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6月1日(土)
急に思いたって、ヤポネシアン・ボールズ・ファウンデーション岡山公演へ。思えばうまれてこのかた、何かを「熟考」なんてしたことがないような気がするけれど、今回は特に「直感」がピーンと走った。ヨーロッパでは「聴覚」が見直されていて、宗教でいう「啓示」や「お告げ」は声で聞こえてくるから、だそうだ。今日の私の「啓示」は耳ではなく、全身で。なんだか「引っ張られてる」感じがしたのだ。友人が主催する、ということも大きかったのだけれど。
悪夢にうなされて目が覚める。フォルテシモ並みの早起き。ウォウォウォウォ。急に「二日酔いの朝に昨夜の行動を反省する」酔っぱらい状態になる私。飲んでないのに。どうなってるんだ、私。
今日も尾道の風景が映写機のように心の中でカタカタ音をたてる。朝に、昼に、夕暮れに「今頃の風景はどんな感じだろう」と思ってしまう。まるで恋のよう。私の中の永遠の夏がそこにある。
陽射しがすっかり夏だ。この季節の女の子の服っていいなと思う(繰り返しますが、女です、ワタシ)。目にあざやかなシャツや、すずしげな細い二の腕や、コットンのワンピース。アーウィン・ショーの「夏服の女たち」で「なぜあなたは私と歩いているときに女の人を振り返るの」と聞かれた男性が同じようなことを答えるシーンがあった。女の私にも彼の気持ちはわかる。夏服、というのはひとつの美しい夏の風景なのだと思う。たまに、いやいやいやいやいや、君、それはどうかな?という時もあるけど。 晴れた窓辺。夏の陽射し。流れこんでくる風。仕事も投げ出したい(実際こんなことしてますし)ようなそんな一日。イアン・スミスのアルバムがしずかに流れる。山口洋のハーモニカ。優しい声。マーナス・ラニーのブズーキ。夏の太陽の匂い。風の匂い。草の匂い。
元上司のE氏とお昼を食べる。金髪碧眼、長身、チープトリックのロビン・ザンダーみたいな少女漫画な風貌。実際ファンも多いのだけど、内を知らない恐ろしさよ。その口から発せられる言葉はかなり辛辣で、中身は頑固親父そのものだ。茶ぶ台ひっくり返しかねないよ。そのギャップがかなり面白い。そんな彼との会話はもちろんスィートなわけはなく「ニホンの英語教育は何故ダメなのか」エトセトラに関するギロン。人間っておもろいなあ。
ヤポネシアンボールズファウンデーション福岡公演。物販も身についてきた私です。ほんとか。
楽しい一日を過ごした後、ヤポネシアンのインストアライヴがあることを思い出し(忘れとったんかい!)、タワーレコードへ向かう。時すでに遅し、着いた時にはラストの「明日のために靴を磨こう」だった。人をかきわけて見ていると、渡辺圭一がアコギ持っているのが見えた。思わずココロの中で(笑)マークが。ジャンジャンってコード押さえてるし。何年ぶりに見ただろう。藤井一彦と並んで『日本一アコギが似合わないミュージシャン』というポジションもなかなか素敵だと思う。
ビデオで「EUREKA」を見る。長い長い時間をかけて心にしみとおっていく映画。優しい距離感。優しい視線。優しい九州の言葉。ちなみに、あれは博多弁じゃなくて筑後弁ですね、甘木だから。他県の人にはどこがどう違うの、という話だと思うけれど。微妙なイントネーションの違いを聞き分ける自分の耳に今さら驚いたりした。私の耳は九州専用にプログラムされているのかもしれない。
先日見た「少林サッカー」があまりに面白かったので、会う人会う人に勧めて回る。ちなみに
イアン・スミスのCDに対訳をつける。シンプルで嘘のない言葉。 昼過ぎ、Yよりナンシー関の訃報が入る。ベタな事、感傷的な事が似合わない人なだけに、ニュースとのギャップにかなり動揺する。テレビを見ていて「何となく変だ」と思いつつ、通りすぎてしまう時は多々ある。通りすぎながらも、こわばった空気を感じる。彼女のコラムは、そのこわばった空気の謎を解いてくれることがあったし、自分では気付かなかったツボを押してくれることがあった。これから、誰がキムタクと森繁にツッコミ入れるんだろう!彼女のコラムを嫌いな人も多かったと思う。でも、節操をなくしがちで、ベタに走りがちで、「感動をありがとう」なんて恐ろしいことを言ってしまう日本のテレビをあのスタンスで眺められる人は他にいなかった。「しめやかに葬儀」とか言うワイドショーを見て、あの世でツッコミ入れているだろうなと想像した。 6月13日(木)
文春で必ずチェックしていたものの、まとめて読みたくなって近田春夫の「考えるヒット」をネットで注文。頭がいいだけでなく身軽さと運動神経の良さを感じる文章が好きで。石川三千花との対談を読んでいたら「いつまでもチープな服を着たいから体型をキープする」という発言があって、最高!と思った。ファッションとか流行とか言っても、大切なのはそういうことだと思う。 「すぐに使える日本語」リストらしい。でも、こんな日本語を覚えてドイツ人は一体どうするつもりなんだろう。「ボールは丸い」と人類普遍の法則を哲学チックにつぶやいて日本人ギャルをナンパするのかしらね!(違うと思う)。しかも「残念だ、ドイツ終わっちやたよ」と最悪の場合まで想定しているとはさすがドイツ帝国。フーリガンに引き続き、競技場や街中で「ごげんね」とか「サッカ ゲーム は 九十分 です よ」とささやかれた人、こちらまでご連絡ください。 6月14日(金)
キャロル・キングの新譜「Love Makes the World」(美しい!)以来、キャロル・キングマイブームふたたび。今聞いても「Music」というアルバムは名盤。みずみずしいメロディと薄いもやのかかったような声を聞くと、17才の自分が蘇る。小さな悩みと隣りあわせの日々。でも、音楽がいつもポケットにあった。変わったようで何も変わってないのかもしれない、私は。
こまごました用事を片付けた後、某英語教材会社が主催する翻訳者のセミナーに出席するため、東京へ。東京のことを私はよく知らない。何度訪れても、いまだにこの街が好きなのか嫌いなのかわからない。TVに映る東京は東京ではないのだろうし、地方特有の「よく知らないままに東京批判」というのもどうだろう、と思う。でも、何と言ったって『読売』はキライだけどね!
7時に起床し、電車の乗り継ぎを口の中でブツブツ唱えながら、羽田へ向かう。オッ!今回はセーフだ!切符なくさなかったぞ。偉い、私!
6月18日(火)
現上司や元上司を見ていると、アメリカ人って本当にサッカーに興味がないんだなと思う。ハリウッドボウルの話になると気色ばむくせに。私も人のこと言えないけどさ。などと言いつつ、打ち合わせに来ていたクライアントに誘われるまま、大型スクリーンのあるカフェで試合を見ることに。「行ってらっしゃい」と上司。何と言う会社だ。
私が翻訳して、リカクマがレイアウトしたライナーをイアン・スミスのCDにつけることになる。誰かに頼まれたわけじゃないから、要するに「勝手連」の勝手な仕事。彼の音楽をできるだけたくさんの人に届けたい。メールでイアン・スミスに報告すると、とても喜んでくれていた。いい人である。
リカクマ君は、こういう仕事のためなら早起きもいとわない。朝5時に起きて、完璧なレイアウトを作ってくれた。やればできるじゃん。二人で切って、折って、販売元の山口洋に発送。みんなに届くといいな。
もうだめです。鈴木ムネオの後援会の名前「やまりん」。私には「やりまん」に見えて仕方ありません。最初は友だちが読み間違えて、それ以来、ニュースのテロップを見るたびにトムとジェリーみたいに目が10cmぐらい飛び出します。誰か助けてください。せめて平仮名で書くのはカンベンしてください。
何だかんだで楽しい週末。朝、ポケットに手を入れてみると、先日東京でなくしたはずの電車の切符が出てきた。池袋より250円区間。失せ物、忘れたころに見つかる。と、なぜかひいてもいないおみくじの文面が頭に浮かぶ。
ソファの敷物になったような一日。グダーッとソファにはりついていた。ハレルヤ。
今日の一言=リメンバー!イアン・ソープ!
ドイツのGKで主将のオリバー・カーン。知れば知る程、私はこの人のことが好きになり、もっと知りたいと思うようになってきました。恋かしらね!プッ。
やっと届いた世界遺産の写真集を飽きもせず眺めている。世界遺産に指定されれば、ハクがつくと言う「観光地のブランド化」みたいな赴きもある。けれど、岩と木と大地に刻まれた気の遠くなるような年月と人の力を見る時、ただただひれふしたくなる。写真を眺めるだけで体が震えてしまった。
ビデオテープから聞き取り→翻訳というお仕事。楽勝と思ったら、中国人の教授による「ブロークンイングリッシュ」というより完全に破壊しつくされた英語。あわわわ。完全にサジやらお箸やらをフォークやらを投げ、アメリカンのM氏にヘルプを頼む。「僕はチャイナタウンのそばに住んでたから大丈夫だよ」と胸をドンと叩いたにも関わらず、彼もかなり苦戦。私の英語もみんなこんなに苦労して聞いてくれてるのかな、などと考える。 夏のイベントのパンフレット制作が始まる。翻訳するための原稿書き。言葉と心と声がすり減っていく。 自分の中で遺跡ブーム再来。買った本では飽き足らずに、図書館にもっと詳しい世界遺産の写真集を借りに行く。文明発祥の地である西アジアの遺跡には息をのんでしまう。黄金色に輝き、かつて栄えた都のその名残り。ローマへ続いた道。トロイの木馬をこの目で見てみたい。でも、あんな巨大なものが街の真ん中に来て怪しいと思わなかったのか。気付けよ、トロイ人。 ある意味、異常だった1ヵ月も今日で終わり。この1ヵ月の自分の「覚え書き」を読み返すと、この日誌には載せてないものの、ワールドカップのことばかり書いてある。初めて外国に行った人が何でも珍しがって、ワーワー言ってるみたいでおかしい。 |