![]()      1974〜1974 『SHEER HEART ATTACK』まで            ▼      ┃      ┃1974/6      ┣ウェールズのロックフィールド・スタジオで3枚目のアルバムレコーディングの      ┃リハーサルを始める。      ┃が、Brianの体調は完全に回復はしておらず頻繁にトイレに駆け込んでいた。      ┃      ┃1974/7      ┣トライデント・スタジオでレコーディング開始。直後、Brianが十二指腸潰瘍になり      ┃キングス・カレッジ病院へ入院となり、レコーディングは一時中断となる。      ┃手術は成功するが安静が必要なため、9月に予定していたアメリカン・ツアーが      ┃キャンセルとなる。→ 度重なる入院にBrianは激しく落ち込む。      ┃      ┣ロイ・トーマス・ベイカーと共にBrianのギター&コーラス・パート以外のレコーディング      ┃作業を4人で進める。この時のロイの作業は並大抵の作業ではなかった。      ┃      ┃1974/9      ┣”QUEEN II”が10万枚のセールスを記録し、シルバーディスクを受賞する。      ┃ロンドンのカフェ・ロイヤルで贈呈式が行われ、エリザベス女王のソックリさん      ┃ジャネットチャールスがプレゼンターとして王朝風スピーチを披露する。      ┃      ┃1974/10      ┣両面A面シングル"Killer Queen/Flick Of The Wrist"リリース。チャート2位まで上昇。      ┃評論家達にも好評となる。インタビューの申し入れが沢山あったが、不信感を抱いて      ┃いたQUEENは、それらを断ったため、益々マスコミとの溝は深くなっていった。      ┃      ┃1974/10下旬      ┣マンチェスターのパレス劇場を皮切りに18開場19公演のイギリス・ツアー開始。      ┃3枚目のアルバムより未発表6曲メドレーの新曲が披露され、公演は大成功となる。      ┃コンサートのエンディングでQUEEN流"God Save The Queen"がこの頃より流れる。      ┃      ┣各地で熱狂的な支持を得る。      ┃連日の熱狂的なコンサートに時にはコンサート中断というハプニングも起こるが      ┃これらの模様が各紙を賑わせ、ツアーは順調に行われる。      ┃今回のステージは今までにない演出となり、観客を熱狂的にするには十分だった。      ┃      ┃1974/11      ┣8日三枚目のアルバム”SHEER HEART ATTACK”発表。      ┃マスコミ批評も今までと反対に好意的なものが多くなった。しかし、音楽評論家達は      ┃相変わらずでっち上げの記事でQUEENバッシングを繰り返していた。      ┃日本での発売は1974年12月21日      ┃      ┣19日、20日レインボーシアターでツアー最終公演を行う。(★Boot版紹介Site参照)      ┃映画化とライブアルバムに備えて撮影されるが、時期尚早とのことでお蔵入りとなる。      ┃      ┣初めてのツアーの打ち上げパーティがスイスのホリディ・インで開かれる。      ┃      ┣アルバム、シングル共に全英チャート2位まで上昇。全米ではアルバム12位。      ┃更に1〜3枚のアルバムが同時にチャートにランキングされる。      ┃      ▲      
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