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− 唯 我 独 尊 −


'76年、アルバム『A Night At The Opera』と日本を含むワールドツアーを大成功に収めたQUEENは、母国での人気&実力を不動のものとする凱旋コンサートを行った。9月18日に15万人も集めた『ハイドパークフリーコンサート』がそれだ。

それはまさにコンサートというよりも華麗なるショーだった。ライティング、演出、衣装どれをとっても今までのROCKコンサートにない形式だっのである。頭の固い評論家や頑固なROCKファンもやっと気がついたのだ。『QUEENを既存のカテゴリーあてはめることなど出来ない。それは愚かなことだ。』『QUEENという音楽は、後にも先にも彼らだけにしか出来ないジャンルなんだ。』ということにね。もはや本国ではQUEENを馬鹿にする評論家はいなくなったのである。
しかし本国での人気回復と比例して、日本では相変わらず次元の低い言い争いが続いていた。

先にも話したが、『A Day At The Race』(邦題:華麗なるレース)発表後の評論家や一部の音楽ファンのコメントは惨憺たるものだった。アルバム批評としては、総じて「ニ匹目のドジョウを狙った作品だ!」と言われ続け,おまけに『ハイドパークフリーコンサート』でFreddieが披露したバレエコスチュームに身を包んだ衣装を指して、ボロクソ叩かれたり、パロディの恰好の材料となったのだ。
アルバムセールス的には、どんなに評論家達が酷批しようとも、音楽ファンの間で馬鹿にされようとも、売れた。僕もこのアルバムは大好きだ。全体的には確かに前作の流れを汲むものだが、一つ一つの作品は、より前作よりもバラエティになっている。それなのに、馬鹿な音楽評論家達は、アルバムイメージだけで決めつけている。だいたい、評論出来る程、一枚一枚じっくり聞いているのかね?
相変わらず、MUSIC LIFE誌等の人気投票はダントツトップを各部門独占していた。確実にQUEENの人気は本物となり不動のものとなっていった。(そういえば、僕も沢山はがき出したもんなァ^^;)

'77年10月『NEWS OF THE WORLD』(邦題:世界に捧ぐ)が発表された。アルバムジャケットにも驚いたが、LPに針を落とした瞬間の衝撃も未だに忘れられない。ジャケットがそれまでの雰囲気から変わったように、アルバム全体的な雰囲気も変わった。それまでのオペラ的なサウンドに代わり、ソリッドな音が主役となった。勿論、各作品ともバラエティでクオリティの高さは相変わらずだが、何となく音の厚さが薄くなったような気がした。
のこアルバムからまたひとつQUEENの代表曲が生まれた。
「WE WILL ROCK YOU」と「WE ARE THE CHAMPIONS」だ。『♪ズンズンチャッ!ズンズンチャッ!』と言っただけで誰もが思い出すだろう。また、サッカーの決勝戦などでは、会場に流れるので、ご存じの方も多いと思う。僕もこの曲は大好きだ。特に「WE ARE THE CHAMPIONS」なんて、Freddie以外に誰が歌える?
『NEWS OF THE WORLD』のサウンド的変化は必然的なものでした。
数々のスーパースターを生み出した'60年代に比べ、'70年代前半はコレといったムーブメントは生まれていませんでした。しかし'76年頃から新しいムーブメントが生まれたのです。そうPUNK ROCKです。SEX PISTOLSを始め沢山のバンドが生まれ、労働者階級の不満をブチまけ上流階級を批判したのです。エネルギーを持て余していた若者達は一斉にそのブームに乗り、音楽評論家達もそのブームに乗ったのです。そう、またQUEENの批判が始まったのです。当時一番売れていたQUEENは、彼らの標的には恰好のバンドでしたからね。
英国のPANK ROCKはかなり過激なムーブメントでしたが、高度経済成長真っ只中の日本では、社会的ブームにはなりませんでした。ファッション的にはかなりブームになりましたがね。案の定、僕も制服に安全ピンをジャラジャラ付けたもんでした^^;;;

'78年11月『JAZZ』が発売された。英国ではパンクブーム真っ只中の発売となったが、日本ではまだパンクがそれほど一般に知られる前の発売であった。案の定英国の評論家達はQUEENの新しいアルバムをパンクスピリットに逆行すると激しく批判した。しかしこのアルバムも世界中で大ヒットしたのだった。この中に収録されている「BICYCLE RASE」をご存じの方も多いでしょう。特にプロモーションビデオは当時としては衝撃的なオールヌードの女性達が自転車レースをするというものでした。米国ではアルバムの付録に付いてきたこの模様を写したポスターが使用禁止となりましたが、当時ヌードが厳しかった日本では何故かオマケとして付いてきました。今の過激なグラビアに比べれば幼稚な写真ですが、当時は物議を交わしたものです。
え、僕ですか?当然ポスターは今でも持ってますよ^^;

'79年6月『QUEEN LIVE KILLERS』が発売されました。これは2枚組のライブアルバムなんですが、蛍光ピンクとグリーンのカラーレコードだったのです。ピクチャーレコードは当時でも珍しくなかったのですが、カラーレコード(しかも蛍光色)は珍しかったです。後になって知ったのですが、このカラーレコードは初回プレスのみのようで、以降は普通の黒いレコードになったそうです。僕が持っているレコードもカラーレコードなのですが、気のせいなのか音が軽いような気がして好きになれませんでした。おかげで何度もステレオの針を交換したり針圧を調整した為に、レコードがかなり痛んじゃいました。う〜ん、もったいない!
それにしてもこのレコードは良く聞いたなァ。だって唯一QUEENのLIVEが聞くことが出来たんだもの!
それまではレコードを聞きながら音楽雑誌のコンサート模様の写真を見て、色々想像していただけだもんねェ。
シングルのプロモーションビデオは今でこそ当たり前だが、何を隠そうこのプロモーションビデオを最初に始めたのはQUEENだったのです。おまけにそのプロモは日本では滅多に流れなかった。従って、当時のファンは皆レコードを聞きながら雑誌のライブ風景を見て、各々想像していたんだよね。いい時代だよ、まったく。 しかし、この後からROCK系の音楽雑誌を買うのを止めました。なんだか馬鹿馬鹿しくなったし、何書かれようが、所詮レコードを買うのには変わらないですからね。




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