Anton Bruckner
(1824~1896)


VII.Symphonie E-Dur, WAB.107
Uraufführung Leipzig, 30.Dezember 1884

交響曲 第7番 ホ長調
作   曲 アントン・ブルックナー
作曲時期 1881年9月23日〜83年9月5日
初   演 1884年12月30日
ライプツィヒ(アルトゥール・ニキシュ指揮)
出   版 1885年
演奏時間 約65分
Explanation
交響曲第6番が1881年9月3日に完成し、ブルックナーは23日にはこの第7番の第一楽章の作曲に取りかかった。しかし、最初に完成したのは第三楽章(スケルツォ)で1882年10月16日のことである。
第一楽章は12月29日
第二楽章のスケッチが1883年1月22日、スコアは4月21日
第四楽章(フィナーレ)は8月17日
に書き上げられ、9月3日にチェックが行われ、9月5日に完成をみた。
しかし、この作品は当時のウィーンでのブルックナーへの非好意的な風潮から直ぐに演奏の機会を与えられなかった。
その状況を打開したのは、弟子で友人のヨーゼフ・シャルクで、彼は完成前の1883年2月に第一楽章、第三楽章をフランツ・ツォットマンとのピアノ連弾で演奏して既に作品の紹介をしていた。
シャルクは1883年の終わりにライプツィヒを訪問して、指揮者のアルトゥール・ニキシュにこの曲を紹介してともに連弾した。ここからブルックナーとニキシュの交流が始まる。
更に完成後の1884年2月27日にブルックナーがワーグナー協会の名誉会員に推薦されたことを受けてベーゼンドルファー・ザールの同協会が催した演奏会でフェルディナンド・レーヴェとの連弾で全曲を演奏した。
先の交流からブルックナーとニキシュは手紙のやりとりを行い、遂に1884年12月30日にライプツィヒ歌劇場での初演が実現し大成功を収めた。
更に1885年には第二、第三楽章が再演され、3月10日にはミュンヘンで全曲演奏(ヘルマン・レヴィ指揮)が行われた。
また、5月30日に第二楽章がカールスルーエでフェリックス・モットル指揮で再演された。
オーストリア以外でブルックナーの交響曲が初演されたのはこれが初めてで、彼の国際的な名声の足がかりとなるとともにウィーンでの評価も高めた。このことによって1884年12月30日が「ブルックナーの世界的名声の誕生の日」と呼ばれるようになった。
因みにウィーンでの初演は1886年3月21日のことで、ハンス・リヒター指揮でウィーン・フィルが演奏している。
初版譜の出版は1885年にウィーンのアルベルト・J・グートマン社によって行われたが、これは自筆譜の印刷で、現在ではレートリヒ校訂のオイレンブルク版に踏襲されている。
また、初演と初版譜の間には若干の変更が認められるが、これは周囲の進めとブルックナー自身の関与によって行われたものと考えられている。
1994年のハースの旧全集版は、これらの変更を認めない厳格なものであり、1954年のノヴァーク新全集版はハース版に対して否定的で初版出版段階でのブルックナーの考えを採用するべきと主張している。
Instrumentation
フルート オーボエ クラリネット ファゴット ホルン
トランペット トロンボーン ワーグナー・テューバ テューバ * ティンパニ *
トライアングル * シンバル * 弦楽 5部 * * * *
Constitution
Aleegro moderato アレグロ・モデラート ホ長調 2/2拍子
Adagio:
Sohr feierlich und sehr langsam
アダージョ:
非常に厳かに、そして非常にゆっくりと
嬰ハ短調 4/4拍子
Scherzo:Sehr schnell スケルツォ:非常に速く イ短調 4/4拍子
Trio:Etwas langsamer トリオ:幾分遅く ヘ長調 3/4拍子
Finale:
Bewegt, doch nicht schnell
フィナーレ:
動きをもって、しかし速くなく
ホ長調 2/2拍子
Disc list
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録音
指揮者
オーケストラ
Disc No.
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所有
1999年 ギュンター・ヴァント ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 RCA BVCC-37607
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2006年 パーヴォ・ヤルヴィ フランクフルト放送交響楽団 RCA BVCC-34167
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