kanariya
ごめんね,もう,あえないかもしれない.
これが僕の答えだった.
咲耶は,雪の中に白い息を吐き出した.
無言・・・・・・
あるいは覚悟,か.
咲耶は頭がいいからな,と思った.
頭がいいから,いろいろなことを知っているから,
その言葉の意味を,わかっていたから――
いや,咲耶はわかっていたんだ.
何もわからない子供じゃない.
わかろうともしない大人でもない.
その言葉の持つ意味を・・・・・・
いや,咲耶が,僕に向かって口にするから生まれる,
意味・・・・・・
僕らにとっては,重過ぎたんだ.
僕にとっては,あるいは全てを受け入れることもできた.
でも,咲耶は・・・・・・
咲耶にとっては,重過ぎると,僕は思った.
それは僕の勝手な判断だ.
それでも彼女は,その全てを背負う覚悟があった.
覚悟はあったが,力がなかった.
咲耶は,重圧に耐え切れずにつぶれてしまうだろう.
僕以外のものが,彼女を受け入れない.
それでも僕は,彼女を受け入れる.
その両方に,切り離せない裏と表にはさまれる.
咲耶が壊れていく姿を見たくない.
壊れていく彼女を,引きずって歩けない.
それは,エゴだったのか?
僕に,拒絶――
・・・・・・いや,受け入れられなかった咲耶は,
壊れていくのだろうか.
受け入れなかった以上,答えを出した以上,責任がある.
いずれ――いずれ,こういう日が来るとわかっていながらも,
咲耶の近くにいつづけたのは,
咲耶と距離を置かなかったのは僕だ.
僕が望んだ,咲耶が望んだ.
それでいいと思っていた.
それは,エゴだったのか?
咲耶と距離を置けば・・・・・・それは,咲耶も考えただろうか.
・・・・・・考えただろうな.
咲耶は頭がいいから・・・・・・
でも,気づいたときには遅いんだ.
気づいてから距離を置いても,引力には逆らえない.
僕らは近すぎた.
本当に仲のいい,ただの兄妹だったら,距離なんか置かなくてもいい.
エゴじゃない,運命だよ.
運がよかったとも言える,悪かったとも言える.
それは,君が一番よく知っているだろう?
僕に拒絶――拒絶されて壊れていくのと,
僕に受け入れられて壊れていくのと.
どっちが幸せだったんだろう.
君にとっては.
それに君は,どっちの場合も想定できたはずだ.
最悪の場合も考えて,それでも行動に出たのかな.
なんでかな.
なぜ,そこまで重いものを背負いながら,
あえて僕を,僕なんかを愛したんだ.
・・・・・・どれだけ,重かったことだろう.
最悪の場合――君にとっての最悪の場合.
それはどっちの結末だったのかな.
いま,僕は,ちょうどその的を射抜いているかもしれない.
それは,僕にとっても最悪の結末かもしれない.
あるいは,行動に出ないことかな.
結果を出さない日々.
僕にとっては最高に楽しい日々.
でも,君にとっては,あるいは,最悪――
そうでないと,信じたい.
あの楽しい,楽しかった日々が,
僕だけじゃない,君にとっても楽しい日々であったと.
エゴでもいい.
信じることしかできない.
君はいま,黙っている.
吐く息が白い・・・・・・
泣いているのか?
さっきからまばたきをしていない気がする.
目は,乾かない.
泣いているから?
雪が角膜を濡らすから?
僕も泣いているのだろうか.
頬を時折水が伝い,
その後を,しびれるような痛みが追う.
涙のすじが,凍る.
目尻だけが,熱い.
眼球も凍り付きそうだ.
「オ・・・ニィ・・・・・・」
消えてしまいそうな声.
マフラーの暖かさ,雪の冷たさの中に消えていく音.
僕を,呼んでいるのか?
目を細めて,突然ぼろぼろと泣き出す.
雪の中に,雨が降る.
声にならない声.
声が出ないんだ――
僕も声を出せない.
・・・・・・絶句.
咲耶は,物理的に声が出ない.
僕は,精神的に声が出ない.
社会,本能,遺伝子.
複数のブレーキに,いばらに傷つけられながら,
咲耶は僕を愛した.
咲耶には,僕しかいなかった.
それでも,そうと知っていながらも,
僕は,咲耶の手をとらなかった.
君の,傷だらけの手を――
僕は,咲耶から声を奪った.
君から声を奪ったんだ・・・・・・
咲耶は,懸命に声を出そうとする.
僕は,咲耶を抱きしめる.
精神的なものかな・・・・・・
必死で声を出そうと,
必死で生きようとする咲耶を抱きながら,
細い体を支えながら,嗚咽を,鼓動を感じながら・・・・・・
反面で,冷静な僕がいる.
理由なんて,どうでもいいのに・・・・・・
そうだ,理由なんて,どうでもいい.
咲耶は僕を愛した.僕も咲耶を愛していたんだ.
理由なんて・・・・・・たぶん,ない.
・・・・・・どんなにつらくても,僕を愛しつづけた咲耶.
・・・・・・咲耶を拒絶した――愛しながらも,拒絶した僕.
咲耶の口から漏れる,淡くかすれた息は,痛々しくも美しい.
僕は咲耶の耳をふさぐ.
凍えきった耳を.
凍えきった手で.
君に,君のそんな息を聞かせたくない.
どうせ,骨を伝わって君の耳にも響いてるだろうさ.
それでも,僕は手を離さない.
咲耶も僕の耳をふさぐ.
自分のそんな声を,僕に聞かせたくない.
でも,その手は華奢で,あまりにももろい.
動かしたら,壊れてしまいそうな,
冷たいてのひら――
雪のようだ.
そんな手の隙間をとおり,君の息が聞こえる.
君ののどは音を出したがり,
君の手はその音を聞かせまいとする.
ひとつのパラドックス――
それでものどはなりつづけ,
君は手を離さない.
大丈夫,もう大丈夫だよ.
風の音が強くなってきた.
君の声はあまりにも弱く,儚い.
僕の耳も,しびれてきたみたいだ.
雪の夜は静かに,静かに深まっていく.
息の音さえ聞こえない.