LADY MADONNA




ねぇ,兄チャマ.
四葉はいま倖せだよ.


だからね,
四葉はこの倖せが永遠に続くといいなって思うの.


四葉が兄チャマと兄妹だってことも
兄チャマと四葉がなかよしの兄妹だってことも.


あったかい紅茶も,
兄チャマが大好きなドーナッツも


四葉の昔からの友達のルーペも,
シャーロック・ホームズのご本も.


“みんな四葉の倖せなんだ”って.


雨が降ってメランコリーな午後も
ロンドンですごした寒い冬も.


大英帝国博物館で考えた
イメージの中の兄チャマも.


日本であった
本物の兄チャマも


四葉が知ってる兄チャマも
知らない兄チャマもね.


“全部があるから四葉は倖せなんだ”って
そう思うの.




ねぇ,兄チャマ.
四葉はね,


いまの倖せとは別の“シアワセ”がやってきて
それが永遠に続いても


それで四葉がいくらしあわせになれても
そう見えても


いまの四葉は倖せじゃなくなっちゃう.
いまの四葉は置いてけぼりにされちゃうんだ.


四葉は倖せになれるんじゃなくて
シアワセに慣れるの.




あのね,
四葉と兄チャマは兄妹なのに


ずっとずっと,はなればなれで暮らしていたでしょう?


もちろんそれはお父さんのせいでも
お母さんのせいでもないんだけど


四葉は倖せじゃなかったよ.


それは,イギリスでの生活も楽しかったよ.
ご本を読んだり,みんなと遊んだり,ひとりで遊ぶのも楽しかった.


でも,兄チャマのことを知るまでは
四葉は本当の四葉じゃなかったの.


本当の四葉は
どこか暗いところに隠されていたんだ.


でもね,隠したのはお父さんでも,お母さんでもなくて
自分から隠れてたわけでもなくて


隠したのは四葉だったんだ.


兄チャマのいなかったころの四葉は
自分の生活をとても楽しんでいたから


本当の四葉を
どこかに隠しちゃったんだ.


それはゼンイでもアクイでもなくて
ただの無邪気な心.


閉じ込めたわけでも,
鍵をかけたわけでもないの.


でも四葉は出てこなかった.
“どこか”にずっと身を潜めてたの.


その“どこか”のほうが,
イギリスより居心地がよかったから.


だから四葉は四葉のことを忘れちゃったんだ.
ずっと,ずっと,長い間.




でもね,


“四葉に兄チャマがいる”ってきいたときから
また本当の四葉が出てきたの.


最初は,外の光がまぶしすぎて
何がなんだかわからなかった.


でもね,目が慣れると四葉は思ったの.
“あぁ,ここが四葉の場所なんだ”ってね.


久しぶりに,本当に久しぶりに外に出られたから
“泣いちゃうかな”って思ったけど


四葉はそんなこと忘れるくらい倖せで
兄チャマのことしか考えられなかったの.


それで,四葉の幸せな日々が始まりました.
すべては兄チャマのおかげなの.


どこへ行っても,何をしてても,
兄チャマのことばっかり考えてた.


兄チャマはどんな人なのかなって.
何を見ても,何を聞いてもそればっかりだったの.


だから,“倖せ”だった四葉のこと,
兄チャマを知らなかった四葉のことも忘れてた.




兄チャマを知らなかった四葉は
倖せな四葉に置いてけぼりにされていたんだ.


自分が倖せだって思ってたことより
もっと倖せなことを知ってしまって


昔の倖せにしがみつかれて
四葉は前に進めなくなっていた.


目の前で笑ってはしゃいでる四葉を見て
自分の倖せが信じられなくなってしまったの.


シャーロック・ホームズのご本も,
大好きだった熱い紅茶も


みんなと遊んだクリケットも,
夢中になったヘッジホッグも探しも.


それから,昔自分が
兄チャマがいることを知らずにあれこれ考えた


夢さえも.


全部信じられなくなってた.
全部ニセモノのシアワセだと思ってしまったの.


そして,今まで本当の四葉を隠してたことが
すごく怖くなったの.




だから,四葉が気付いたとき
その女の子は泣いていた.


兄チャマを知ってしまったことが
兄チャマを知らなかった四葉を傷つけてしまったの.


その女の子は“自分のはニセモノのシアワセで
自分はニセモノだったんだ”っていって泣いていた.


そして,四葉に“ごめんなさい”って謝ってた.
ずっと泣きながら謝っていたの.


ごめんなさいごめんなさい.
とじこめてごめんなさい.


わたしのことおこってる?
わたし,あなたがいたところにいるんだよ.


くらかった?こわかった?
さむかった?くるしかった?


ひとりでさびしかった?かなしかった?
わたしはいまとてもさびしいの.


ほこりくさくて,かびくさくて
くものすがいっぱいかかっていて,


くらくて,しずかで,さむくて,
だれもいないところにわたしはいるの.


その女の子は
暗闇の中にひとりで立って


ちっちゃな手を握り締めて
ボロボロ泣いていたんだ.




でもね,


四葉は言ったんだ.


シャーロック・ホームズのご本も,
大好きだった熱い紅茶も


みんなと遊んだクリケットも,
夢中になったヘッジホッグも探しも.


あれこれ考えた夢も.


ニセモノなんかじゃない.


無駄でもない.


楽しかった思い出や
大好きなものは


兄チャマとわけあえばいいんだよ.


それからね,兄チャマの楽しかった思い出や
大好きなものも


わけあうの.
ふたりではんぶんこするんだよ.


それに,四葉は怒ってなんかいないよ.
外に出られてとても嬉しいの.


これから兄チャマにあって,
いっしょに過ごせる時間がとっても楽しみなんだよ.


四葉はとっても倖せだよ.
嘘でもニセモノでもない.


だから涙をふいて.
あなたもニセモノなんかじゃない.


本当の四葉なんだよ.


さぁ,暗闇を出て.
外はこんなに明るい.四葉は倖せだよ.


一緒に兄チャマに合いに行こう!




だからね,兄チャマ.


いま四葉はとっても倖せです.


これから四葉と兄チャマに
何が起きても


兄チャマといっしょにいるだけで
四葉は倖せだよ.


だからこれからも
四葉は泣いたりしないから.


たまには泣くかもしれないけれど
もうひとりぼっちじゃないから.


だからふたりで


一緒に未来を作っていこう?


今の倖せを大切にして


夢の続きを描いていこう?




だからけっして
この手をはなさないで.


おいてけぼりにしないでね.