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11月18日(月)〜21日(木)

ハシケン完全アコースティックライヴまでカウントダウンの1週間。

■ ラジオ出演、新聞掲載、チラシ配付等々。レコード会社のプロモータが「音楽に対する愛情」だけで仕事をしたらと想像。頭の中で「もっとマシな世の中だったでしょう」とマドモアゼルゆみこに扮したホリケンが答えた。

■ 悪条件が重なって開演に1時間遅れる彼女に「無理して来なくてもいいのよ」と私。
彼女の言葉は「あなたがそんなに頑張ってるのに、私が行かなくてどうするの?」
ちっとも特別じゃないような言い方で。
自分と他人との距離を計りかねるような日々の中で、彼女の言葉がどんなに私をまたシャンとさせてくれたか、きっと彼女は知らない。こうやって、私はいつもいつも彼女に救われている。

■ 営業部長のK氏、今やだれよりも熱いハシケン教宣教師。ブリグリのライヴにしか行ったことのない彼をハシケンフリークにした音楽の力に驚く。Hさん、Aさん、その他、草の根的に応援して下さった皆さんに深い感謝。

■ SE、ケータリングの準備。

■ 好きな事しかしない!と言うのは本当に難しい。大好きなミュージシャンの歌を広める手伝いができれば、そんな幸せな事はない。おめめキラキラで。

11月22日(金)

ハシケン完全アコースティックライヴ当日

出迎え、準備、セッティング。
助っ人にMちゃん、Tちゃん。当たり前のように仕事をこなしてくれる彼女らのフトコロの大きさに感謝感激。
丁寧なリハーサル。ジェンベ、三線、ギター、ピアノ、手拍子。
ステージを見ていなくても、音が届く。作業をしている私に、波のように流れこんでくる歌。「彼」の身体から放たれる生命力。空気の揺らめき。とても幸せで贅沢な時間。

少し時間を押してライヴがスタート。
ハシケンから観客に向かって、放たれる何かを見た気がした。金の糸、銀の糸。紙テープを投げるように、彼の歌から何かが放たれる。その糸が静かに観客の中に広がっていく。

ふと見ると、友人のNが泣いていた。
「優しい音楽、暖かい音楽が嫌い」と言っていた彼女。
彼女にとって、ハシケンの歌は全く別のベクトルにある。と、思っていた。驚きだった。ハシケンから投げられた金と銀の糸が彼女に降りていくのが見えたような気がした。
音楽は一時も止まらない。生きて、呼吸している。人生も止まることはない。人が変わりつづけるように、音楽も変わりつづける。ただの一つも同じ夜はない。だから、人生も音楽も愛おしい。
後ろからNの涙を見た時「生きてて良かった」と思わずにはいられなかった。私まで泣きたくなって、ずずずと。

打ち上げの席にて。1か月前までハシケンを知らなかった人たちばかりであるに関わらず、それぞれが風景を描き、何かを持ち帰ってくれたんだな!って感じられた。
「主催者冥利に尽きる」ってこの事だと思ったりした。

11月23日(土)

京都へライヴに向かうハシケンを見送り。身体的にも精神的にも、賢い人だ!最強の「カツオ君」である。来年も福岡でライヴを、と約束して別れた。すでにライヴの禁断症状が出ている人がここに。

帰りにリカクマとファミリーレストランで軽く打ち上げ。いつもの事ながら、苦しいようで本当に楽しい2ヵ月間だったな。これほど、一つの音楽、一人のミュージシャンに同化した月日もなかった。

11月23日(土)

スクラップになった人間、約一名。

夜、近藤君と次の悪だくみについて打ち合わせなど。ソロに力を注いでいる彼を見ていると、新しいモチベーションが生まれているのだと言う気がする。「歌を鍛えにいく」彼の言葉を借りるとそんな感じかもしれない。平坦な道ではないかもしれないけれど、歌も彼もそうやって「強く」なっていくのだと思う。
などと言いつつ、実はおバカな話が9割方。

11月24日(日)

自分が、燃え尽きて真っ白な灰になった気がする。「あしたのジョー」のラストシーンそのもの。何故かうっすら笑っているのだけど。
朝早く、白い灰はムックと起き上がり、友人の結婚式に出席するために神戸へ。新幹線の中では、ほとんど溶けかかっていた。シートにヒトガタの緑の液体が残っていないか心配(「V」かよっ)。

久しぶりに神戸に来た。随分前にリカクマ君と旅行して以来だ。あれは、いい旅だった。二人でネーミングだけで店を選んだ。私たちのそういうアンテナは驚くほど同じ方角へ働く。特に看板を見た瞬間、二人の動きが止まった「ぶっちぎり寿司」は最高だった。ビバ!ぶっちぎり寿司。残念ながら、メキシカンハットが似合う大将はいなかった。うーん、マンダム。

未知の土地で未知の場所を目指すのは私の場合、非常にリスクが大きいので、MちゃんとK君カップルに引率してもらって、会場のレストランへ向かう。
会場で花嫁のYちゃんを見た瞬間、疲れなど吹っ飛んでしまった。馬子にも衣装とは言うけれど(コラ)。ウェディングドレスというのは、ほんとうに可愛いものだなあと改めて思う。その姿を見ているだけで、涙がジンワリと出てきた。シンプルで暖かい雰囲気。二人が選びに選んだ音楽も素晴らしい。

ところで、今日のために私はおニューの使い捨てカメラを用意したのだった。「望遠」と書いてあるので、これなら遠くからでもバッチリ撮れるわよ!と意欲満々だった。
ところが、ファインダーをのぞくと、何故か誰も彼もドアップなのだよ。鼻しか映ってないのだよ。ヒョエーン、これって望遠と普通撮りと切り替えられるんじゃないの!?よくよく見ると、何と、それは望遠専用だったのだよ。
しかも、撮影距離:8m〜無限と書いてあるのだよ。ウソ、ウソよ、ウソだと言って〜〜!8mって!
ケーキ入刀の時「カメラをお持ちの皆様、お近くへどうぞ」と司会の方に言われるままにお近くに寄ったら、上に乗ってるイチゴしか映らないでやんの。みんなが近寄っている中、一人そーっと離れたところからカメラを向ける怪しい女。それは私だった。あんなに離れても、恐らく全身が入った写真は一枚もないであろう。。。。ショボーン。バッカじゃないの、と言われつつ(自分に)ドアップの写真を撮りまくった。

歌と音楽と笑いに包まれた(MとK氏の歌も最高)式が無事に終了。無駄なもの、形骸化したものを取り払って、シンプルにした「セレモニー」というのはつくづく良いなと思った。必要なのは「思い」なのに。今の世の中、「シンプル」にたどりつくのに何と多くの犠牲が必要なのだろう。

K君とMちゃんと別れを惜しみつつ、新幹線のシートにまたペッタリと張り付いて帰福。

11月26日(火)

ライヴの残務整理その他。来場した方にお渡ししたパンフレットが好評だったのが嬉しい。こうやって何らかの形で「気持ち」を残していくのは大切なことだと改めて思う。

友人にお願いしていたライヴレポートをサイトにアップ。当日書いていただいたアンケートをまとめる。一つひとつに目を通していると、ジンワリとまた喜びがわいてきた。
それぞれの日々、音楽が結ぶ円環。その向こうにある風景。スレ違うことすらなかった人々の時間があの日一瞬だけ、同じ音楽の色に染まったのだ。
『出会えて良かった』心からそう思った。

11月27日(水)

近藤君のソロライヴについて詳細が決定。一番この企画を楽しみにしているのは、出演者と私かもしれない。ノリノリノリスケなのです。共演のたくしま氏曰く「王子様VS森の妖怪」だそうで。でも、王子様って言うのはどうかと思う象、と近藤君に激しく異議申し立て。のらりくらりとかわされた。

11月28日(木)

仕事の合間を見て、シネリーブルにてドキュメンタリー映画の「歌え!フィッシャーマン」を見る。最北の漁村にある合唱団のドキュメンタリー。じいさまたちが木枯らし吹きすさぶ港町で美しいコーラスを奏でる、という絵ヅラがとても好きで。ありえないだろ!って思うんだけど。鼻水も凍っちゃってるし。頑固な北国のじいさまたち、音楽、漁業、港、雪、車椅子の指揮者。映画的に素晴らしい要素がそろっているけれど、合唱団が結成された経緯、ロシア公演のいきさつなどがわからないので、ちょっと中途半端な印象が残った。素晴らしい素材をどう活かすかというのは、ドキュメンタリーの課題なのでR(嵐山光三郎の声で)。

11月29日(金)

久しぶりにタワーへ向かい、CDを購入。愛しのロディ・フレームの新譜「Surf」の美しいこと。声とギターだけ。でも「弾き語り」とは確実に違う。どこがどう違うんだと、壁際で問いつめられても答えられないけれど。みずみずしい音の広がりは、彼独特のコード進行のせいだけではないと思う。何故だろう、彼の歌はいつも冬の匂いがする。あまりに寒くて笑ってしまうような、はりつめた冬の朝の空気が五線譜に並んでいる。
冬に向かって歩き出そう、と彼が歌った時からこんなにも時間が過ぎた。今でも、彼は冬に向かって歩いている。

11月30日(土)

KBCシネマにて「ディナーラッシュ」を見る。イタリアン、レストラン、マフィア、色男、女たち、金、欲望。スタイリッシュな映像。まるで、フルコースのような。厨房に入り込んで、戦場のようなレストランの舞台裏を映し出すカメラワークが見事。自分がフライパンをチャッチャッ!ハーブでステーキをザザッ!トマトソースの鍋をグルグル!とやってる気分になる。食欲だけでなく、視角や聴覚も刺激された。
映画の中でダニー・アイエロ扮するレストランオーナーが「行列ができるような、ヌーベルキュイジーヌなんかいらん。俺は、ちゃんとしたミートボールが食べたいんだ」と言っていたけれど、日本でも「創作和食」みたいなレストランが増えて、ちゃんとした和食の食べられる店が案外少ない事に通じるかも、と思った。
基本あっての「創作」だろう?愛だろう?だろう?なんて、中尾淋の声で。
何かを特に訴える映画ではない。けれど、センスの良い店で食事したような満足感のある映画だった。素直に「あー面白かったね!」と言える。これって思うより難しい。こういう映画の楽しみ方はひさしぶりだった。

夜、韓国料理の店にて会合。東京へ旅立つRちゃんのプチ送別会。釜山風の韓国料理は美味。おひさしぶりのラブユーナマコが出たので、皿ごと抱えて食べていたら、ナマコとあだなをつけられそうになった。それにしても、うるさい集団であった。おもしろい夜。

12月2日(月)

トム・ラブランクの「Eagle Talk」のサンプル盤が届く。細海魚によるHOKA HEYミックスの美しいこと。「だてに傾いてるワケじゃない」とは山口洋の弁。トム・ラブランクの「声」の持つ力の凄さ。できるなら、ライヴで聞いてみたかった。最近、彼の声を聞いて思い浮かぶのは「地獄の黙示録」のカーツ大佐である。誰かは「初めてドアーズを聞いた時のすこし怖い、ドキドキする感じ」と言ってたっけ。そう、異界の扉が開く時、私を導くのはきっとこんな声だ。
これは聞く人にとって凄い「体験」になると思う。

12月4日(水)

大切な事が抜け落ちて、どうでもいいような事ばかり書き留めているような気がする。たとえば、こんな話。

テレビから「それでは天国のお天気です」という声が聞こえてきた。「三途の川のほとりで中継するキャスター」の図が浮かんでしまったけれど、当然「全国のお天気です」の間違いだった、とか。

12月5日(木)

Meet me in the twilight/ where the road begins.
夕暮れに会いましょう/道が始まる場所で。


なぜ彼の声は私の心に今もすみついているのだろう。

ジェフ・バックリー「Songs to No One」を聞く。
たった1枚しかアルバムを残さなかった彼。ライヴ盤、未発表曲、作りかけのアルバム、セッションテープ・・・豊富にそろえられたディスコグラフィーを見て驚くのは、彼自身かもしれない。
死体愛好家のような悪趣味なビジネス、と人は言う。
そして、こんなふうにデモ以前の「偶然録音していた」音源でさえ(それがまた素晴らしかったりするのだけど)しがみつくように聞いている私。
未発表曲は未発表曲でしかなく、彼はこんなふうに自分の残したカケラが切り売りされるのをちっとも喜んでないと思うけれど。

この間、歌うハシケンを見ていてふと頭をよぎったこと。ハシケンの声には、ジェフ・バックリーと同じように「肉体」がある。その中にある炎は消えることがない。それは、彼と同じように手をのばして「触れたい」と思う声だ。誰も「彼」の代わりにはなれないけれど。ハシケンに出会ってから、ほんのすこしだけ救われた気がしている。

Kiss me, kiss me out of the desire, not consolation.

12月6日(金)

カクカクシカジカの事情により
シカラムータをあきらめ
JUDE<ユダ>のライヴへ。
言葉にできない気持ち。
光の速さで心は変わっていく。
何故に人はリズムを刻むのだろう。
渡辺圭一のベースの音が
私の心臓のリズムになればいいのに。
そんな事をボンヤリ考えていた。
永遠のマーク・レスター、ベンジー。
あなたは今も手押しトロッコで
「ここではないどこか」へ行こうとしている。
でも、私はその国へ行くパスポートを
なくしてしまった。
なくしてしまった気がする。



11月15日(金)

急に思いたって、2ヵ月以上も滞っていた日誌を一気に書くことに。「ついに手を抜くようになったか」と言われつつ、覚え書きから印象に残っているあれやこれやを。

■ 何もないからではなくて、色んな事が溢れてしまって書けない事もある。

この2ヵ月に決まったのは、まずハシケンのライヴ主催。何が何でも福岡の人にハシケンの歌を聞いてほしい。
主催を思いたってから、私を支えていたのはそういう自分でもバカバカしいと思える情熱だった。実際に決まった時の嬉しさと来たら、焼肉とアイルランドと大学合格とダイエー優勝が一緒に来たような(全くもって意味不明)。

先日、歌うハシケンを見ていて、清水ミチ子が日誌に書いていたことを思い出した。

歌って、下手でも上手でも、本人の脳味噌のどこかに、
何かいい波動を与えるんじゃないでしょうか。
で、それはうまく行くと、
聞いてる人たちの脳にも伝わるわけよ。
その「波」みたいなものを、
いつでも、自在にたっぷり出せる人こそ、
歌手としての能力ある人だったりして。


私はこれをハシケンに感じるのだ。彼の声で空気が震えて、それが聞き手に伝わるというような簡単な事。

私にできる事はたかが知れているのだけれど。とにかく一度でもいいから、彼の歌を聞いてさえもらえれば、すべてわかる。そう信じているのだ。
あの空気が震えるような時間を少しでも多くの人に感じてほしい。ただそれだけ。
もちろん、タックルもしてみたい(←あんた誰?)。

■ トップページに書いているけれど、トム・ラブランク with 山口洋+細海魚のポエトリーリーディングの訳詞をさせていただきました。素晴らしい作品です。あの声の持つ力にはどんな楽器も叶いません。思わず正座してしまいます。ピョコンと。間違いなく。

■ 不安は適中した。FAで読売に身売りしませんように、とお百度参り(うそ)していたのに、中村ノリ、巨人と交渉中だそう。それにしても、今回の一連のニュースの見出しのカラフルさはどうでしょう。

<ノリ、巨人獲得の条件は「茶髪をやめる」>
<ノリ、遂に黒髪に。巨人入りの意志表示か>
<近鉄梨田監督、ノリにラブコール「髪が黄色でもオレンジでもいい」>

ちょっと待て、野球の話はどうしたのだ。何故か♪白黒抹茶あずきコーヒーゆずさくら というCMを思い出したのでした。

■ 意外に日誌を読んでくれている人が多い事がわかって、ちょっと驚き。お茶を濁すわけではないけれど、サイトを再開する前の日誌もアップしてみた。お暇な方はこちらを見るとよろしくってよ。あら、またお蝶婦人が。

■ 9月最後の日曜日に見た、アンジー&アクシデンツの復活ライヴ。オープニングの無礼者達のステージには、頭に風が通るような新鮮な感動を覚えた。敬愛するバンドと完全にタメを張るような堂々としたライヴ。寝ないごはおらんが〜〜。男らしいリズム隊と最近マッチョなラモンさんのギター。農場主のヴォーカルは、レフトスタンドに消える**(好きな選手の名前を入れてください)のホームランのようだった。
何となく、えんどう豆がプチっとはじける瞬間を思い浮かべた。こういう瞬間にバンドは大きく外に飛び出すのだと思う。素晴らしい。

圧巻だったのは、アンジー。全く「終わってない」人たちがそこにいた。十年以上過ぎても、彼らの音は死んでなかった。カビもほこりすらなかった。まるで、昨日も1週間前も1ヵ月前も一緒にいたような。中谷ブースカ氏の獅子の舞い。水戸さんのマイクは楽器に見える。こんなに「楽器を持たない」事が自然な人、見た事がない。彼の全身からはまっすぐに光が放たれていた。

「ここにいる誰一人、俺より先に死ぬな」

その瞬間、頭のネジが2、3本飛んだ。ピョーン。もうどうなったかわからなくなって、プラグが完全に抜けた。泣き笑いする顔、顔、顔、顔。何泣いとるの、あんたたち。そう言いながら、涙で崩れていく顔、顔、顔、顔。

おかげで頭の配線をやり直しました。

■ 真面目な人が人を笑わせようとするとよく暴走する。ような気がする。
何にしても「肩の力が抜ける」というのは、長い時間がかかるのかもしれない。

■ サッカーが面白い事はワールドカップでよくわかったのですが、だからと言って「野球がつまらない」とは思わないのです。サッカーも面白いし、野球も面白いし、カーリングだって面白いと思うのです。野球ファンだった人たちが手の平返したように「野球なんかつまんない」と言い出したのを聞くと、思わず校舎の裏に呼び出して(以下自粛)。

仙ちゃん、松井のメジャー行きについてホレボレするようなコメント。

■ 「侵略美少女ミリ」という特撮シリーズがテレビ放映されているそうです。残念ながら、九州地方ではない様子。
そのツッコミどころの多さは真珠婦人なんてメじゃないわ!って言うぐらいのようです。もしかしたら、それを狙っているのかもしれません。それぐらい、何と言うかトホホ感にあふれています。

美少女ミリという宇宙からの侵略者が主人公で、毎回地球を守るヒーローが登場して、ミリと闘うらしいです。

ヒーローの名前がイカしてます。
「コムソーマンX」「タガメマン」「モザイクW」「ホタルハイカー」     ・・・意味わかりません。








一話で地球を救う「クワガタンT」 どう見ても、「犬神家の一族」の死体です。逆さに刺さった足の立場は一体。

公式ホームページがあるそうです。興味がある方はぜひこちらまでどうぞ。

■ 今年最も心が震えたのは、佐賀で見た板橋文夫、ハシケン、太田惠資のトリオセッション。酒蔵のしんとした空気。暖かい人々のもてなし。美しく、戦闘的で、はかなく、図太く、和やかで、壊れていて、みずみずしい。そんなライヴだった。きっと二度と同じ夜はやって来ない。彼らの音は生きて、呼吸をつづける。
そんな音楽を聞く場所を私たちは「ライヴ」と呼ぶのだと思った。

■ 最近、内輪でブームなのが「新しい雑誌」を作ること。新しい雑誌を考えだして、コンテンツを作るだけで楽しい。
たとえば『素敵な刑事(デカ)』秋冬特大号
*特集:張り込みでの食事を考える〜メロンパンと牛乳で刑事の栄養は大丈夫?
*激論!食べてる場合か
*張り込み中もこれで安心!手軽に作ろう路上鍋
*徹底考証 タバコ、カツ丼、母親の話だけでいいのか!?21世紀型取り調べ室グッズ総点検

バカですか?

■ 先日、初めて会った方から「あなたどっかで見たと思ったら、<エースをねらえ!>に出てたわね!」と言われた。この方、私に時々お蝶婦人が憑衣するのを知っているのかしら、と思ったら、お蝶婦人ではないらしい。名前は忘れたけれど、とにかく<エースをねらえ!>に出ているのだそう。その事を知人に話したら「ああ、あんた出てたわ」と真顔で言われた。一体、それは誰。て言うか、私は何。

そう言えば、モモレンジャーとも言われたのだった。一体、何なんでしょうか、わたくしの正体は。

■ ダジャレは伝染する。−覚え書きにナゾの一言。何を言いたかったのかしら。

■ 最近驚いた事:トルコ代表の森島ことバシュトゥルク、実は21才だった!だって、こんな顔なんだよ。「いぶし銀のようなベテランプレイヤー」かと思っていた私。
ごめんなさい、勝手に君のことをいぶしたりして。

■ とても見なれた人の顔のはずなのに、ふとした瞬間につい見とれてしまう事ってある。

■ この2ヵ月に見た映画はたった3本。

「オースティンパワーズゴールドメンバー」(2002年 アメリカ作品)
嫌いな人いるかもしれませんが、私はマイク・マイヤーズのおゲフィンさが好きだあああ。

「es」(2002年 ドイツ作品)
この映画の題材にもなったスタンフォード大学の「学生に看守と囚人の役割をさせる」という実験の一部をビデオを見た事がある。どんどんサディスティックになっていく看守役の学生。従うしかない囚人役の学生。実験が始まるまでの彼らは「どこにでもいる」少年たちだった。ある「状況」と「役割」が与えられた時、彼らは豹変した。状況がいかに人間に左右するか−人格が簡単に吹き飛ばされてしまう瞬間。残酷なまでの事実が短いフィルムに刻まれていた。
「夜と霧」に関する原稿で、「戦争が一人ひとりの人格を吹き飛ばして、人間を被害者と加害者にふりわけてしまった」と書いた事がある。それは、必ずしも戦争という特殊な状況だけではないのだ。ある状況になれば、人は二種類の人種にふりわけられてしまうということ。それがこの場合は監獄だった。 状況の力にあっけなく左右される姿は、その弱さがあまりにも人間らしくて、人間臭くて、寒気がする。そして、その弱さが自分の中にもあると気付いた時、私は絶望で凍りついてしまう。同じ状況になった時、「私はしない」とは言い切れない。けれど、映画の中で「感情」を持ち続けた一部の人のように、その弱さに抵抗できる「強さ」を人は持てると思う。痛めつけられる人に対して、「感覚」を持ちつづけることはできると思う。それを感じられたのが唯一の救いだった。
実際の実験よりかなりドラマチックな作りになっていたとは思う。見終わった時、膝の震えが止まらなかったのは、映画として成功している証拠だったのかもしれない。

「チョコレート」(2002年 アメリカ作品)
喪失と救済。父親と息子の関係。甘く苦く舌の上でとけるような映画だった。
ビリー・ボブ・ソートーンは「スリングブレイド」の役があまりに強烈だったので、この映画を見て「ちゃんとしゃべれるやん、、、、」と驚いてしまったり。

■ 健康診断にて、視力検査の後に「耳は聴こえてますか?」と聞かれて、思わず答えるのに躊躇してしまいました。ということを告白します。

■ 最近、自分の身体をナナメに切ったら村上ショージが出てきて「ムゥーン」と言うのではないかという恐怖に脅えている。それくらい、頭が働いていない。惚けている。考えるのはハシケンのライヴの事ばかり。これでいいのでしょうか。

■ もうとうに放映は終わっているので、書く。この夏、IFFという組織のネットCMに声で出演したのだっ!ジャーン。

農場主に「急ぎで女の子役がいるので出て。イロっぽい声出せばいいって」と言われ、「ルパァ〜〜ン」みたいなのと思い、軽く「イイヨ〜」と答えたらば、甘かった。あははは、チョットだけよ〜〜ン。カトちゃんだ。

声だけ聴くとかなりかなりだったらしく、後日、IFFのバーベキューで「あっ、あっ、あの、ミッチさんの声の方ですよねっ」と言われたゾウ。恥ずかしいゾウ。ガラじゃないゾウ。

■ 11月のような夜の空ときれいな月が1年中、あったらいいのに。

■ 山口洋から送られたきたトム・ラブランク「Eagle Talk」のビデオを見る。「若い人に音だけだと伝わらないのが悔しくて」映像をつけたのだそうだ。

彼の作る映像は、彼の作る歌にとても似ていた。静かな静かな空間。どこまでも続くアメリカのハイウェイ。ギター。トム・ラブランクの地響きに似た声。映像を見ているはずなのに、私はどこかに潜っていくような感覚を確かに覚えていた。

彼の周囲は最近騒がしい。さみしがりやな人であるし、自分の中に潜っていく時間がないのではないかとちょっと心配していた。余計なお世話。

このビデオを見て、彼は今でも魂のダイバー(安直な言い方に聞こえるけれど)だと感じれた。そのことが嬉しかった。

■ Walk out to the winter. Swear I'll be there. Chill will wake you, high and dry.

冬の朝、アズテックカメラの曲が聴こえてくる。曲が流れていなくても、心のどこかでこの歌を聴いている。
冬に向かって歩き出そう−そのヘナチョコな決意とすがすがしい視線。

あなたにとって、エヴァーグリーンな曲は?と尋ねられたら、ためらいなく私はこの曲を選ぶだろうと思う。

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littlE mOrE pAst dAys of CLICK(2001.11)

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