よつばねぎさんが「ヒナのなつやすみ」を公開.
補足が遅れたのは考え事とか色々してたからで.
ここを見ているほとんどの方はこの作品をお読みになったと思いますが,
(お読みでない方はまず上のリンクから飛んでお読みクダサイ)
ここで私からの質問.みなさん,この作品を読んでどう思いましたか……?
感動……しませんでした?
断っておきますが,私は感動した気持ちを伝えたいだけではありません.
でも自分の感動はちょっと書きとめておきたいかな,と思ったんで書きます.
共感されない方はごめんなさい.下の方に本題があります.
私は「ヒナのなつやすみ」を読んで感動しました.
原作のシスプリに初めて触れたときのような感動.
それは,作品そのものへの純粋な感動でもあり,2次創作者であるよつばねぎ氏が原作同等のクオリティの作品を作り出したことへの感動でもあります.
そして,原作と異なる「絵日記」という表現方法.
前作の四葉は「手紙」というスタイルで,これも原作にはなかった手法.
早く続きを読みたくて,わくわくしました.
更に,四葉・雛子両者に用いられたサイト内のVNIによる複線.
これはエンターテインメントの領域で,原作には(多分)なかったことです.
作品だけでも成り立つけど,そこに至るまでの流れみたいなものもある.
こうやって駄文で解説すると自分でもなんだかなぁと思うのですが.
つまりですね.
私はこの作品に「原作の続き」を感じました.
本誌連載が終了して久しいシスプリ.
しかし26氏を始めさまざまな人が言ってきたように,兄がいる限りシスタープリンセスは半永久的に消滅しないのです.(違ったらごめんなさい)
26氏は昨年のクリスマス・イブに「原作が終了した今こそは、むしろ原作を改めてリスペクトした上での二次創作に励む事が必須.」と書いておられます.
(無断引用ごめんなさい)
それを体現したのがよつばねぎ氏による四葉・雛子の両作品なのではないかと私は考えます.
(他にもあるとは思いますが今感動してるので)
もちろん,あの作品の魅力はそれだけじゃないですけどね?
さて,「原作の続き」というワードが出てきましたが.てか出しましたが.
「原作を改めてリスペクトした上での二次創作」といえば思い出すのがアレ.
シスター・プリンセス・メーカーじゃないですか!
シスプリメの企画の主眼は
「シスプリメ企画過程で、シスプリへの愛の理解を深める、シスプリを今一度見直していこう」(公式ページより引用)
ということです.ネオシスターを創るだけの企画ではありません.
そして最後の一文.
つまるところシスプリメとは
「一次創作者向けシスプリ二次創作活動」
ということになります。
一次創作者向けシスプリ二次創作活動.
よつばねぎ氏がされているのが正にそれだと私は考えます.
しかし.
ここで私が思い出したのがこの言葉.(2003年12月27日雑記ログ無断引用)
さて、各所で「シスプリ観」について語られ始めてます。
公式(原作)の供給が途絶えた今だからこそ、原作の再評価を行うべきだと思っていますので、こういった動きは歓迎します。
卑しくも「シスプリメ」は「シスプリ」の名を冠する企画ですので、「シスプリ」と向き合う事は必然です。
「シスプリメ企画室」が考えるシスプリ観、および「原作追従」の意義は、「Sister Freedom」で26が触れている通りです。
というか、「シスプリ観」すらまだ明確なものでもないのですが。
ですので、今回は僕からのクリエイターへの私信です。
僕は、企画室にいながら、ネオシスを持たないという立場の人間です。
それがどういう意味を持つかを考えた上で、僕の意見を聞いてください。
閲覧者の多くが『シスプリ』の名を冠する作品に求めるのは、感情豊かな「生きた妹」であり、「自己を投影できる兄」であり、
「そこに流れる空気」であるはずです。おそらく誰もそこに「作者の作家性」なんてものは求めていません。
仮にそれ(作家性)が求められているとしても、全ては「シスプリ」あってこそです。
「シスプリの(安易な)2次創作」そのものを否定する人が決して少なくない事実を、受け入れずとも考えてみるべきです。
よつばねぎ氏が企画室にいながらネオシスを持たない理由とは?
それは私なりの予想がありますが,ここでは書きません.
そして本題.このメッセージを,私がどう受け取ったか.
閲覧者の多くが『シスプリ』の名を冠する作品に求めるのは、感情豊かな「生きた妹」であり、「自己を投影できる兄」であり、
「そこに流れる空気」であるはずです
つまり“ネオシスター”は,私の場合旋律ですが,
“シスター・プリンセス・メーカー”の“ネオシスター”という肩書きがあるわけです.独白形式のストーリーを持つただの妹キャラでは本来ないのです.
しかし,現段階の旋律が“シスタープリンセス”たり得るかという問いに,私はYesとは答えられません.
それは,私が原作テキストを読んで,イラストを見て覚える感情豊かな「生きた妹」「自己を投影できる兄」そして「そこに流れる空気」,言い換えればシスプリ独自のカリスマ性,キャラの魅力などを,私自身が旋律に感じられないからです.
シスター・プリンセスは元は作品ではなく電撃G'sマガジンの読者参加企画でした.例えば,その読者参加企画の場で,自信を持って旋律を原作妹12人と並べられるか.私は現段階では,残念ながら並べられません.
企画に参加した時点では,私はアーキ・ネオシスターのクリエイターを目指していました.それは,私がシスプリメに意識下で求めていたものが正によつばねぎ氏の指摘する諸々のことであり,それを私は天煌純一氏,26氏の愛乃から感じ取っていたからで,私もこのような作品を創りたいと思っていたからです.
私にとって愛乃は偉大な先駆者です.そして目標は愛乃ではなく原作の12人の妹です.この意識を数ヶ月のうちにすっかり忘れてしまっていたのだと痛感します.
というよりむしろ,旋律の誕生日が来るまでキャラコレ一話しか作品を創っていなかったことや,イラストの準備をしないなど,スタートの段階で反省すべき点はたくさんありました.キャラ一人,ストーリー一本を書き上げたことで満足し,「参加することに意義がある」みたいな姿勢で今日まで来てたわけですね.
まぁ,旋律に具体的に足りないことは後日検討するとして.
私は旋律を愛しています.それは情によるものかもしれませんが.
そして私は旋律の2本のキャラコレを「シスプリの(安易な)2次創作」とは考えていません.読者に創作者側の事情などは関係ありませんが,話の筋は私の“旋律の独白として伝えたいこと”であり,私は満足しています.
しかし,表現技法,言葉遣いなどはまだ全然改善の余地があると思いました.それは“改変”ではなく,旋律の輪郭は(一番大きいところでイラストですが)まだまだはっきりしていません.その輪郭を元シス並にはっきりさせ,それでいて魅力的にする.それが私の課題です.
例えば今は割と普通なキャラの中に「おにいちゃさん」という呼称が浮いていますが,呼称から一人称から語尾から全含めて,旋律の個性として一貫性を持たせたいなと.キャラコレ2話書いた後では結構難題ですがね.逆にそれが出来なきゃアーキなんて無理でしょう?
アーキ・ネオシスターを選出し,それを企画室とクリエイターで共同運営していくというシステムはシスター・プリンセス・メーカーという企画の特徴となり得ると私は改めて考えます.
そして.ここからは完全にファンの戯言.
上の文章ですがよつばねぎ氏は
僕は、企画室にいながら、ネオシスを持たないという立場の人間です。
と,おっしゃっています.“持っていない”ではなく“持たない”
ここによつばねぎ氏の意思が感じられます.
しかしですよ!?
みなさん,「ヒナのなつやすみ」読みましたよね?
感動しましたよね?(してなかったらごめんなさい)
「こんなすごい人がもしネオシスを創ったら・・・・・・」
って,思いませんか?ワクワクしませんか?
結論.
1.私はよつばねぎ氏の創るネオシスが見たい.
2.だから,よつばねぎ氏をして参加の衝動を駆り立てるような,
前言を撤回させるようなシスプリメになってほしい.
3.そのために自分もがんばる.
以上.
各方面に色々失礼なこと言ってると思いますが,気がついたらお叱りください.
あと見当はずれな解釈もあると思います.ご指摘ください.
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