あーあっ、退屈だよ――っ!

 ここのところずーっと雨ばっかし! そりゃあ、一日目は楽しくて、わ
くわくして、レインコートを買いにいったよ? 二日目は長靴とレインコ
ートと、おにいちゃさんに買ってもらったお気に入りの傘で雨の中を散歩
したよ? でも、もう五日目にもなれば、そろそろ限界! 三日目から風
も強くて、どこに行くにもバスを使わなきゃ行けないし、川もあふれてて
ショッピングにも行けないし……。フルートの練習も飽きちゃったし……。
 なによりおにいちゃさんに会いに行けないんだよっ! せっかくの大型
連休なのに……。一緒にショッピングに行くって約束したのに……。ぐっ
すん。

 まぁ、せっかく暇なので、防音室にヒキコモることにしました.

 私の家の地下にある小さな防音室は、私のおじさんが私の退院祝いに作
ってくれたものです。おじさんはお母さんのお兄さんで、ちょっとだけ有
名な音楽家。私がフルートをやりたい! って言ってるって聞いて、すっ
ごく喜んじゃって,私がフルートを買う前に防音室の工事が始まっちゃっ
たの。お母さんは「どうせなら楽器を買ってくれればいいのにね」って溜
息をついてたけど……。うふふっ♥ ホントはお顔がにやけてたんだよ♥
 防音室は冬はもちろん、夏に練習するときもひんやりしていて、居心地
がいいんだよね。だから練習以外のときも、よくヒキコモってるんだ。

 さてさて今日は、雨の音も遠くクラシック鑑賞♪ まぁ、なんて優雅な
午後かしらっ♥
 なんてね。ホントは友達のかなみちゃんに借りたクラシックのCDがた
まってるから、今日まとめて聴こうってわけ。防音室なら大音量で聞ける
しね。あーあ。ラプソディー・イン・ブルー。おにいちゃさんといっしょ
に聴きたかったなぁ。防音室はひとりでちょうどいいくらいだから、ふた
りだと肩が触れ合うくらい。雨の日の密着はジメジメするけど、空調で湿
度も快適に保てるのに……。

 でも、大音量で始まったクラリネットのソロと、それに続くオーケスト
ラの演奏を前にしたら、私のジメジメした気持ちはすっかり吹き飛ばされ
ちゃったんだ。それは楽しいとかワクワクする気持ちじゃなくて、ラプソ
ディー・イン・ブルーに浸っていたの。そして演奏が終わっていきなり部
屋がシーンとしたときに、遠くから雨音が聞こえてきて……。

 ううん。それはホントは遠くじゃなくて、防音壁の向こう側。とても近
くの雨の音なんだけど……。だけど、私の頭に浮かんできたのは「遠い国
の雨」の話。昔、おにいちゃさんが話して聞かせてくれた……。



  昔むかし、ある国に男の子が暮らしていました。ある雨の降る朝、
 男の子は銀炎馬の仔馬に出会いました。銀炎馬の炎は消えかかってい
 て、男の子は仔馬を家に連れて帰って7日7晩看病をしました。看病
 の甲斐あって仔馬は元気になりましたが、地上の大気は薄く、仔馬は
 仲間の元へ帰る力も無く、また次第に弱っていきました。仔馬が泣く
 と国中に雨が降りました
  見かねた男の子は、銀炎馬が住むという伝説の山に行き、仔馬の鳴
 き声を真似してオカリナを吹きました。すると大きな銀炎馬が岩の上
 に降り立ち、男の子は仔馬の元まで案内しました。
  大きな銀炎馬が仔馬に息を吹きかけると仔馬は瞬く間に元気を取り
 戻し、空を覆っていた雲は割れ、太陽が射しました。
  仔馬が仲間の元へ帰って男の子の生活は元に戻りましたが、それか
 らも男の子がオカリナで仔馬の鳴き声を吹くと、遠い国から雨の音が
 聞こえてきたそうです。



 私が入院生活を初めて少し経って、おにいちゃさんのおみまいが週に2、
3回になったころ。おにいちゃさんとはトランプとかボードゲームで遊ぶ
ことが多かったんだけど、雨の日だけは、少しだけ違ったの。雨の日のお
にいちゃさんは少しだけ静かで、そのかわりお話をたくさんしてくれた。
 嵐が好きな船乗りの話とか、双子の女の子の話とか、おなかをすかせた
犬の話とか。
 その中でもこの「遠い国の雨」のお話が大好きで、でも最後はやっぱり
少し悲しくて、おにいちゃさんの腕をぎゅって握りながら聞いてたな……。

 そういえば、私のフルート、セラフィ君の名前も、この話から取ったん
だっけ。たしか、男の子が仔馬にセラフィって名前をつけて……。あれれ
? 男の子の名前だったかなぁ? うーんどっちだっけ……。


 少し冷たい防音室の壁にもたれて昔のことを思い出してると、私の思い
出はやっぱりおにいちゃさんでいっぱい……。本物の遠い国の雨の音も、
おにいちゃさんと聞いたことがあるのかな……。「ほら、聞こえない? 
これが遠い国の雨の音だよ。」って……。

 ああ、またおにいちゃさんとお話がしたいな。また「遠い国の雨」の話
をしてほしい。おにいちゃさんは覚えてるかな? セラフィ君がどっちだ
ったかなんて、忘れてるかもしれないな。おにいちゃさんはいじわるだか
ら、「遠い雨の日って、何のこと?」なーんて、とぼけたりしてね。うふ
ふっ♥♥


 だから、電話をかけることにしました!
 防音室を出ると廊下は湿気でジメジメして、少し蒸し返していて……。
うん、でもこの方が……よく聞こえる……よね?
 よし、おにいちゃさんのおうちに電話だ! あぁ、兄妹なのにドキドキ
するって、変かなぁ……。


「もしもし、おにいちゃさんですか? 私。旋律だよ。最近雨ばっかり降
 ってて、ショッピングにも行けなくて残念だよね。早くおにいちゃさん
 に会いたいよーー。
 えっと、もしもし。おにいちゃさん聞いてる?
 あのね……。この雨の音、聞こえるかな? あのね、遠い国じゃないけ
 ど、私の国の…………雨の音だよ。おにいちゃさんが昔話してくれた、
 銀炎馬の話の……。
 おにいちゃさん、覚えてる? 私、またあの話が聞きたいな……。」



 ねぇ、聞こえる?