冬がもうすぐそこまで来ています。
春が始まるときはみんなが一斉に「春だー」って言って始まる感じだけど、冬は少しずつ少
しずつ秋が終わっていく感じなんだ。
冬の訪れを知らせてくれるのは、いつもより早い夕焼けに真っ赤に染まってる川だったり、
遊歩道にできる、ちょっぴり歩きにくいもみじの絨毯だったり……。あとね、においもするん
だよ。私、この頃のにおいって好きだな……。なんだろう……秋が終わるにおいと、冬が始ま
るにおい……。
でもね……。私が一番楽しみしている冬のお知らせは、それはね……うふふっ♥ あーあ。
今日こそは……来てるかな♥
「あーっ! 来てる――♥」
玄関のポストの中に、新聞に挟まって、白地に赤いふちの封筒がありました♥ 裏には細い
ペンで「旋律様――」って書かれていて……。
毎年秋の終わりごろに私に届く一枚の封筒。それは、街の小さなオーケストラの、定期演奏
会の招待状なの。私、招待状が届くのが毎年楽しみで楽しみで、いっつも一週間くらい前から
ポストの中身をチェックしちゃうんだ。学校を出るときと家に帰るとき、あと、玄関でちょっ
と物音がしたときも……すぐにポストまで飛んでいって……。ないとがっかりして、あーあっ
てため息をつきます。あ、でも……待ってる時間も、今年は何をやるのかな♪って考えてる時
間も楽しいから、少し嬉しくも……なるかな♥
去年は私、早く封を開けたくて焦っちゃって、玄関で転んじゃったんだ。片足立ちでスニー
カーを脱ごうとしたら、前のめりになっちゃって……。どべしゃって……。恥ずかしかったな
ぁ……。
さて、部屋について、はさみを出して、いざ開封です! でも、いざ封を開けるとなると緊
張しちゃうなぁ。今年はどんな曲をやるのかな……。よし! 開けましょう! そう決心して
封を開けると、中には小さなメッセージカードが入っていて……。
旋律様――
寒い日が続く中、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年も、一年間の活動の総括といたしま
して、我が柊木フィルハーモニック管弦楽団は定期演奏会を行います。皆様のご来場を心より
お待ちしております。
〜曲目〜
チャイコフスキー
バレエ組曲「くるみ割り人形」
交響曲第5番
うわぁぁ……♥ くるみ割り人形をやるんだぁ……。私、思わず溜息が出ちゃった。嬉しく
て溜息が出るなんて、初めてだよ……。
……くるみ割り人形はね、私がこのオーケストラと出会って、最初に聴いた曲。私が、私
の大好きなおにいちゃさんと初めて聴きに行ったオーケストラの、思い出の曲なんだ……。
何年も前の夏休みの終わり……私は、事故で足に怪我を負いました。はじめの頃は、入院し
ていた病院のお医者さんに「歩けなくなるかもしれない」って言われて、まだちっちゃかった
私はとても悲しくて……。私はずっと布団をかぶって泣いていたの。今思い出しても涙が出る
くらい悲しかったな……。そんな私のために、おにいちゃさんは毎日――ホントは毎日会うの
はイケナイことなんだけど――おみまいに来てくれたんだよね。病院とおにいちゃさんの学校
はまったく逆の方向だったのに、学校が終わると駆けつけてくれて、日曜日のおみまいには必
ずおみやげを――本とか、お菓子とかを持ってきてくれて……。おにいちゃさんのおみやげは、
いっつも消灯時間が過ぎてから――だからたまに看護婦さんに見つかって取り上げられたりも
したけど――、おにいちゃさんのことを思い出しながら食べてたな……。
ねえ、おにいちゃさん? おにいちゃさんは知らないと思うけど、私が、痛くてつらいリハ
ビリをがんばれたのも、早く歩けるようになろうって思えたのも……全部、おにいちゃさんの
お陰なんだよ? ひとりぼっちの入院生活も、いつもそばにおにいちゃさんを感じていられた
から、我慢できたんだ。ホントはちょっぴり泣いたりしちゃう夜もあったけど、早く足を治し
て、おにいちゃさんといっしょにお散歩をしよう。おにいちゃさんに、何かお礼をしよう。そ
う思っていたから……。
だからね、「リハビリをがんばった甲斐があって、予定よりちょっと早く退院できますよ」
って、看護婦さんにこっそり教えてもらったときは……私、ホントに嬉しくて嬉しくて……。
あ……そうだ……もしかしたら、あのときも嬉しくてため息が出たかもしれない……。
そして、待ちに待った退院の日。荷物をお父さんに持って帰ってもらって、私は病院のロビ
ーのベンチに腰掛けて、おにいちゃさんが来るのを待ってたの。おにいちゃさんは「旋律の退
院日に、どこかでお祝いしようよ」って言ってくれてたから、私は「おにいちゃさんにおまか
せ」を選んで、退院の日を楽しみにしていました。そしたら、おにいちゃさんが来て……。
「退院おめでとう」
って言ってくれて……。私、思わずおにいちゃさんに泣きついちゃった。さっきまでも色々
な人に「おめでとう」言われて、そのときは泣いたりなんかしなかったの。笑顔で「ありがと
う」って言えたのにね……。おにいちゃさんは、病院のロビーで人目も気にしないで泣いてる
私にちょっと困ってたけど……私の頭をポンポンってたたいて、私が泣き止むまで、ずっと支
えていてくれたんだ……。
病院を出ると、夕焼け空で、外の風はとても寒くて……。特に、涙で濡れてる目じりのあた
りがヒリヒリして、目をぬぐってたらおにいちゃさんに「なんだ、まだ泣いてるのか」って言
われて……。もう、昔っからおにいちゃさんはいじわるさんなんだから♥
それでも、おにいちゃさんは私の手を握って、街のはずれの小さなホールに連れて行ってく
れました。
ホールの中に入ると結構人がいて、――ちっちゃな女のコとかもいたんだけど――みんな大
人っぽい格好をしてたの。病院から直接来た私はいつものワンピースで、ちょっと恥ずかしい
なって思って、隣に座ってるおにいちゃさんにそのことを聴こうと思ったら、照明が落ちて…
…。コンサートが始まったんだ。
その年の曲目こそが、くるみ割り人形と……あれ? あと、何だったかな……? まぁ、と
にかく私はコンサートはもちろんクラシックを聞くのさえ初めてだったんだけど、すっかり聴
き惚れちゃって……。
初めてだったんだ。あんな気分。目の前で繰り広げられる音楽に、心を奪われて、まるで別
の世界にいるようで……。ときどき、私がここにいることを確かめるために、おにいちゃさん
の手を握ったりもしたな……。
そして、コンサートが終わって、おにいちゃさんと歩いた帰り道も、私はまだ夢心地で、う
っとりした気分に浸っていて……。おにいちゃさんは「危ないよ」って言って、私の手をしっ
かり握ってくれた……。しかも、その日はお泊りまでしてくれたの♥ 今思えば……あれがお
にいちゃさんとの初デートだったのかな? そして二人で、いっしょの布団の中で、「来年も
二人で行こうね! 」って、約束を……したんだ♥
あれから何年も経ったけれど、おにいちゃさんは毎年約束を守って、コンサートに連れて行
ってくれています。私はフルートを始めて、色々なオーケストラの演奏を聴きに行ったけど、
このオーケストラは特別なの。私は誰にも、おにいちゃさんにも内緒で、「おにいちゃさんと
私のメモリアルコンサート」って呼んでるんだ♥
メモリアルコンサートが来るたびに、私は一年分のおにいちゃさんとの思い出に浸ったり、
これから来る冬に思いを馳せたり……。そして、おにいちゃさんが隣にいることを、一年で一
番嬉しく思います♥
だから今度の日曜日、チケットを二枚持って、去年より一昨年より大人っぽい格好をして、
おにいちゃさんに会いに……行くからね♥