「霧の朝には奇跡が起きる.」
昔あにぃが教えてくれた
ボクとあにぃの二人のヒミツ.
吐息の中で繰り返す…….
ジンクス×ジンクス
〜霧の朝の奇跡〜
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SCENE1.「霧の朝の巡回」
はっ,はっ,はっ,はっ,
はっ,はっ,はっ,はっ,
「ふう,今日も風が冷たいや…….」
ボクは今,いつものジョギングコースを走ってる.電柱が等間隔に流れていく,いつもの町並み.スズメの鳴き声が響いてる,いつもの横断歩道.公園に入ってアスファルトの道から外れる.土を蹴る感触が気持ちいい.いつもと同じジョギングコースを,ボクは今なぞってる.
でも今日は,いつもと同じじゃないことが二つ.
はっ,はっ,はっ,はっ,
はっ,はっ,はっ,はっ,
ひとつめ.今日はボクの誕生日.
そう,今日はボクの誕生日なんだよっ! えへへへへ♪
昨日はボク,誕生日が待ちきれなくってすっごい早くに寝ちゃったんだ! 去年はボク,早く寝よう早く寝ようと思ってたのに目が冴えちゃってサ,結局あにぃに起こされたんだもん.せっかくの誕生日に寝ぼけまなこで…….あぁ,今思い出しても恥ずかしいなぁ…….
そう! あにぃは毎年,朝早くに誕生日を祝ってくれるんだ! でもボクは毎年,前の夜に目が冴えちゃって,「今年はあにぃは何をくれるかな.」なんて考え出すと,ワクワクして,余計に眠れなくなって…….
だから昨日はぐっすり眠るために,いつものジョギングコースを4周もしちゃったよ! あははっ♪ おかげで昨日はとってもよく眠れたんだ! あ,でも,寝ぼけ顔であにぃに起こされる夢は見ちゃったけどね♪
はっ,はっ,はっ,はっ,
はっ,はっ,はっ,はっ,
それで,それでね,
今朝ボクが目覚めたときにはあにぃはまだ来てなくて,ちょっと嬉しかったけど,でもちょっと寂しかったんだ.それで,あにぃを待っているうちにじっとして居られなくなっちゃって.
だからね,どうせならちょっと家を空けてあにぃを驚かせちゃおうと思って.ジョギングコースを一周したら,ちょうど30分位だからね.ボクの留守に驚いてるあにぃに「おはよっ!」って言おうと思って,それでジョギングウェアを着て外に出たんだ.
そしたら………….
外は一面,白い霧で覆われてて…….
ボク,びっくりしちゃったよ! だって,だってね,霧の朝には…….
奇跡が起きるんだもん!
SCENE2.「霧の朝の極限」
はぁ,はぁ,はぁ,はぁ,
はぁ,はぁ,はぁ,はぁ,
「はぁ,はぁ.くそっ,霧で前がよく見えない!」
まったく,これじゃあホワイトアウトだ.いや,流石に大げさではあるが.
住民の半分以上が眠りに付いている閑静な住宅街のど真ん中,僕一人が極限状態に追い込まれたところで,誰の興味も僕に注がれはしない.
「くそっ!」
僕は半分やけになってペダルを踏んだ.ライトの発電機のガーガー回転する音だけがうるさい.車も走っていないのか,この街は.
顔にぶつかる風は,鬱陶しいだけで爽やかさのカケラもない.そして暑い.慌てて着てきたトレーナーは分厚く,首筋を汗がつたう.自転車のスピードじゃ振り切れない湿気.あぁ,なんて朝だ.
まったく,霧の朝には奇跡が起きる.
SCENE3.「霧の朝の交錯」
はっ,はっ,はっ,はっ,
はっ,はっ,はっ,はっ,
そう.ふたつめは,今日が「霧の朝」だってコト.
ボクにとって,霧の朝は特別なことが起きる不思議な時間なんだ! 長い間見つからなくてほとんど諦めてたスポーツウォッチを見つけたり,すっごいペースで息も切らさず飛ばしてるマラソンのお姉さんに遇ったのも霧の朝だし…….そうそう! 霧の朝にだけ迷い込んじゃう路地裏もあるんだよ! ボクは時々ジョギングコースから外れて街を探検するんだけど,でも,今日はあにぃを家に待たせてるから寄り道しないで帰らなくっちゃ! えへへっ♪
それに,なんて言ったって霧の朝にはあにぃとの…….
ガーーーーーーーーーーーッ.
「…………!? 今の自転車……!!」
あにぃとの……思い出を思い出そうとした瞬間,目の前をすごいスピードで横切っていった自転車が一台.
乗っていたのは…….
SCENE4.「霧の朝の助走」
相変わらず発電機だけがガーガーうるさい.静寂を切り裂いて生み出されたそれ相応の電気は,目の前の霧を意味なく照らすだけだ.
「はぁ,はぁ.…….はあ〜〜〜.」
ため息が風圧で口の中に戻ってきた.いや,そんなはずはないがそれぐらい息苦しい感じだ.
通り過ぎていくこの風景は,僕の憂鬱感を更に加速させていく.
あと5分で,僕の大ッ嫌いな,…….
SCENE5.「霧の朝の困惑」
「あにぃ…………??」
いや,間違いない.乗っていたのは,間違いなくあにぃだった!
え……? どうしてあにぃが?
あにぃが走って来た方向には,あにぃの家がある.
あにぃが走っていった方向には…….何があるの?
ボクの家では,ない.
だって.だって今日はボクの誕生日なんだよ!! あにぃはどこへ行こうとしているの??
「あにぃは,ボクの誕生日を忘れているの…………?」
驚きから覚めたボクの頭の中は,わからないことでいっぱいだった.
「とにかく,走ろう.」
ボクは,多分,ボク自身に呟いた.そしてボク自信を落ち着かせるために,また走り出した.
走り出して,すぐやめた.
「あにぃがどこに行くか,確かめる!」
僕は僕自身に叫んだ.今度ははっきりと.そしていつものジョギングコースを外れて,あにぃの向かった方へ全力で駆け出していたんだ.
自転車は,もう見えなかった.ガーッという音も聞こえなかった.でも,あにぃはまっすぐ進んでるって思えたから,僕もまっすぐ通り沿いを走った.
しばらく走っているうちに頭も冷めてきて,一つ思い出した.この先には,近所で一番急な坂がある.
あにぃは,坂が大の苦手だ.
SCENE6.「霧の朝の地獄」
はぁ,はぁ,はぁ,はぁ,
はぁ,はぁ,はぁ,はぁ,
まったく,川沿いって,言うのは,坂が,多くて,困るな……!!
僕は坂が苦手だ.坂を上ると疲れるし,動機息切れめまいがするし,頭痛もする.つまり坂を自転車で登るのが下手なのだ.
体力はそこそこある.だから問題は自転車だと思う.一般の主婦方が電動自転車で買い物をするこのご時世,僕の自転車にギア変速はなく,坂を登るときは原則立ちこぎ.こっちは坂を上る少しの負担も減らしたいのに,発電機が無駄な抵抗を加える.上り坂では半分くらいの力を奪われてる気がする.発電を止めようとしても無駄だ.ちょっとした振動ですぐまた発電を開始する,働き者である.スイッチを足で蹴る体力も惜しい.要するに,ボロ自転車なわけだ.妹のお下がりの…….
そう,妹.僕が今こんなにも嫌いな坂を登っているのには訳がある.
今日は妹の誕生日なのだ.
目指すは朝日堂.この近所で一番朝早くから営業している骨董屋.その――事実だけが有名な店.
僕はほぼやけくそでペダルを踏んだ.
SCENE7.「霧の朝の尾行」
はっ,はっ,はっ,はっ,
はっ,はっ,はっ,はっ,
この坂,かなり長いなぁ.
ボクが坂を登り始めて2分,さすがにキツくなってきた.呼吸を整えて,ピッチ気味にカーブを右折する.
――と,前方に自転車を捕らえた.さっきまでは霞がかった逆光で見えにくかったのもあるのだろう,自転車との距離はそう遠くなかった.
同時に,ボクにははっきりと解った.あれは間違いなくあにぃだ.
でも…….
見つからないように距離を保ちながら,ボクは考える.
なんであにぃはこんな時間にこんな坂を登っているのだろう.今日はボクの誕生日だって言うのに.
いや,本当はボクも解っている.だって,この坂の先にはあるものといったらひとつしかない.
「朝日堂.」
呼吸を乱して,ボクは呟いた.
この近所で一番朝早くから営業している骨董屋.それ以外は不明.しかし,それ以外の事実はこの状況には必要なかった.
考えられることはひとつ.あにぃは,僕の誕生日プレゼントを用意し忘れていた.
あにぃは今朝早くにそのことに気づいたが,こんな時間から営業している店は,コンビニ以外では朝日堂しか考え付かない.そしてあにぃは朝日堂へ向かう…….
今はそれがただ嬉しい.あにぃはボクの誕生日を忘れていなかったんだ.忘れていたけど,こんなにも一生懸命になってくれている.
でも…….
「ダメだよ,あにぃ.」
呼吸を乱して,ボクは呟く.あにぃ,朝日堂は今朝は営業していないよ.
「だって,今朝は霧の朝.朝日なんて,登ってないんだもん…….」
SCENE8.「霧の朝の通過」
はぁ,はぁ,はぁ,はぁ,
はぁ,はぁ,はぁ,はぁ,
「……!! …………はぁぁ!?」
僕は,目の前の光景に頭を揺さぶられた.
朝日堂,閉まってる――――.
意識が少し遠のく.右手に茂る竹林の中に自然に潜んでいたその店は,しかし閉まっていた.
「そんな…….」
僕は希望を打ち砕かれながら,それでもペダルを踏んだ.しかし朝日堂を10m程過ぎたところでよろめき,片足を地面に付いた.
それでも…….
いま,帰るわけにはいかない.休むわけにもいかない.
僕は自転車を降り,2,3回深呼吸をしてからハンドルを強く握り,自転車を押して走り出した.
いま,帰るわけにはいかない.休むわけにもいかない.
なぜなら,僕は尾行されているからだ.
SCENE9.「霧の朝の頂上」
ぎゅっ,ぎゅっ,ぎゅっ,ぎゅっ,
ぎゅっ,ぎゅっ,ぎゅっ,ぎゅっ,
傾斜した峠を一歩一歩踏みしめる.自転車の轍を踏み固める.
「はぁ,あにぃは一体どこまで行くんだろ?」
あにぃが朝日堂を通過してから10分,あにぃの体力はそろそろ限界みたいで,フラフラしながら自転車を押している.あにぃは何度も倒れそうになった.ボクはその度に駆け寄ろうとしたけど,その度に何かに駆り立てられるように体勢を立て直し,前へ進んでいった.
「あにぃの目的地は,朝日堂じゃなかったのかな.」
「朝日堂へ向かう坂」は,朝日堂を過ぎた時点で「隣町へ向かう峠」だった.あにぃの目的地は朝日堂じゃなかったのかな,と繰り返すと,あにぃが僕の誕生日を覚えていてくれたのかさえ疑わしくなってしまう.
ボクはブンブンと首を横に振った.蒸れた髪が少し涼しくなる.
ううん,違う.あにぃは,朝日堂が営業していなかったから,隣町へ向かおうとしているだけ.
でも…….隣町に行くより,地元の商店街に戻った方が早いのに.まだほとんどの店は閉まってるけど,それは隣町でも同じじゃないかな.
そんなことを考えてるうちに,あにぃにぶつかった.
あにぃにぶつかった…….あにぃに…….
「おはよう,衛.誕生日おめでとう.」
SCENE10.「霧の朝の奇跡」
「えぇぇーーーーーっ!!? あ,あにぃ!??」
その峠の頂上で,衛は絶叫した.まったくの期待通りで少し面白い.
「えっ,だってあにぃ,その,えっ???」
……相当,錯乱しているな.仕方ない,もう一回言うか.
「誕生日おめでとう,衛.」
「えっ? あっ,あの,ありがとう,あにぃ…….」
「僕の後を,尾けてきたんだね?」
「あっ………….」
しばしの沈黙…….そして.
「……ごめんなさい.」
「衛が謝ることないんだよ.むしろ僕のほうこそ謝らなきゃ.」
僕たちは,やっと落ち着いて話を始めることが出来た.
起承転結の,結.
僕は息を切らせながら事の顛末を衛に説明した.衛の誕生日プレゼント用にランニングシューズを買ったけど,つい自分のサイズにしてしまったこと.そのことに今朝気づいたこと.そして,藁にもすがる気持ちで,立ち寄ったこともない朝日堂に向かったこと.
衛は少し拗ねながらも,僕の失敗を笑いながら許してくれた.まったく,今朝はとんだ誕生日になっちゃったよ,なんて言って.
そして.
「帰ろうか,衛.」
「うん♥」
僕の自転車のサドルにまたがる.衛は自転車の荷台にまたがる.ペダルは,踏まない.
僕たちは,一気に坂を下る!
EPILOGUE1.「そしてボクたちは」
そしてボクたちは,風を切って坂を下った.途中で例の店の前を通過する.10分前に分前に閉まっていたその店は,今は営業していた.
「あれ,朝日堂やってるよ,あにぃ.」
「うん.っていうことは…….」
店の正面,東の方向には,霧が晴れて太陽が顔を覗かせていた.
「残念だったね,あにぃ.あと少し遅ければさ.」
「うん.」
そう言いながらも,あにぃは全然残念そうじゃない.
まったく,ボクの誕生日プレゼント,どうするつもりなんだろう.
EPILOGUE2.「そして僕たちは」
そして僕たちは,風を切って坂を下った.途中で朝日が昇ってきて,僕はあることに気づいた.
霧が,晴れた.
太陽が,昇った.
そして…….
「残念だったね,あにぃ.」
「うん.」
衛の言葉に適当に相槌を打つ.
そして…….
次の曲がり角は,左折.太陽を背にして,西に向かう.
もしかしたら…….もしかしたら.
「衛,もしかしたら,奇跡が起こるかもしれないよ.」
「え,なぁに,あにぃ?」
曲がり角まで100m.自転車はどんどん加速する.
まったく,誕生日の日に虹が見れるなんて,それこそ奇跡じゃないか.
でも,今日は霧の朝だから.
「霧の朝には奇跡が起きる.」
「あにぃ?」
「衛,誕生日プレゼント.」
「誕生日プレゼント?」
汗をかいた肌が,髪が,風に吹かれて涼しい.衛のしがみつく背中だけが熱かった.
「しっかり捕まってろよ……!」
僕はペダルを強く踏み込む.曲がり角まで5m.
霧の朝には奇跡が起きる.
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〜Fin〜
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