イモ」とマークされている
ちょっと意味不明
竜宮城のような山門の「栄泉寺」
有馬光栄堂
「げたのは」のお店のお母さん
「写真撮って良い?」と聞くと、「ちょっと待ってネ・・・顔作るから」と
天井を向いて手の平でキュッキュッと動かして、良い顔を作ってくれた。
とってもキュートなお母さんで、ちなみに「下駄のはの由来はカリカリに焼けていてカランカランと音がするから・・・」
最近2回も行った「出石」のお蕎麦屋さんのお母さんも大好き!!
この町も好きになりそう。

その後、ここ石見銀山は「世界遺産」に認定された。
デザイナーさんが入って洗練された町になっている。
旧大森区裁判所
大森区町並み交流センター  集合時間近くマイクロバスで迎えに来てくれ、メンバーを拾っていってくれた 観世音寺:岩盤を刻んだ石段の上に立つ寺で巨大な仁王像と十六羅漢がある
浜田マリン大橋
津和野(14:47)は美しくて静かな町だ
大岡家老門
ここの鯉は、物凄く「肥満の鯉」 鯉の餌をやっても見向きもしない
旧藩校の養老館 モニュメント鷺舞神事(さぎまいしんじ)  3代茲政に至り寛永20(1642)年、人を派して京都祇園会の鷺舞を伝授させ、翌年正保元年の祇園祭から鷺舞を復興させ現在まで継承されています
凄い荷物の小学生「今日で学校終業式なん?」「違う」って


 津和野カトリック教会

石見の山々に囲まれた城下町です・哲学者の西 周、文豪の森鴎外、絵本作家の安野光雅も、この町で生まれました。

津和野川沿いの山あいにあるので日暮れは早い15:11で、もうこんな

沙羅(さら)の木

                   森 鴎外

褐色
(かちいろ)の根府川石(ねぶかはいし)

白き花はたと落ちたり

ありとしも葉がくれに

見えざりしさらの木の花。

 

萩グランドホテルの夕食まで、町を散歩してくる。
しばらく行くと高校のグラウンドで野球部が練習しているのが見え、ネットから出ているボールを、おっちゃん中へ投げてあげる。久しぶりにボールを持って楽しそう。中の部員からの礼。
藩校明倫館の敷地は北へ240m、東へ260m、随分広いです。 暗くてよく見えないが、明倫小学校。昔の藩校、中々立派。母は舞鶴の明倫小学校だと良く自慢していたので、ここは凄い学校だとすぐにわかった。
17:30
暗くて誰か分からなかったが「山県有朋」の像だった 伊勢屋横丁の殿様用門
商店街の中 クリスマスの蝋燭を飾って
クリスマスツリーは天井にあった 萩焼のいろいろ
18:00夕食に、きっちり間に合った 「萩グランドホテル」


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